第21話 両軍、激突

大地が、揺れた。

小石が動いた。岩が震える。山頂が目に見えてわかるほどにる。それも規則的に。

彼らは、地揺れを先ぶれに現れた。

山肌に挟まれた谷間の向こうよりまず見えたのは、壁。鉄でできたそれは道幅いっぱいに広がり少しずつ、大きくなっていく。

やがて姿がはっきりしたとき。その様子を眺めていたものたちは戦慄した。

「―――な」

盾だ。とてつもなく巨大で長方形の、鋼鉄で作られた分厚い盾。12メートルの巨大二足歩行兵器によって保持された重装甲が、整然とこちらに向かってくるのだ。

それで終わりではない。

盾の背後、二列目以降より並んでいる細長い物体。30メートルはあろうそれらは、甲冑の長槍である。安全な盾の後ろより攻撃するためのものなのは容易に想像がついた。

そして、やがて響いて来たのは勇壮なる楽曲。規則正しい足音にも負けぬそれは、さらに背後より来る軍楽隊が奏でているに違いない。あのリズムに従って全体が行進しているのだろう。

恐るべき統率力であった。何をどうすれば、甲冑にあれほどの隊列を組ませることができるのか。

あまりに現実感のない光景にしばし見入っていたハイヤーン卿であったが。

「全軍。攻撃準備を!」

命令に、凍りついていた自軍も動き出す。

―――化け物め。

正直なところ、あれほど見事な隊列を組まれれば多少の地形的優位は無為となる。陣形とは戦力をいかにして効果的に用いるか、という観点から存在する。もちろん現実には無数の制約や条件があり、妥協せざるを得ない場合の方が多い。

にもかかわらず、アルフラガヌスは強力な陣形を形成して見せた。狭い地形を最大限、生かせるような。あのような密集隊形は動きの鈍いことが欠点だが、この場所では機動力を生かして背後に回り込むという訳にはいかぬ。あれに持ちこたえるのは困難だった。このままでは迫る濁流に飲まれるがごとき結末を迎えるに違いない。

どう戦う?どうすれば耐えられる?

ハイヤーン卿の額を、一筋の汗が流れ落ちていった。


  ◇


ファランクス。この密集隊形戦術の原型は、4500年前のメソポタミアですでに萌芽が見られる。大盾と槍のリーチによる防御を実現したファランクスは、集団が一丸となることで恐るべき打撃力を発揮した。

今、前進している魔法王の軍勢が取る陣形もその類型に属するものと言えよう。しっかりと保持され、隣同士でも支え合っている盾の壁を打ち破るのはただでさえ困難である。さらには後方から多重の槍による迎撃もある。

だから、彼らの歩みを留めたのは攻撃ではなかった。乱雑に生えた多数の杭。鋼鉄で作られ、一方向に向けて斜めに打ち込まれた障害物を回避するという作業によって、軍勢は陣形を乱したのである。

まさしくその瞬間を狙って、防御側。ハイヤーン卿が指揮する王都防衛部隊の攻撃が開始された。


―――BBBVVVVUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOO!!


重厚なる吹奏楽器の調しらべと共に突撃したのは、固定した円盾ラウンドシールドで身を守り、長大な槍を構えた巨大二足歩行兵器の軍勢である。突進が引き起こす振動は、仮に地球の都心であればビルディングが倒壊するであろう程の威力を発揮した。

激突。

互いの槍が互いを引き裂く。ゆっくりと斃れていく巨体。怒声。喉を貫かれて動きを止めた甲冑。脇腹を切り裂かれなお進もうとする騎士。歩行音。巨大な金属がねじ切れる音。押しつぶされ、破裂した心肺器に吹き飛ばされて肉片と化す操縦者。そこかしこで絶叫が上がり、それをかき消す勢いでありとあらゆる轟音が響き渡った。

まさしく地獄絵図。誰もが正気ではいられない。

だから、笑いながら突き進んでいる老騎士も、狂っていたのだろう。防衛部隊を構成する騎士団の一員である彼は、壮絶な戦死を遂げていく同僚たちを横目に

攻撃を円盾で跳ね上げる。の合間に敵の甲冑が覗いた。槍を投げ捨てる。予備の戦槌ウォーハンマーを隙間にねじ込む。盾の壁をこじ開ける。

―――

敵、甲冑の喉元。そこに設けられた覗き窓の向こう、暗い操縦槽の中が見えたのである。血走った目。死にたくないという目。お前が死ねという目。

知ったことか。

左手で抜いた小剣をお見舞いする。穿たれた喉。死んだ甲冑に肩からぶつかり、空いた隙間へと押し入る。両手に持った武器を振り回す。確かな手ごたえ。それが幾つもいくつも。何人死んだ?何人殺せた?

分からない。分からないまま、幾つもの反撃が来た。槍がを貫く。腕が脱落。頭部が砕けた。この時点で甲冑が機能を失い、そしてが串刺しとなった。

「ぐ……っ」

激痛。

体の半分がなくなった。千切れたのか。押しつぶされたのか。分からない。暗い操縦槽の中からでは分からぬ。分からないまま、更なる衝撃。

老騎士の意識は、そのまま闇に堕ちていった。


  ◇


血の気も引くような戦闘音が、山中に響き渡った。

涼子わたしたちのにも届いてくるそれは、叔父の部隊と敵勢の激突によるものに違いない。長くは持たないだろう。敵勢はこちらよりはるかに多勢であるから。

だが、早すぎても駄目だ。敵の注意がもっとあちらに逸れてくれなければ。

「殿下。高いところはお嫌いですか?」

「ああ。こればかりは剣ではどうにもならないからな」

岩陰よりともに様子を伺うイーディアへと答える。

「秘密だぞ?」

「墓まで持っていきまする」

前方には敵の本陣。多数の甲冑。泥人形。兵員。それらに守られた物見台に座する男こそ、魔法王アルフラガヌスに違いあるまい。

わたしたちは、敵のすぐそばで機会を伺っていた。

「ふむ。この分なら、野望は達成できそうだ」

「野望、ですか?」

「ああ。20人斬りを現実のものとしてくれよう」

その言葉に笑みを浮かべたのはイーディアだけではない。わたしの言葉が届く範囲にいた手勢。そのすべてがだ。

「イーディア。この戦いが終われば、わたしの秘密をもうひとつ。そなたに教えてやろう。

嫌だと言っても聞かせるぞ」

「楽しみにしておきます」

頷き合うと、わたしは身振りで指示。各々が配置についていく。わたし自身も甲冑へ搭乗する。

もういいだろう。待つ時間は終わった。これからは、反撃の時間だ。

両手剣ツヴァイハンダー、そして叫ぶ。

「皆の者。

―――突撃せよ!!」

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