第2話 いかにして剣道美少女は巨像騎士を愛するようになったか
蛭田涼子が"声"を初めてきいたのは、確か小学校に上がる前のことだったと思う。
聞いたことのない声。頭の中に突如、女の子の声が響いてきたのだった。布団の中で、これから就寝しようというときに。
訊ねてみれば、どこか遠くのところから話かけているのだという。それも、魔法で。
まだ幼かった涼子はそれをすんなりと信じた。
「私はヒルデガルド。みんな、ヒルダって呼ぶわ。あなたも、
二人はすぐに友達となった。家族。家。住んでいる土地。もうすぐ学校に上がること。家庭教師が厳しいこと。互いは互いのことを話し、今日のことを話し、過去のことを話し、そして明日のことを話した。話すことはたくさんあった。
ある日、こんな提案を受けた。
「ねえ。一日だけ、体を交換しない?」
「交換?」
「そう。私、あなたの住んでいるところをこの目で見たいわ。あなたは、どう?」
目覚めた先はお城だった。自然石を積んで作られた古いお城。
そこで受けた扱いはまさしくお姫様であった。あらかじめ言い含められていた老いた侍従。彼女を除いては、城の誰も自分が蛭田涼子だと気づかないのだ。
素晴らしい時間はたちまちのうちに過ぎ、そしてそろそろ戻る時間が近づいてきたころ。
涼子は、この世界において最も驚くべきものを目撃した。
巨人。見上げるような身長十二メートルもの巨大な鎧武者が何体も、城の一角。倉庫であろう空間にて着座していたのだ。
彼らのために設けられたのであろう椅子は、それ自体が一つの建造物といっていい、日干し煉瓦の玉座。
巨像の威厳に圧倒されている涼子へ、老侍従は告げた。
「これが、この世界の武具でございます。からくりで模した人体に精霊を降ろすのです」
涼子の目の前ではちょうど、それが実演された。鎧武者が動き出したのである。
地響き。巨体より吹き上がる蒸気。しっかりと突き固められているはずの土の床が、一歩ごとに陥没していく。
あまりの光景に、涼子は腰を抜かした。
その様子を見て、鎧武者は動きを止めた。
「はっはっは。小さな子には刺激が強すぎたかな」
鎧武者の前面が開く。出てきたのは髭面の男。侍従より「叔父上です」と耳打ちされた涼子は、何とか起き上がると会釈する。
それを受け、叔父は鎧武者の内部へ戻った。停止した巨体が再び動き出し、倉庫の外へと向かっていく。
これが、涼子と甲冑との出会いであった。
夢見心地の時間はあっという間に過ぎ去り、寝室のベッドに倒れこんだとたん。涼子は、自分が自室の布団の中に戻っていることを自覚した。
その後も二人はたびたび体を交換し、言葉を交わし合った。恐らく入れ替わったままずっと過ごしても、もはや他人には区別がつかぬであろう程、二人は互いと互いの世界を理解するまでになっていた。
二人が会話する魔法は、ヒルダが城の地下より発見した古文書に記されていたものだそうだ。なんでも遠い昔に封印された、異界のものと縁を結ぶ禁呪の一つなのだと。
幸せだった。
成長するにつれて体を交換することは少なくなっていったが、毎夜の会話は続いていった。楽しかったこと。つらいこと。すべてを共有する二人。涼子が剣道の全国大会でベスト十六に入った時にはヒルダは喜んでくれたし、あの老侍従が流行り病で亡くなったと聞いた時は涼子も我が事のように涙した。
二人の先行き。そこにはやがて、暗雲が立ち込めた。
戦争が起きた。ヒルダの国。彼女の父王が治める国に、隣国が攻め込んできたのである。相手は大国だった。
涼子の身にも不運は容赦なく襲い掛かった。最初は体調不良。病院での幾度もの検査を経て、出た結果は癌。それも末期だった。
「私のせいだ」
ヒルダは言った。二人の縁を結び付けてしまった。だから、ヒルダの運命が涼子の運命となったのだ。ヒルダは死ぬだろう。彼女だけではない。王族が皆殺しとなるに違いない。
それに引きずられて、死の運命が涼子を襲うのだ。
謝るヒルダを、涼子はなだめた。誰のせいでもないと。
ただ、願った。同じ死ぬならばベッドの上ではなく、戦って死にたい。と。
ヒルダは、願いを叶えた。城に敵勢が迫るその日、二人の肉体を交換したのである。
死ぬために出撃したはずだった。
されど。
涼子は、勝利した。間近に迫った死の運命を退けたのである。
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