第拾話「作戦準備」
「いいか手前ら! 犯行予告によれば次の星の狙いはキーマスターの『鍵』だ! これが奴の手に渡れば、EDOにある全ての電脳銀行は奴の思いのままだ! なんとしても強奪を阻止するぞッ!!」
『応ッ!』
「予告状に記載された決行日は明日、これよりイ班からホ班はローテーション表に従って『鍵庫』の警備配置に着け! それ以外の班は管制塔周辺と城下の巡回警備にあたれ! 怪しいユーザーは絶対見逃すな! 星が現れた際は各班で連携を取り、捕獲ポイントまで追い込め! 以上、行動開始!!」
『応ッ!!』
オニヘイの号令により同心達はローテーションから外れている一部を除き、奉行所支部から颯爽と駆け出して行く。
同心達が出て行く間際、起き抜けの様子で奉行所の奥からのそのそとやって来たコウは、奉行所にいつも以上の物々しい雰囲気を感じ取った。
「……なんだ? なんかおっ始まんのか?」
「ゴエモン捕獲作戦だ。手前にも仕事がある。説明するからこっちに来い」
「へいへい」
面倒臭そうに返事をするコウを伴い、オニヘイは別室へと向かった。
作戦対策室へと入った二人、そして既に室内で待っていたチュースケを交えて、コウに向けた作戦の概要説明が始まった。
「作戦はこうだ。まず、キーマスターがいる管制塔の三十七階層をイ班からホ班の計二十五人の同心が警備し、現れたゴエモンを同階層の捕獲ポイントまで誘導する。ポイントまで誘導したら、そこでやつを無力化する」
「ちょっと待った。きーますたー、ってのはなんだ?」
「キーマスターはEDOの各施設のセキュリティキー……鍵を管理しているやつだ。ようは鍵屋だ。キーマスターが持つ鍵は本来トクガワの人間しか持ち出せねえが、一度外に持ち出しちまえば誰にでも使えちまう。鍵庫自体のセキュリティは強固だが、今回のゴエモンも中央銀行のファイアウォールをすり抜ける程のやつだ、そこも突破しちまうだろうな」
「……とりあえず鍵を持ってるやつってことだな。で、おれはなにをすりゃあいいんだ?」
「手前には、捕獲ポイントでゴエモンを倒してもらう」
オニヘイのその言葉を聞いた瞬間、コウは握り拳を作り喜びの声を上げた。
この数日、果たし合いも出来ずオニヘイとの試合では負け続けているコウからしてみれば、それは日頃の鬱憤を晴らす絶好の機会とも言えるだろう。
「ははっ! いいぜ任せな! 盗人の相手なんざ物足りねえだろうが、軽く伸してやるよ!」
「油断するなよコウ。前のゴエモンはサイバー忍術を使っていた。今回も使えるとしたら、相当厄介だぜ」
「さいばー忍術? 忍術ってこたぁ、ゴエモンは忍なのか?」
首を傾げたコウにチュースケが補足で説明する。
「正確には忍者の真似事だ。前のゴエモンが使えたのは加速コマンドを応用した高速移動、分身、
「閃光爆弾を使っていたのは俺も知っていたが、分身や変り身まで使えんのか? そんな事よく知ってたな、チュースケ」
「ん? あぁ、前のゴエモンの記録を少し調べてな……」
オニヘイも知らない情報をチュースケが知っていたのは、元ハッカー故の情報収集能力によるものだろう。
その優秀さは評価に値するものだが、チュースケはそれを誇るでもなく、どこか気まずそうに視線を逸らした。
そんなチュースケの様子にオニヘイは少し違和感を覚えたが、コウの声でその思考はすぐさま消え失せる。
「ならどうすんだ? おれぁ逃げ出す臆病者を追いかけるなんざ御免だ」
「だろうな。捕獲ポイントに同心を二、三人配置するか……いや、かえってコウの邪魔になるな。それに配置したとして、スタン銃程度じゃゴエモンの逃走を止められねえだろうしな。となるとコウ以外の足止め手段が必要だが、トクガワのバックアップは間に合わねえだろうし、さてどうするか……」
「……一つ、俺に考えがある」
頭を唸らせるオニヘイを見かねて、チュースケが手を挙げた。
「聞かせろ」
「ゴエモンは盗んだ鍵を直接個人サーバーに置く為に、何らかの方法でバックドアを用意する筈だ。バックドアを使用すればメインサーバーを通らずに自分のサーバーへ行けるからな」
チュースケは対策室に設置されているボードを展開し、バックドアの解説図を作成する。
箱の絵と扉の絵を線で結んだ至極簡単な図式だが、それが最も分かりやすい解説なのだ。
「だがバックドアはその性質上持ち運びが出来ねーから、予めどこかに設置しておく必要がある。これをセキュリティレベルが高い管制塔内に設置するのは無理だ」
「となると、設置する場所は管制塔周辺の地上か?」
「その可能性が一番高い。塔から地上へ飛び降りれば三秒でバックドアに到達するからな。で、このバックドアなんだが、扉の場所を見つけるのは多分無理だ。秘匿化して設置しているだろうから、ものを調べてもそれがバックドアだと分かるのは本人だけだ」
「それなら、やはり三十七階層から逃がしたらアウトってことか?」
「今のままじゃあな。だが、このバックドア自体を無効化出来れば全て解決する」
ボードに描かれた扉の絵にばつ印が被せられ、人の絵は行き場を失った。
それはゴエモンが袋小路になることを表している。
「そんな事が出来るのか?」
チュースケの考えは道理と言える。ゴエモンが使用するであろうバックドアを無効化出来れば、ゴエモンの逃走経路は断たれたも同然だ。
但しそれは前提として可能であればの話であり、オニヘイは元ハッカーであるチュースケでもそれは難しいと考えた。
「普通のハッカーじゃ無理だ。当然俺にも出来ねーよ」
そう言ってチュースケは肩を竦める。
案の定、チュースケにも彼自身の考えを実現することは難しいらしい。
まさに机上の空論だが、オニヘイは落胆していなかった。
「だがアテはある」
チュースケがそう言葉を続けると予感していたからだ。
「――で、オレのところに来たってわけかい? えーっと……」
一般ユーザーでも訪れる機会はそう多くない路地裏の道具屋をチュースケが知っていたのは、ハッカー時代に店主と少し縁があったからだと彼は語った。
「チュースケだ」
「そうだったそうだった、チュースケなチュースケ。で、そちらは……」
「奉行所城下セントラル支部筆頭、奉行のオニヘイだ」
「これはこれは……あの『鬼奉行』がこんな小さな道具屋に来るなんてな。特にEDO規定に違反した道具は売ってねえと思うんだが――おい嬢ちゃん! そこの棚のもんは気を付けて触れよ!」
店主は商品棚を物色しているコウに気付き、注意を飛ばす。
するとコウは棚のものを手に取ることは止め、そのまま店内をゆっくりと歩き出した。
オニヘイはコウが大人しくしている様子を流し見しつつ、店主の疑問に答える。
「安心してくれ。今日は違反調査に来たわけじゃねえ」
「そうかい! まぁ来てくれたなら誰だろうと客だ。で、チュースケ。欲しいのは『ポインター』だったか?」
「そうだ」
「座標設定は固定式か? それとも範囲指定式か? 範囲指定だと作るのに少し時間掛かるが」
「どのくらいだ?」
「早くて二日ってところだ。固定式なら在庫があるからすぐ用意出来るぞ」
「固定式を用意してくれ。なにせ明日が本番なんでな」
「あいよ。ちょいと待ってな」
店主とチュースケの二人だけで話が進み、チュースケの要望を了承した店主はカウンターのコンソールを操作し始める。
オニヘイは横でその話を聞いていたが、よく理解出来ず疑問を呈する。
「なぁチュースケ。聞きそびれていたが、ポインターってのはどんな道具だ?」
「ポインターってのは謂わば誘導装置だ。これを使えば限定的にバックドアの行き先を書き換えることが出来る」
「つまり奴が自分のサーバーに行くために開いたバックドアを、別の場所に繋がる入口にするって事か?」
「そうだ。これでバックドアからの逃走を防ぐ。ただ固定式のポインターはいくつか制約があった気がするが……」
チュースケの懸念に「その通りだぜ」と店主が声を掛けながら、銀発色の球体オブジェクトと円形オブジェクトの二つをカウンターに置く。
「これがご要望の固定式ポインターだ。注意点として、これの有効時間は起動してから三分間だ。三分を過ぎるとポインターは機能しなくなるから気をつけな」
店主は球体オブジェクトを指差してそう説明した。球体の方がポインターの起動装置らしいとオニヘイは理解した。
店主は続けて円形オブジェクトの方を指し示す。
「それともう一つ、固定式の誘導先に指定出来るのは対となる信号機がある場所の半径二メートル以内だ。こいつを設置した場所が誘導先になる。これが破壊されるとポインターは機能しなくなるから、気をつけな」
「それで固定式なのか」
「最後に、このポインターの有効範囲は“起動装置から半径五〇
「半径五〇米か……」
三つの注意点を頭に入れ、オニヘイは作戦を組み立てる。
確かにポインターがあれば、バックドアによるゴエモンの逃走は回避する事が出来る。ただしその制約をクリアするには、統率の取れた連携が必要であるともオニヘイは理解した。
「管制塔の三十七階層から地上まではおよそ一二〇米。信号機はコウに持たせるとして、コウを切り抜けた場合に地上でポインターを起動させる人間が必要か……」
「おうおう、おれが盗人に遅れを取るってか? あぁ?」
「手前は黙ってろ。今回は「逃げられました、御免なさい」じゃあ済まねえんだよ。ゴエモンを確実に捕らえる為には万全を期す必要がある。文句なら手前の役割をしっかり熟した後で聞く」
「上等じゃねえか……後で吠え面かくんじゃねえぞオニヘイ!」
躍起になったコウはそう吐き捨て、勢いよく道具屋を飛び出して行った。
「いいのかい? 嬢ちゃん行っちまったけど」
「これでいい。これであいつのやる気はだいぶ上がったはずだ」
「コウの扱いに随分慣れてきたな、オニヘイ」
「有難くないことにな……作戦は支部に帰ってから考えるか。邪魔したな道具屋」
「これくらいならお安い御用で。にしても、またゴエモンが出て来るなんてな……」
「何か知ってんのか、道具屋?」
「……いや、あれだけ有名になりゃ名前や噂ぐらい耳にするさ。だろう?」
「違えねえな。手前のおかげでゴエモン逮捕の算段も着いた、協力感謝する」
「光栄なこった。今後も贔屓によろしくな」
おう、と返事をしてオニヘイは道具屋を後にする。
オニヘイに続いてチュースケも出て行こうとしたところで、店主がチュースケを呼び止めた。
「チュースケ。捕まえてやれよ、あいつ」
「――ああ。もちろんだぜ」
静かに、そして力強く答えたチュースケの表情は、決意に満ちていた。
卍
それはある男の夢想。遠き記憶の再現。
「ゴエモン! 次はボクも、ボクも連れて行ってくれよ!」
男は光に向かって叫ぶ。
それは懇願するかの如く、あるいは縋るかの如く、眼前の光に向かって男は願った。
しかし光は男の期待に反して、次第に遠ざかって行く。
『ネズミ……次は無えんだよ。これで終いだ』
「どうしてだよ! アンタは……アンタはもっとやれるはずだろ! もっと、ボク達に夢を見させてくれよ!」
男は力の限り訴える。
彼にとってその光は夢であり、希望であり、憧れであった。
その光の導に従えば、どこまでも歩いて行けると思っていた。
故に、光が潰滅することを許せなかった。許せるはずはなかった。
『終わりなんだよ、これで。最初から夢なんてモンは無かった。俺がやった事は全部無駄だったのさ』
「なんでだよ……なんでアンタがそんなこと言うんだよ! ボクは、アンタに……」
『いくら夢を見ても、現実も電脳世界も一緒だ。こんなちっぽけな変化じゃなにも変わらねーんだよ。なにも、な』
悲壮に満ちたその言葉を残して、光は瞬く間に消えていった。
男はそれを止めることが出来ず、信じていた光に裏切られたという想いを抱く。
彼の心は、悔しさと怒りで染まっていく。
「ふざけるなよ……ふざけるなよ! アンタは、ゴエモンは! こんなもんで終わらねえだろうがっ!!」
男は叫び続けた。
決して失った光が戻らないと知っても、溢れ出る感情が留まることは知らなかった。
そして信仰にも似た想いは砕けず、慟哭の果てに男は一つの結論へと至る。
「そうだ……ゴエモンは、こんなもんじゃねえんだ……やってやる、やってやる! 俺がやってやる!!」
男は決意した。
追いかけ続けた光を、自らの手で取り戻すことを。
そして自らが『大義賊ゴエモン』となる事を。
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