第23話 20人斬り

視界を、紅が埋め尽くしていた。

あまりに巨大なそれは、精霊を降ろした二足歩行兵器。この猛威にはいかなる魔法も意味を為さない。対抗するには、強力な精霊の助力が必要なのだ。それも同規模の依り代に降ろした。

その事実を、魔法王アルフラガヌスは知っていた。

だから、自分には為すすべもないのだということも彼は理解していた。この、紅の甲冑が振りかぶった槍から逃れることはできぬ。一撃で物見台は砕かれ、投げ出された己は死するであろう。

何かを為す必要などなかった。

何故ならば、彼は王だったからである。襲撃者を阻止するのは配下の役目であって、王の役目ではない。

迫る敵以上の巨体。山猫を模した巨大な依り代が、と飛び掛かった。それは、アルフラガヌスの視界の大半をたちまちのうちに埋め尽くし、そして紅の甲冑へと激突。両者はもみ合いながら真横へと消えていく。

優れた指揮官ほど、予備兵力を手放したがらない。傑出した軍事指導者であるアルフラガヌス最後の戦力は、完璧な隠形によって地形と同化し、見事襲撃者への奇襲を成功させたのである。本来は、山岳地帯の偵察のために呼び寄せた山猫の民の長。

すぐそばで始まった恐るべき格闘戦にいささかほども動じることなく、魔法王は視線を移した。するべきことは戦の前にすべて差配してある。あとは配下がうまくやるだろう。大軍を動かせる者は、それだけで強いのだ。

魔法王は、満足していた。


  ◇


―――なんだ。何が起こった!?

無様に転がった紅の甲冑。その中で、イーディアは半ば朦朧としていた。彼女の華奢な肢体は、操縦槽の構造に保護されてなお転倒のショックに振り回されたのだから。

眼前を引っ掻いていくのは刃。重厚なる不快音と共に、窓の装甲が裂けた。斧?剣?このままでは破られる。死ぬ。何とかせねば!

が重い。。地面に五体が。必死に抵抗。押し返す。をお見舞いする。押さえ付けてくる力が弱まった。押し退ける。地面が。ふらつきながらも

この段階でイーディアは、ようやく敵手の全容を目にした。

猫だ。仮面を被り、絡み合った枝葉からなる15メートルもの巨大な山猫。先ほどのがこやつの爪だった事にイーディアは気付いた。

それで終わらない。

腰に衝撃。たたらを踏む。背後より襲ってきたのは衝角。槍を失ったのに気が付く。抜いた剣で一撃。泥人形が砕けた。そこへが飛び込んでくる。爪と剣がぶつかり合う。猫の背の窪みに人間の姿が見える。なんと巧みな操縦者か。更には幾つもの。甲冑が来る。魔法王が遠退く。あとの距離だというのに!!

視界の隅で抜剣する鈍色の甲冑を認めながら、イーディアは踏み込んだ。


  ◇


―――なんということだ!

涼子わたしには見えていた。魔法王まであと一歩まで迫った紅の甲冑が、巨大な山猫の攻撃を受ける様子を。見覚えがあった。山猫の民の長。アリヤーバタの操る依り代に違いない。損傷を修理したのだろう。

イーディアは、殺到してきた敵勢に忙殺されている。あの分ではアルフラガヌスを仕留めるのは不可能であろう。だが、まだすべて終わったわけではない。かくなる上は、わたしが敵勢を突破してくれよう。

泥人形を蹴り飛ばす。激突した甲冑がたたらを踏んだ。そこへ踏み込む。両断。側面からの突きを本能だけでかわし、そいつの喉へと両手剣の柄をお見舞いしてやる。ゆっくりと斃れていくそいつを無視して前進。突き出された槍を受け流し、袈裟斬りにする。一撃ごとに何かが切断され、踏み込むたびに死が生産された。次第に頭が真っ白になってくる。体を突き動かすのは技ではなく強烈な衝動。幾度剣を振るったか分からない。何人殺した?味方はどれだけ生き残っている?

先の見えない乱戦。その終わりは、唐突にやってきた。

衝撃。

強烈なそれは、 わたしのを強打した。のみならず、内部機構の一部に損傷を与えるに至ったのである。破裂した鋼管より蒸気が噴き出す。左腕の動きが悪い。歪んだ筋肉筒の立てる音が不快だった。

―――なんだ?どこから!?

二撃目を辛うじて受け流す。凄まじい威力にたたらを踏みながらも、わたしは、見た。

長大な鎖が、盾とした両手剣ツヴァイハンダーを打ち据える瞬間を。

視線を巡らせる。

―――いた。

それは、骸骨だった。

髑髏の頭部を持つ黄金色の甲冑。わたしに打撃を加えた鎖は、そいつを守るように自ら動いている。

だが、何よりも怪異な点。マントをなびかせ、雷光を帯びたそいつは、宙にしているではないか。イーディアの甲冑のように噴射の反動で飛翔しているのではない。支えるものもないまま、宙を漂っているのである。まるで、磁力に支えられた空中浮揚プランターのように。

強烈なイオン臭を漂わせるそいつが浮遊する仕組みを、わたしは知っていた。

「―――イオノクラフト効果!!」

剣の届かぬ高み。そこから、骸骨の甲冑はこちらを見下ろしていた。

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