第31話 カーチェイス
【国道2号線沿い BBプラザ横手】
強烈な排気音が、響き渡った。
BBプラザ。敏馬神社に隣接するこの商業施設の横手には、無料の駐輪スペースが設けられている。そこで巨大な二輪にまたがっているのは二人の少女だった。遥香と恵。神社の境内に直接つながる出入り口より飛び出した彼女らは、時ならぬ轟音に集まってきた人々の合間を抜けてここまでたどり着いたのである。
神職の男は社殿に寝かせてきた。誰かが通報するだろう。
「―――手を放すなよ」
「はい」
グリップを握るのは遥香。彼女はこの、祖父から借りたマシンの名前を知らない。750ccの巨体は女子高生の手に少々余るが、今の状況では頼りになる相棒だ。
アクセルを開く。エンジンが活性化する。膨大な燃料が注ぎ込まれていく。
強烈なパワーに押し出され、鋼鉄の悍馬が飛び出した。
◇
【国道2号線 上り】
衝突音が、連鎖した。
跳ね飛ばされた軽自動車が隣の車に激突。スピンする両者へ更に後続が突っ込む様子を無視してピックアップトラックは暴走する。片側5車線を、逆方向に。
突っ込んでくる暴走車を回避しようとして巻き起こる地獄絵図。乗用車が宙を舞う。街路樹に突っ込んだ10トントラックもあれば、スピンしたところを後続に追突されたタクシーもいる。響き渡るクラクション。悲鳴。怒号。急ブレーキ音。あらゆる音が作り上げるのは最悪のハーモニーだ。
その一部始終を作り上げた犯人は、なぜこの世界の車道が左側通行になっているのかを痛感していた。ついでに、シートベルトと信号機の必要性も。
「ぐはっ」
吐血。
ひどい量。更には全身の打撲や切り傷。火傷も深刻だ。ヴァラーハミヒラは、己が長くないことを自覚した。この肉体が死ねば、彼自身も死ぬ。もちろんこんな状態で、それも動かしたことのない自動車を運転などできるはずがなかった。今このピックアップトラックを操っているのは、車体に宿る器物霊である。
サイドミラーから後方を見る。
追ってくるのは白いフクロウ。ヒルデガルド王女が変じたそれがまとうのは恐るべき霊威だ。ヴァラーハミヒラの追手として、神社の精霊たちが援助しているに違いない。それはすなわち、聖域を離れた今も大魔術を行使できる、ということだ。もはやヴァラーハミヒラでは太刀打ちしようもなかった。
こうなれば、なんとしてでも逃げ延びねば。この情報。ヒルデガルド王女が地球にいるという事実をなんとしてでも、陛下にお伝えせねばならぬ。我が命に代えても。
ヴァラーハミヒラは窓を開けると、術の詠唱を開始した。
◇
―――なんということだ!
2号線の惨状に、
風に乗る。羽ばたく。迫る歩道橋を潜り抜け、10車線の上をわたしは飛ぶ。敵の運転手は驚くほどに達者である。恐らく器物霊が操っているのだろう。自動車自身が運転しているのだからそれは優秀なはずだった。
だからわたしが呼び出したのは、幾つもの雷精。大気に宿るそやつらは、破壊に使える精霊の中でも最も手軽に操れる。
球雷として顕現した精霊たちへ、命令を下す。
「行け!!」
幾つもの
そこで、反撃が来た。車体より身を乗り出したヴァラーハミヒラは、幾つもの
事実、その通りだった。敵手の攻撃はわたしを傷つけなかった。ヴァラーハミヒラが火球を投じた先は、前方から向かってくる車列だったから。
幾つもの爆発が生じ、巨大な質量が宙を舞った。
「あ―――」
真横を通り過ぎて行く乗用車の中に
空いた隙間にピックアップトラックが滑り込む。そこからさらに投じられた火球は中央分離帯を破壊。車体は下り車線へと移った。ようやく敵手も左側通行の重要性を悟ったらしい。だからと言って許す気は毛頭ないが。
わたしは、速度を上げた。
◇
「これじゃあ、戦争だぞ!!」
車列の間をすり抜けながら、遥香は叫んだ。国道2号線を西進中。そこら中で悲鳴と絶叫が上がり、幾つものサイレンが聞こえ、右側の車線には無数の事故車が視界に入っては流れ去っていく。前方では時折爆発音が聞こえており、追跡側として助かるのは事実だが。それがありがたい、などとはとても遥香には思えなかった。
速度を上げる。車の流れが異様に遅いが、この状況ではやむをえまい。無理やり割り込み、間を通り、バイクは進む。普段こんな運転をするなど正気の沙汰ではない(すぐ先に葺合警察署の春日野交番があるのだ)が、緊急事態だ。
「―――部長。あれ!!」
恵が指した方向に上がったのは、激しい爆炎。戦っているのだ。涼子とあの老人が。
今でさえ大惨事だというのに、この先には三宮。神戸市の中心地が存在する。そんな場所で、もしまたあの、土砂の巨人が現れでもしたら!!
速度を上げる。750ccは素晴らしい加速力を発揮し、たちまち車体を押し出した。
と、そこで問題発生。少女たちの行く手を阻むのは赤信号である。両側から、幾つもの車両が出てきたではないか。
まだ事態を把握していないのであろうそれらを見据えると、遥香は覚悟を決めた。クラクションを鳴らす。突っ込む。連なった車両の間をすり抜ける。歩行者を回避。
無事に交差点を突破できたのは、奇跡と言っていいだろう。極度の緊張に晒された遥香の全身は汗びっしょりだ。
「―――自分でやるもんじゃあ、ないな」
映画みたいな真似は金輪際御免だった。恵はともかく、自分はただの人間に過ぎないのだ。とはいえ距離は稼げた。そろそろ戦場は近い。破壊された車両が転がり、炎が燃え上がっている中を少女たちは進む。見えてきた。目標物。老人が乗っているであろうピックアップトラックが。そして、その後方を飛行する白いフクロウの姿。あれが涼子に違いない。
と。
前方で爆発。斜めに走る長大な陸橋のなかばが、吹き飛んだ。
ゆっくりと倒壊していく陸橋。その下をピックアップトラックは通り抜けていく。白いフクロウは上方へ回避。そして自分たちの停車は―――間に合わない!
「―――しっかり掴まれ!!」
遥香はアクセル全開。落下してくる陸橋の下へ突っ込む。まずい。よけきれない。車体を倒す。陸橋がかすめた。抜けた。―――バランスを立て直せない。
「はぁっ!」
恵が気合一閃。傾いた車体が急に復元する。例の妖精さんだろう。死ぬかと思った。金輪際御免と思った矢先にこれだ!
「どうやった!?」
「気合でなんとか!」
なるものなのか。分からなかったが、魔法の原理を聞いてどうにかなるとも思えぬ。そもそもそれを知るためにこそ、自分たちは追跡しているのだから。
「追いついたらどうする!?」
「あいつの横に付けて貰えれば、飛び移りますけど!」
「無茶だろう、それは!!」
恵になら可能なのだろうが。本当に映画じみてきた。
などと言っている間に距離が離れている。今の一連の回避運動のせいだろう。
遥香は、愛車に鞭打った。
◇
【国道2号線 雲井通2丁目】
―――まずい。
ヴァラーハミヒラの焦燥は最大限にまで高まっていた。春日野道を抜け、生田川を通り過ぎてもまだ、ヒルデガルドを引き離せない。自動車では駄目だ。敵手は飛翔している。どこまでも追いかけてくるだろう。
ならば。
迎え撃つしかない。もちろん勝ち目はないだろう。ならば相討ちを狙うのだ。
前方の交差点を見据える。その角にあるビルディングを。あれだ。
ありったけの防御の術をかけると、ヴァラーハミヒラは器物霊へと命じた。
「あのビルへと突っ込め!!」
ピックアップトラックは、命令に従った。
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