第9話 山猫の一族
魔法生物。すなわち魔法によってかりそめの生命を吹き込まれた人造生命体には幾つもの種類がある。粘土人形。木人形。甲冑も広義の意味では魔法生物に入るだろう。
そして、泥人形。
粘土人形と並んでよく見られるこの魔法生物は、主に屋外の土木作業に用いられた。泥でできているため、周囲を汚してしまわないように。その代わり、無尽蔵にある泥という材料から作ることができる。
だから、泥人形が大型化の一途をたどったのも、そのような背景による。
「―――行け!奴を止めろ!!」
兵の指揮官の命令を受け、のっそりと動き出した泥人形たちは見上げるような巨体。いや、ようなではない。実際にそののっぺりとした顔を目にするためには、見上げる必要がある。下手な家屋より巨大な、8メートルという身長だったから。
5体ものそいつらは、命令を実行した。すなわち前方で立ち上がった漆黒の甲冑。敵に奪われた、全高12メートルの巨大二足歩行兵器を制圧するべく突進したのである。
対する敵手は逃げられない。整備用の穴から出てくるためには、こちら側に設けられた階段を上るしかないのだから。
敵はだから、逃げなかった。空いた手を伸ばすと、脇に立てかけられた架台のひとつを持ち上げたのである。甲冑の武装を安置するためのそれを。
兵士たちが見る前で、ゆっくりと。架台が投じられた。
何トンもあるそれは、
泥人形の隊列に穴が空く。
できた隙間を抜け出た甲冑は反転。抜き放った刃で残った泥人形たちを撫で斬りとしていく。たちまちのうちに壊滅する泥人形の一隊。
次なる敵の行動に、指揮官は顔面蒼白となった。剣を収めた漆黒の甲冑は穴から出てくると、手近な角材を拾い上げたのだから!!
「た、退避!!退避ぃぃぃぃぃっ!!」
泡を食って逃げ出す兵士たちめがけて、巨大な材木が投射された。
◇
「ほとんど砲撃だな、これは」
まるでダンプトラックが突っ込んだかのような惨状に、
さて。ひとまずこれで、敵は蹴散らした。
手勢へ叫ぶ。
「敵はわたしが引き付ける。お前たちは手はず通りに脱出しろ!」
「はっ!」
散って行く部下たちを見送ると、わたしも前進。そこで。
「お供しますぜ」
肩口から声。操縦槽からでは姿は見えぬが、ネズミか。
「今度は何に化けた?」
「ご想像にお任せしますよ」
「振り落とされるなよ」
操縦槽の窓はちょうど、甲冑の喉元に位置する。肩方向にも覗き穴はあるが狭い。ちなみに甲冑の首より上も動かそうと思えば動かせないことはないのだが、基本的には固定であった。五感を完璧に共用できるほどの操縦者でなければ甲冑の眼球は無用の長物だから問題はないが。
踏み出す。駆動音。一歩ごとの上下動。全身を柔らかくして振動を吸収する。昔を思い出す。子供のころ、一度だけ甲冑に乗る機会があった。あの時はひどい目にあったが、今となってはいい思い出だ。
速度を上げる。敵が混乱から立ち直る前に脱出せねば。
曲がり角に差し掛かったところで、ネズミが声を上げた。
「上だ!!」
敵は、急降下してきた。
反射的に傾けた上体をかすめていったのは、人間。―――人間だと!?
ロープにぶら下がり、振り子のようにこちらを急襲していった敵の手にあったのは長剣である。スリットから操縦槽を直接狙う気か!!
そいつだけではない。土塁の上から。あるいは地上から、幾人もの男たちが飛びかかり、あるいは鈎縄を投げつけてくるではないか。なんと無謀な!
腕に絡んだロープを振り回す。飛びかかってきた敵をマントを持った手で払いのける。背後から戻ってきた振り子のロープを剣で切り裂く。
大地に。あるいは土塁の壁に投げ出される男たち。蛮勇に伴う当然の結果であろう。
されど、それで終わりではなかった。
何故ならば彼らはまるで、猫のように転がり、そして立ち直ったからである。
「―――な!?」
わたしが驚愕する間にも彼らは勢いを殺さず走っている。あるものは距離をとり、あるものは振り回されるロープにぶら下がって高所へと跳躍。その動きは軽業師もかくや。
「―――お頭!そいつら、山猫の民だ!!ヤバい!!」
ネズミの叫び。―――思い出した。山岳地帯に住まう、山猫を祖霊として崇める一族。傭兵を生業とする彼らは、高所から落ちても死なない。山猫のわざ。秘伝とされるそれを身に付けているからだった。そしてもうひとつ。今のを見て思い出した。
五点着地。地球でそう呼ばれる、受け身の技法。かつてパルクールの選手が公開した動画で見たそれと、彼らが行うわざはそっくりだ。
山猫の民とは、特殊な受け身の技法を昇華させ、生身で甲冑を狩ることを可能とした一族なのだということを、わたしは悟った。
まともに相手をするわけにはいかぬ。
強引に前進。マントを振り回す。相手が小さすぎて剣では狙えない。丸めた新聞でハエを叩き潰そうとするようなものだ。体格差がひどすぎる。ネズミが叫んだ。視界の隅より攻撃。ネズミの警告がなければやられていたかもしれぬ。
映画館で昔に見た、"トランスフォーマー"の一シーン。
人間の10歩を一跨ぎに超える。敵を置いて行く。振りきれたか?
と。
「お頭、あれを!」
ネズミの言葉に顔をあげてみれば、土塁の上にぽっかりと浮かび上がるのは巨大な、影。
うずくまった獣にも見えるそいつは、明らかに、ちょっとしたビルディングほどもある。
そいつは、伸び上がった。のみならず、軽やかに土塁を駆け降りたではないか。まるで生き物のように!!
そいつは、猫だった。仮面をかぶせられ、蔦や枝葉が絡み合って出来た、十五メートルはあろう魔法的装置。獣を象った依り代に何らかの霊を降ろした破壊兵器なのだ。
その総合的な性能は恐らく、甲冑に匹敵する。
わたしたちの前方に立ち塞がった巨体。その背の窪みに座る
「まずは見事なお手並みと言わせて頂こう。さぞや名高き武人とお見受けする。
故に敬意を持って、山猫の一族が長。このアリヤーバタがお相手仕る」
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