第38話 地獄の軍団
【西暦2018年 王都】
類感呪術。ジェームズ・フレイザーが定義した、文化人類学上の魔法の性質のひとつ。丑の刻参り。形代。人形。似たもの同士は互いに影響し合うというこの発想は、広く様々な文化圏で見ることができる。まるで普遍的な現象であるかのように。
それは、かつて地球上に存在した魔法文明の痕跡であったのかもしれない。真実は歴史の闇の中だ。将来的には解き明かされるのかもしれないが、しかしそれは今ではない。
その道筋は、これから生まれるのだから。
アルフラガヌスの母カロラインは文化人類学者だった。正確にはその卵だったそうだ。生きている間にもっと様々な話を聞きたかったが、死者は何も語らぬ。
魔法王アルフラガヌスは、祭壇より後方へ振り返った。そこに広がる都市。制圧した王都を。
ここに、門を開く。世界間を繋ぐ巨大な門を。それは、共通点を持つ二つの都市を繋ぐだろう。首都、という共通点を持つ土地同士を。
続けて魔法王は、視線を別の方向に向けた。
そこに整列する、自らの軍勢へと。
主力の甲冑は48領。矢除けの加護は強力だが、結局のところこの二足歩行機械は遠距離攻撃に対して無敵、というだけの拠点攻撃兵器でしかない。更には、甲冑の保護を得られぬ歩兵や人形に対して、地球側の砲撃や空爆。ミサイルといった投射兵器は完全に機能を発揮するだろう。地球軍の力。その圧倒的物量で大地を耕されれば、防ぐのは著しく困難である。もちろん現実的に考えれば、アルフラガヌスの手持ちの戦力だけで星一つ分の戦力を相手に戦うことなどできはしない。ふたつの世界の全面戦争ならばともかく。
そもそもの想定では、破壊工作によって地球人を自滅させた後で制圧に乗り出すはずであった。全面核戦争を誘発する予定だったのである。
だが問題はない。代替案は用意されている。儀式魔術を一つ、遂行するだけでよいのだ。こちらの世界で実行しても何の意味も持たぬ術。されど、あちらでは。地球人には対抗手段が存在せぬ大規模魔法。
その力を持って、降伏を迫る。それがアルフラガヌスの戦略であった。
地球人は知るだろう。偉大なる魔法の力を。
そして、やがてはこの世界の人間たちも知ることとなる。深淵なる科学の叡智の力を。
地球を手中に収めれば、次はこの世界すべてを得るための戦いが始まる。
そうすることでようやく、アルフラガヌスの求めるものは手に入るのだから。
「儀式を開始する」
命令が、下された。
◇
【日本国 東京都台東区 上野の森】
爽やかな朝だった。
上野恩賜公園は、日本有数の都市公園である。武蔵野台地の末端に位置するこの地は、東京の北の玄関口たるJR上野駅に隣接し、内外に多数の美術館や博物館。歴史的建造物が存在する一種の文化芸術の地ともいえた。
最初に異変に気付いたのは、観光客の一人だった。
「なんだ?」
その中央に位置する広場が突如として、陰った。いや。上野が。東京が。日本全土が一斉に、日照の一部を喪失したのである。
天を見上げたすべての人々は、その原因を目の当たりにした。
太陽が、欠けている。時ならぬ日蝕が訪れていたのである。
「……今日って、日食だったっけ?」
観光客の疑問。周囲では時ならぬ天文ショーに撮影を試みる者、立ち止まる者、気にせず通り過ぎて行く者などが散見される。
そのままならば、少し変わった自然のイベント。というだけに終わったろう。だがそうではなかった。
異変が続いたからである。
「きゃあ!?」「うわあ!?」
突如として風が吹き荒れた。暴風が巻き起こり、木の葉が舞った。あまりの威力に転倒する人間までもが出る始末だった。更には、落雷。青天の霹靂が広場を襲ったのである。それも幾つも。
続いて虚空に開いたのは、裂け目。高さ百メートルにも及ぶ空間が縦に引き裂かれたのである。それはたちどころに広がり、左右へと拡大。巨大な門と化す。
一部始終を、観光客は目の当たりにした。彼だけではない。その場にいた人間すべてが茫然と眺めていただろう。
そして、彼らが来た。
最初の一歩が、こちら側に出てくる。なんだ。なんなのだあれは。何故あんなものが突然出てくるのだ!
腰を抜かした観光客の眼前で踏み出してきたのは、足。ただの足ではない。鋼鉄で鎧われ、とてつもない質量を備えた、信じがたいほどに巨大な足が、広場の石畳を陥没させながら―――そう、陥没だ!!―――踏み込んでくるのである。現実に超自然現象が起きれば、カメラを向ける余裕などないのだということを観光客は知った。何しろ地面の陥没で生じた振動は、立っていることすら許さないものだったから。
その持ち主の全容が明らかになるまで、長い時間が感じられた。現実には刹那の間に歩み出たそいつの姿は、マントをなびかせた甲冑。各所に機械的構造が見られるが、全体としては西洋風とも東洋風ともいえぬ全身鎧を巨大化したようにも見える。
茫然とする人間たちを無視して、そいつは裂け目から進み出た。それで終わりではない。後ろからは、そいつの同類。無数の巨大な甲冑が出てくるではないか。
凄まじい振動で立っていられない。一歩ごとに足は深くめり込み、周囲まで含めて陥没していく。大地がめちゃめちゃに破壊されていく。木々が揺れ、石灯篭は倒れ、地響きは大地震に勝るとも劣らない。
地獄の底から現れた、悪魔の軍団。
観光客が連想したのは、そんなこと。
一連の光景を、観光客は生涯忘れることはなかった。忘れるほどの生涯が、彼には残されていなかったから。
ふと、空が陰った。日食のそれよりもさらに。
真上を見上げた彼は、ぽかんとした。巨大な足が、こちらに降りてきたから。
観光客は絶叫した。
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