第24話 果てしなき血河の先に
「ほっほっほ。とんでもないのう。みいんな、殺してしまいおった」
ヴァラーハミヒラは、暗い操縦槽の中で微笑んだ。眼下に転がる無数の残骸は、巨大二足歩行兵器の成れの果て。仔細は数えてみなけば分かるまいが、20は下るまい。他に泥の山や、踏み潰された死体が多数。それらの中心。この、異様な熱と臭気が漂う地獄に唯一残った漆黒の甲冑こそが事の元凶である。他は皆死んだ。敵も味方も。残るはこやつとそして、陛下のそばで戦っている紅の甲冑のみ。あちらはもうすぐ片付くであろう。問題はむしろこちらである。通常の甲冑ではこやつを斃すことはできぬ。
最後の最後でとんでもない敵とぶつかったものだ。この戦を最後に隠居の許しを願い出るつもりであったというのに。
だが問題ない。この黄金色の甲冑ならば。異界の秘術、イオノクラフトから得られた知見の産物。甲冑を狩るための甲冑ならば、いかなる騎士であろうとも見事討ち取って見せようぞ。
ヴァラーハミヒラは腕を振り上げた。それに応えたのは周囲を巡って浮遊する鎖。甲冑に降ろした雷獣の尻尾であるこれは、主人の意のままに操ることができる破壊兵器だ。
強烈な一撃が、敵へと襲い掛かった。
◇
三度目の攻撃が、
左肩の不調は深刻だ。もはや重量物は扱えない。
何とかしたいが、敵は空中より、リーチの長い鎖で攻撃してくる。現状では打つ手がなかった。ならば逃げの一手。黄金色の甲冑を無視し、敵将の首級を上げるのだ。敵手の移動速度が遅いことを祈るばかりである。
攻撃を掻い潜り、疾走。大地のえぐれる様が見えた。恐るべき威力。次なる衝撃。受けとめた
その時だった。
左腕に衝撃。
目をやれば、絡みついているのは鎖。捕まった!
だが問題ない。捕まったのは敵手もだ。かくなる上は地上に引きずり降ろしてくれよう。
甘かった。
力を込めようとした瞬間、左腕が破裂。その衝撃で、わたしは無様に転がった。
鎖から流し込まれた高圧電流が、冷却水を加熱。水蒸気爆発させたのだ。ということを、わたしは悟った。
思い出す。イオノクラフトの原理を。
非対称の電極で構成されたコンデンサにより空気をイオン化し、生じた流れの反動で浮かび上がる仕組みである。20世紀初頭には既に確認されていた現象だが、その使用は模型での実験程度に留まり、飛行機械へ応用されることはなかった。実用化には、コンパクトな高出力電源の確保という壁があるからだった。
それはここにあった。精霊の霊力。エネルギー保存則に縛られない、強大にして無限の電力源が。
転がる。一瞬前の居場所が穿たれた。立ち上がろうとする。足場が柔らかすぎた。片手ではうまく立ち上がれない。くそ!再度の攻撃で、また転がるわたし。
致命的な隙。
敵の鎖は、足に絡み付いた。漆黒に彩られた二足歩行兵器の、唯一の移動手段へと。
強烈なエネルギーが炸裂した。
◇
鋭い一撃が、突き込まれた。
踏み込めば下がり、下がれば踏み込んでくる変幻自在の剣。鈍色の甲冑が繰り出すものはヒルデガルド殿下のそれと比べれば数段落ちるが、それでも驚異的な力量と言えよう。にもかかわらずイーディアが辛うじて対抗できているのは、甲冑の性能によるところが大きい。斬擊を仰け反るように回避。バランスが崩れた。問題ない。蒸気を噴射して立て直す。そこへ山猫が飛び込んできた。剣の柄で一撃し、叩き落とす。さらに第三の甲冑から来る槍を飛び越える。絶え間ない噴射と反動。意識が朦朧としてくる。紅の甲冑は強力だが操縦者の負担も大きい。全身にかかる負荷は、すでに限界だ。
敵勢の合間から、魔法王の姿が見えた。
後一歩が届かぬ。この命と引き換えにしようとも、あれを討つことは叶うまい。殿下と約束したというのに。アルフラガヌスを倒すと。
―――私は、どうしたら。殿下。お教えください。
振り返る。後方で戦っているはずのヒルデガルド殿下の姿を探す。
一瞬、イーディアには見たものが信じられなかった。
漆黒の甲冑。誰よりも強いはずの
彼女を追い詰めつつあるのは黄金色の甲冑。空中より攻撃を繰り出すそいつには、殿下ですら対抗できないのだ!
希望は潰えた。かくなる上は、討ち死にしよう。殿下の死出の旅路の供となろう。
そこで、思い出した。
―――これで、ヒルデガルドを守って欲しい。万が一となればあれを連れて戦場から脱出するのだ。
王弟殿下の言葉。イーディアにこの、間欠泉の精霊を降ろした紅の甲冑が託された理由。
己の成すべき事を思い出したイーディアは、敵の囲みの最も手薄な部分、今までと逆の方向へと踏み込んだ。
◇
―――これで、おしまいか。
だがそれは、先伸ばしにしていた運命がようやく訪れただけとも言える。本来ならばわたしは、もう少し早く死んでいたはずの人間なのだから。死因が病死か戦死かの違いでしかない。
それでも。
楽しかった。思う存分に戦った。生涯使うことはあるまいと思っていた剣のわざを出しきることができた。
だから悔いがあるとすれば、ヒルダのこと。わたしが死ねば、彼女も死ぬだろう。わたしたちだけじゃない。セラも。叔父さんも。残してきた城の皆も。みんな、死ぬ。殺される。魔法王に!
だがもう無理だ。わたしには、あの髑髏の甲冑は倒せない。次の攻撃で殺されるだろう。
わたしは、待った。最期となる一撃を。
―――?
それは、いつまでたっても来なかった。
何故ならば、黄金色の敵手。そやつが鎖を繰り出そうとした瞬間、その真横から強力な攻撃が襲いかかったから。
蒸気を伴い、全身でぶつかって行ったのは紅の甲冑。
「―――イーディア!?」
二つの甲冑は落下していく。
直後、やや遠方から巨大な振動。着地によるものだと、わたしには分かった。近付いてくる足音。
やがて姿を表したのは、紅の甲冑である。
イーディアだった。
生き延びたことを悟りながら、わたしは意識を手放していった。
◇
王都防衛部隊が魔法王の軍勢に破れたのは、これよりしばらく後の事だった。指揮官である王弟ハイヤーン卿は行方知れずとなり、主力の甲冑部隊は全滅。支援の歩兵部隊は散り散りとなり、もはや魔法王の進軍を止める術はなかった。
ほどなくして、魔法王アルフラガヌスは王都を制圧。入城を果たした。
◇
【蛭田涼子の章】―――完。
【ヒルデガルドの章】へと続く。
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