第3話 お姫様は忙しい
揉みくちゃにされた。
つい先ほどまで絶望的な雰囲気が漂っていた城塞内部。その長たる
「初陣だとはとても信じられませぬ!」「まさしく鬼神のごとき戦いぶり。後世までの語り草となりましょう!」「信じておりましたぞ。姫様が勝ってくださると!」「嘘言うない。『もうだめだ!おしまいだ‼』ってなってたのは誰だよ」「なんにせよめでたい。祝杯じゃあ‼」
もはや何が何やら。
しかし困った。
わたしとしては討ち死にするつもりで戦いに出たから、勝った後のことまでは考えていなかった。まあひとまず敵の一部隊を壊滅させた、というだけの話で、厳しい状況なのは変わらないのだが。勝ってしまった以上はこうなるのはやむを得ぬ。
「ほらほら、
助け舟を出してくれたのは、工房の長だった。私の甲冑の整備責任者である。
彼の言葉に従い、皆が持ち場へ戻っていった。
「―――助かった。ありがとう」
「姫様よしてくだされ。礼を言われるのはワシじゃあありませぬ。貴女様です。皆が、本当に感謝しております。今日を生き延びさせてくれたことを」
わたしは知っていた。陥落した城がどうなるのかを。財は略奪され、男は皆殺しとされ、女は犯し尽くされ、子供は連れ去られて奴隷となるだろう。この男のように優れた工房のわざを持つ者はまた、別かもしれないが。
倉庫の内部を見回す。
甲冑の歩行を前提としたこの建築物は木造である。何しろ振動がひどい。石やレンガを積み上げた壁ではたちまち崩れ落ちてしまうだろう。地面があえて土なのもそこに原因がある。陥没することで衝撃を吸収するのだ。出撃ごとに埋め戻すのが一苦労だが。
そして、目につくのは、ビルかと思うような巨大な玉座。
実用第一の簡素なそれは肘掛けも含めて日干し煉瓦製。ぎっしりと、そして低く積み上げられている頑強な構造である。甲冑が座るためのものだった。
幾つもある中で主人を座らせているのはひとつだけ。他は皆、座るべき甲冑を失った。その操り手たる騎士たちごと。
わたしが見る前で、最後の甲冑。白銀のそれは、矢除けの加護が付与されたマントを外され、各部の装甲を展開されていく。これより整備に入らねばならぬ。
からくりで再現された、生物を思わせる内部構造。汗の代わりに蒸気を吹き出し、筋肉に見立てた筒が伸縮し、ふいごと濾過器が心肺機能の代わりをする。これはある意味で生きているのだ。人間を模すことで精霊の器となるのである。実のところ、操縦に際して体を動かす必要すら本来はない。精霊と一体になるための補助にすぎぬ。達人ならば思念だけで動かせるのだった。そこまでの使い手は滅多にいるものではないそうだが。
「それにしても姫様は、甲冑を優しくお使いになられる」
「?そうかな」
「そうですとも。見てくだされ。あれだけの大立ち回りをしたというのに、歪みがほとんどない」
「……」
うーん。分からぬ。まあ彼ほどの技士なら分かるということなのだろう。
そう納得しかけたところで。
「見て分かるほどの歪みがないでしょう?そう言うことですじゃ」
そういうものか。
この初心者がようやく理解したからか、工房の長は頷き。
「では、仕事に取り掛かりまする。明日までにはピカピカの新品同様にしておきますわい」
ニヤリと笑った彼は、仕事に戻った。
◇
つかれた。
皆の仕事を割り振り、主だった者を集めて軍議を開き、諸々の指示を下し、ようやく軽食を取ったのは夜半。いや、もう早朝と言っていい時間だった。
「―――あー。もう何もしたくない……」
ばたり。
城塞内部に設けられた私室。そこで、
「お疲れ様でした。見事でしたね」
食器を片付けながら声をかけてきたのは世話役の少女。名前はセラといったか。わたしの事情を知っている、現在は唯一の人間である。
「……もうしんどい。お姫様って疲れるよね」
正直、剣を振っている方がよほど楽だった。とにかく頭脳労働が多すぎる。気を使うべき相手も。何しろわたしは現在のこの城塞の最高責任者だ。わたしより偉い者は死んだかあるいは生死も定かでない。
「ええ。ですが―――貴女様にはもうしばらく、姫様でいていただかなくては」
「え?これから体に戻るよ?」
「姫様は言っておられました。貴女ならば、ひょっとすればやってくれるだろうと。今、我が国に必要なのは自分ではない。リョウコ様なのだと。
あの方の予言の通りになりました」
「―――それは」
「聞きました。百万人の剣士の頂点。上から数えて十六人の内に入るそうですね」
「うーん?あー。日本で剣道してるひとって、百七十万人くらいだっけ。確かに言われてみればそうなるのかなあ?」
女子の競技人口までは覚えていないがまあ、このレベルの比較なら誤差の範疇だろう。たぶん。
あと、居合いを嗜む程度とへヴィファイトを少々していたりする。
「凄いことじゃありませんか」
「う、うん……でも私の世界じゃ剣なんてもう、戦争ではとっくに主役じゃないよ。大砲とかミサイル……といっても分からないか。凄い飛び道具が発達してて」
「この世界の合戦では飛び道具は役に立ちません。ご存じでしょう?」
矢除けの加護は、甲冑をあらゆる飛び道具から保護する。そう。あらゆるだ。まあ地球の兵器を防げるのかどうかまでは試しようがないが、少なくともこの世界に存在する遠距離攻撃手段―――投石器や弩砲、
だから、この世界における飛び道具は歩兵のための武器だった。
しばらく前。今ほど酷い状況ではなかったころ、気になってヒルダに「地球の武器を作ってみたら?」と提案した時は「お金と人手と技術がないの。それに時間も」と、悲しい現実を突き付けられた。
確かに効くかどうかも分からない大砲や銃器を、それも頭の中に詰め込んだ知識しか持ち帰れない状況で一から作れ、というのは無理がある。作れたとしても初歩的なものだろうし。いや、それ以前に二つの世界の物理法則が同じである保証すらない。なにせこちらには魔法が実在する。いまわたしがこちらの言葉で喋っているのもそうだし、窓の外。城内のそこかしこで働いている小さな粘土人形たちは城付きの魔法使いたちが創造したものだ。揚水に使われている
代わりにこの世界には電気も、化石燃料を使った動力機関もない。宇宙技術や、インターネットや、コンピュータも。
地球とこちら。どちらの文明が優れているか、などとはわたしには判断できない。誰にもできないだろう。
閑話休題。
なんにせよ、わたしがこの世界では無敵の超戦士なのは受け入れねばならないらしい。
「……とりあえず納得はした。かな?」
「それはようございました」
会話を打ち切ると、わたしはベッドへ倒れ込む。
「じゃあ、あとはよろしく。あ、ヒルダに伝えておくことある?」
「いえ。ゆっくりとお休みくださいませ」
すぐさまわたしは、眠りに落ちていった。
◇
セラが見ている前で、主人は。いや、主人の肉体に入り込んだ
毛布をかけ直そうとした刹那。
ガバッ‼と凄まじい勢いで、涼子が飛び起きた。何事⁉
身構えたセラへと、異世界人は告げた。
「見つけたかも…わたしたちが、助かる方法」
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