第参拾漆話「再演 - 交わる運命」
『それではオニヘイ様。お願いします』
「なあ……本当にやるのか?」
『はい。「オニヘイ様達と共にソバを食べる」という項目もありますが、そちらは現在の私の機能では難しい為、こちらを優先させていただきます』
「いや、そういう事じゃなくてだな……」
『さあ始めましょう。果し合いを――』
和装と洋装を混ぜた様な衣服に換装し、二本の刀型兵装アイテムを構えるゼロに対して、オニヘイは呆れたように息を吐く。
現在、オニヘイ達は奉行所の剣道場を訪れ、そしてオニヘイとゼロは対峙していた。
その目的はゼロが己を役割を果たすことであり、その役目とは「コウを再現すること」とゼロは語った。
そしてコウを再現するにあたり、EDOでのコウの行動をゼロ自身が実際に体験することが必要だというのが、ゼロの言い分だった。
そのうちの一つが刀による戦闘――すなわち果し合いをすること。
かつて、コウがオニヘイとそうしたように。
「オニヘイ。
オニヘイ側の壁に寄りかかるチュースケがスタン銃を構え、それをオニヘイに翳して見せる。
チュースケはゼロと果し合いをするというメッセージをオニヘイから受け取り、見届け人という名の監視役として一人奉行所へ戻って来たのだ。
奉行所に馴染んでいるとはいえ、ゼロはその目的が今まで全く不明だったNPC。この機会を虎視眈々と目論んでいた可能性も十分に考えうる。
故に、チュースケに油断はない。
しかし気合い十全なチュースケを見ても、オニヘイは肩をすくめるだけだった。
「心配すんなよ。タマモも存在しねえ今、精神移行なんざ出来やしねえさ。万が一俺が負けてもダイブアウトするだけだ」
「けどよ……」
『オニヘイ様』
「あん?」
『「コウ」を再現する為には、より精度の高いデータが必要と考えます。よって戦闘は実戦と同等の姿勢で臨んで下さい』
「手加減するなってか? つっても本気でやって
オニヘイもコウとは何度も勝負をしていたので、ゼロと戦うこと自体に文句はない。
しかしなにかと丈夫で戦い慣れしていたコウと違い、戦闘用でもないNPCであるゼロと戦闘をして、誤って破壊してしまうことを危惧しているのだ。
なによりコウと同じ顔を持ちながら本人ではないという違和感が、オニヘイに本気で戦わせることを躊躇させていた。
コウと過ごした日々を、忙しくて喧しくもどこか愉快だった日々を思い出して、もどかしくなってしまうと思ったからかもしれない。
少なくともオニヘイにとってそれは、気持ちのいい感覚ではなかった。
『私相手では本気を出すことが出来ませんか? ではこれならどうでしょうか――』
「手前、なにをするつもりだ……?」
オニヘイが本気になる気がないことを悟ったゼロは、自身の胸元に指先を当てる。
ゼロは何度か音声調整を行い、そして一度咳払いをしてから声を発した。
『「――あん? なんでい、お前めえら」』
「!!」
「お前、その声……!」
オニヘイとチュースケは、調整されたゼロの声に驚かずにはいられなかった。
なぜならゼロが発した声と喋り方は、コウのそれと全く同じであったからだ。
外見も合わさって、ほぼ完全にコウを再現していたのだ。
さらにゼロはそれが効果的だと判断したのか、刀を肩に担ぎ、片方の眉をつり上げ、口を歪めて――。
『「おれから刀を取り上げたきゃよぉ……斬り殺してみろ」』
挑発。その台詞は初めてコウとオニヘイが戦った際、コウが言い放ったものと全く同じだった。
格好や表情や仕草、まるで本物のコウになろうとしているかの如く、コウを模倣している。
それを見たチュースケは、タマモが本気であのコウを再現しようとしたのだと分かり、ゼロの精度の高さに感心さえ抱いた。
しかしその瞬間、チュースケは首元に刃を突き付けられる様な気迫を感じる。
その出元はオニヘイだった。
「手前ぇ……調子乗ってんじゃあねえぞ……」
オニヘイは怒り心頭に達していた。
あまりにも似すぎるが故に、逆にオニヘイの神経を逆撫でしたのだ。
コウは己の信念を貫く強き剣士であり、最後まで本物の人間であった。
特別な存在であり、オニヘイ達のかけがえのない仲間であった。
そのコウをただのプログラムでも再現出来ると思われていることが、オニヘイには許せなかったのだ。
「オニヘイ……!」
「チュースケ。絶対に手ぇ出すんじゃねえぞ……こいつは俺が斬る」
オニヘイはジッテブレードを構え、刀身のスタン電流の点滅を繰り返す。
常に仏頂面であるはずの鬼奉行アバターの顔ながら、その表情はいつにも増して鬼めいていた。
対してゼロはオニヘイの激昂を期待していたかの様に、さらに口を歪めながら刀を構える。
『「それじゃあ早速……仕合おうぜッ!!!」』
「上等だ手前!!! そのクソ生意気なAIごとブッ潰してやるよ!!!」
挑発姿勢に拍車をかけるゼロに、いよいよ沸点を天元突破しそうなオニヘイが咆哮しながら斬りかかる。当然ゼロはそれを迎え撃つ。
振り下ろされた一刀と待ち構える二刀が交差し、試合開始の合図が如き甲高い金属音が響き渡った。
「――『
対してゼロは二刀を巧みに操ってオニヘイの強力な一撃を受け流し、攻撃を躱しつつ返しの刃でオニヘイに反撃を繰り出す。
しかしNPCらしい単調なゼロの手を読んでいるオニヘイは、振り抜いたジッテブレードを掬い上げる様にして二本の刀をいっぺんに弾き返す。
弾かれたゼロは軽い身のこなしで後方へ跳躍し、即座に刀を鞘に収めて居合の構えを取る。
再びオニヘイから攻撃を仕掛けるが、居合の軌道を理解しているオニヘイは横薙ぎの一閃を繰り出す。
『「斬ッ――!」』
同時にゼロの居合が放たれ、両者の刃が激突。
衝撃を受けて弾かれた両者は、再び距離を取って互いに刀を構え直す。
そのまま何度目かの剣戟が始まる――かと思いきや、何を思ったのかゼロが構えを解く。
『オニヘイ様』
その声は元のゼロの声色に戻っていた。
オニヘイは眉を顰めながら首を傾げ、こちらも構えを解いてゼロに尋ねる。
「なんだ、もう終わりか?」
『オニヘイ様はなぜ、ジッテブレードのスタン機能を使用しないのですか?』
「……」
『私はオニヘイ様が果し合いを楽しんでいるのだと分析します。私の再現精度が高く、オニヘイ様はかつて行った本物のコウとの戦闘を想起したはずです。故に私の機能を一時停止させ、果し合いを終わらせることを拒否しているのではありませんか?』
「……はぁ。コウとは別方向に生意気だな、手前は」
ゼロの言及に対し、オニヘイはばつが悪そうに頭を掻く。
はっきりと言葉にはしないが、ゼロの分析通りオニヘイは、ゼロとの果し合いを楽しんでいた。
それはやはり、これまで何度も剣道場で行ったコウとの試合を思い出すぐらいには、その再現度が高かったからだ。
ひと月ほどしか経っていないというのに、オニヘイは毎朝の様に行っていたコウとの試合に、懐かしさを覚えていたのだ。
そしてオニヘイはようやく、ずっと面倒だと思っていたコウとの試合が楽しい記憶であることに気付いた。
例え偽物のゼロとの試合だとしても、それを続けていたかったのだ。
ふと、ゼロが恭しく頭を下げる。
『ありがとうございます。オニヘイ様』
「なにがだ?」
『私の役目はコウを再現すること。しかし意識統括が消去され、私は自身の役目を遂行する理由を失いました。それは私の存在意義の消失に等しく、私は機能を停止する他ありません』
「……」
『ですがオニヘイ様がコウを望むのであれば、私は存在意義をかけて私の役目を果たすことが出来ます。コウをここに再現することで、ユニット・ゼロは本当の意味で存在することが出来ます』
「ゼロ、手前……」
それは「機能」と「献身」の複合であった。
ゼロは己の為ではなく、オニヘイの為にコウを再現しようとしているのだ。
その顔には柔らかな笑みが表れており、まるで本物の人間の様にオニヘイには思えた。
ユニット・ゼロも、十分に特別なNPCであった。
しかし、ゼロは再び刀を構え直す。
『次の一刀が最後です。私はコウとなる為に、オニヘイ様を斬ります』
「!」
『オニヘイ様も私を……いえ、コウを全力で止めてください。やり方はご存じのはずです』
「コウの止め方……」
ゼロに指摘され、オニヘイはコウとの試合や仕合いを思い返す。
オニヘイが最初にコウを止めたのは、EDOの街道で彼女と戦った時だ。
そしてオニヘイはその時の方法を思い出し、ジッテブレードに纏うスタン電流の点滅を繰り返す。
やるべき事はたった一つだ。
オニヘイは短く息を吐き、心の帯を締め直し、ジッテブレードを正面に構える。
オニヘイの準備が出来ると、ゼロが獰猛な笑みを浮かべた。
まさしくコウの様に。
『「さぁ……いくぜッ! オニヘイ!」』
「来いッ!!!」
両者は力強く前に踏み込み、渾身の一刀を繰り出す。
ゼロは横薙ぎの一閃を。
オニヘイは上段からの袈裟斬りを。
縦と横に交差する刃は、定められた運命の如く交わり、そして激突した。
刃は弾かれず、鍔での迫り合いが始まる。
力、技、気、それら全ての勝負だ。どれか一つが相手より上回った方が、この勝負を制する。
だが、それらを無視して終わらせる方法を、オニヘイは知っている。
オニヘイは鍔の下のスイッチを人差し指で押し、ジッテブレードの刃にスタン電流を纏わせる。
触れたものに高圧の電流を流し、対象の機能を一時的に停止させるプログラムだ。
スタン電流はジッテブレードの刃から、触れているゼロの刃を伝い、そのままゼロへと流れ込む。
瞬間――剣道場がスタン電流の眩い光に包まれた。
電撃がゼロの体に流し込まれ、その全身が激しく発光する。
大抵のNPCはこの一撃で動けなくなり、場合によっては永久に機能を停止して、そのまま地面に倒れ伏すこともある。
しかし、オニヘイの前に立つNPCは倒れなかった。
微動だにせず、それ以上刃を押し込むこともなく、ただオニヘイの顔を見つめている。
その時、オニヘイは気付いた。
女の瞳に懐かしき光が灯っていることを。
そして彼女は、笑みを浮かべて言った。
「――よお。達者でやってたかよ、オニヘイ」
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