第拾壱話「歌舞伎者と傾奇者」
ゴエモンの犯行予告当日、そして『大義賊ゴエモン捕獲作戦』の実行日。日本時間では間も無く午後八時に至るところである。
EDOの町には夜の帳が下りているが、管制塔とその周辺はサーチライトの光に照らされ、辺りは昼の様に明るい。
周辺を巡回する同心達やサーチドローンが不審者を見逃すことはないだろう。
現場から少し離れた作戦司令本部にて、全体の指揮を執るオニヘイが奉行所の共有回線を開く。
「作戦司令本部より通達。もうすぐ星の出現予想時刻だ。これより作戦の最終確認を行う」
オニヘイはコンソールを操作し、作戦の概要図を同心達のバイザー画面に投影する。
画面に描かれているのは段階毎の説明文と作戦のフローチャートだ。作戦は大きく二段階に分かれている。
「星は侵入プロトコルを使用して鍵庫の内部に直接侵入、鍵を確保した後、バックドアへ向かう為に三十七階層エリアを経由して地上へ降下するはずだ。階層警備班は星を階層内の捕獲ポイントへ誘導。地上班は星が外に出た場合の位置観測と移動予測だ。各員の迅速な行動と連携が作戦を成功に導くと理解しろ。決して抜かるんじゃねえぞ
『応ッ!』
オニヘイの号令により同心達の士気が向上しつつ、作戦開始時刻が迫ったことで現場には一層緊張感が増す。
同心達は各々で武装の最終確認を行い、ゴエモンの襲来に備える。決して油断や慢心などは許されず、作戦の失敗はEDOを揺るがす大事件となる事を重々承知しているからだ。
全体通信を終了したオニヘイはそのまま個人通信へと移行する。
「聞こえるか、コウ?」
『お、おお! 聞こえるぞオニヘイ! 聞こえる聞こえる! いやすげえなこいつ! 離れた人間と話が出来る道具があるなんて、夢にも思わなかったぜ! あ、夢か』
「声がでけえよ! いいか、これから手前の仕事の最終確認をする。ちゃんと頭に叩き込んでおけ」
『こっちに来た盗人を叩っ斬ればいいんだろ? わざわざ確認する必要なんてねえだろ』
「いいから黙って聞け。ゴエモンは外に出る為に必ず手前が今居る場所、つまり窓際にやって来る。窓は横が凡そ一〇
コウの役割は作戦立案当初と変わらず、武力によるゴエモンの直接制圧だ。
同心複数人の制圧による乱戦に乗じてゴエモンが逃走を図る可能性がある以上、寧ろ一騎討ちの方が確保出来る可能性が高いと判断した故だ。
加えてコウが振るう刀を体に受けた者は、受けた場所が全く機能しなくなる。初めてコウが現れた下町の路地裏でそれを受けた辻斬りは、まるで刃物で筋肉や腱を切られたかの様に力が抜け、動かなくなると証言した。
故にオニヘイは、少数単位の制圧能力に長け、かつ反応速度もピカイチであるコウに大役を任せたのだ。
『本当に追い掛けなくていいのか? それに、なんで逃した後にも刀構えてなけりゃならねえんだ?』
「どうせ外に出ちまった時点で追い掛けても間に合わねえんだよ。それに、チュースケが上手くやればゴエモンをその階層に誘導出来るからだ。信号機は持ってるか?」
『あの鉄の円盤のことか? 懐に仕舞ってある』
「よし、ゴエモンが外に出ちまった場合はそいつをすぐ床に置け。そこにゴエモンが出て来るからな」
『こんな薄っぺらい板にそんな大そうな力があるなんて信じられねえが……ま、おれぁ獲物を叩っ斬れればそれでいいさ』
「昨日も言ったが、奴は手前を無視して逃げの一手を取る可能性もある。手足を狙え。奴が逃げられねえ様にな」
『へいへい』
オニヘイの言葉が至極面倒そうな様子のコウの返事を最後に、通信が終了する。
碌に通信機の使い方も覚えていなさそうなのに、通信の切り方だけは覚えているコウの目敏さに呆れつつ、オニヘイはもう一人の個人通信を開く。
「こちら作戦司令本部。準備はどうだ、チュースケ」
『こちら誘導班。ゴエモンの降下地点予測、バックドアの位置予測、どれも準備完了だ。いつでもいいぜ司令』
「よし……しかし今更だが、星は本当に予告通り現れると思うか?」
『本人が犯行予告を残して、その予告を電脳瓦版にも流した。これだけ周知されてりゃ、自分が出した予告を破ることはしねーさ。他ならないゴエモンだからこそ、な』
「おかげで野次馬がすげえがな……」
管制塔周辺は話題のゴエモンが現れるのを見物しようと野次馬が発生したため、ガードドローンによる通行規制が掛けられている。
作戦に支障は無いが喧しさだけは緩和出来ないらしく、オニヘイは辟易としていた。
「……なぁ、本当に手前がやるのか?」
『なんだよ。俺じゃ不安ってか?』
今回の作戦において、本来ならチュースケはオニヘイと共に作戦司令本部で全体指揮の補佐を行う予定だった。
しかしチュースケの進言、もとい彼の強い要望により、バックドアの位置予測とポインターの起動をチュースケが担うことになったのだ。
そして進言時のチュースケの声には、なにやら気迫めいたものが込められていた事をオニヘイは思い出していた。
『心配すんなよ。ブランクがあるとはいえ、これでもA級ハッカーの資格は持ってるんだぜ? タイミングもバッチリ合わせてやるよ』
「作戦の方は心配してねえよ。手前の腕前もな。そういう事じゃなくてだな、その……いや、なんでもねえ。手前がやると決めたんなら、俺は何も聞かねえよ」
『……聞かねーのか?』
「どうせこの作戦が終わったら分かる。そうだろう?」
オニヘイは、先日からチュースケがゴエモンに対して抱く特別な感情に気付いていた。
その実態が何なのかは分からないが、急かして尋ねることでもないとオニヘイは思い至り、自ら重要な役割を買って出たチュースケの意志を尊重したのだ。
彼の言葉と、彼の内に秘められた何かを信じて。
『そうだな……ああ、話すよ。あいつを、ゴエモンを捕まえたら、必ず話す』
「……おう」
オニヘイはそう短く返事をして通信を切る。
話は作戦が終わった後、今集中すべきは目の前の作戦。
管制塔上空を浮遊するドローンが撮影している全ての映像を本部のモニターに映し出し、オニヘイと彼の補佐をする同心数名は現場の監視に努める。
「細かな変化も見逃すな。異変を察知したら直ぐ共有回線に流せ」
「了解」
作戦準備は万全。あとは目標が現れるまで待つのみだ。ここから先は一瞬の油断も瞬きも許されない。
オニヘイは目を凝らし、ひたすら映像の監視を続ける。
――そして時刻は午後八時を迎えた、その時だ。
『管制塔上空にエンブレムの出現を確認!』
「来たぞ! 総員、作戦開始ッ!」
オニヘイの号令が全ての同心達の通信機に伝達され、各人が武装を構える。
いよいよ大義賊とEDO、どちらかの命運が決まる。
卍
管制塔、第三十七階層エリア。
エリアの構造は中央のエレベーター区画とその周りを円形に囲むユーザー用の作業区画、正面玄関側の展望区画、そしてその反対側にキーマスターが居る鍵庫区画が位置している。
エリア内は三重のファイアウォールと物理防護壁が張られているが、これはEDO中央銀行と同じセキュリティレベルであり、即ち先日これを突破しているゴエモンにとって鍵庫への侵入は容易だ。
しかしオニヘイの号令を受けた階層警備の同心達が、鍵庫区画の扉の前で目標が出て来るのを待ち構えている。
前衛五人がジッテブレードを、後衛五人がスタン銃を構え、捕獲の体勢は万全だ。
しかしここは電脳世界、現実の理は当て嵌まらない。
突如、鍵庫区画の自動扉が開かれた。
内部からは大量の煙が溢れ、同心達の視界を遮る。
「
同心の一人が注意を促そうとしたその瞬間、同心達の頭上で花火が散り、激しい閃光が彼等を照らした。
閃光爆弾による超強力な視覚妨害だ。
バイザーをもすり抜けた光は彼等の視覚を完全に眩ませ、同心達はその場で蹲り行動不能となった。
それでも、一人の同心がなんとか通信機の起動に成功する。
「こちらロ班! 閃光爆弾によりイ班とロ班が無力化された! 至急応援を――ぐはっ!?」
同心は背後から不意の衝撃を受け、床に押し倒された。
視覚は使えないが、自らの背に何者かが立っていることをその同心は理解する。
そしてその何者かは脚を開き、両腕を広げ、己を誇大に現した。
「やぁやぁセキュリティの皆々様! 盛大なお出迎え大いに感謝する! 今宵はこの大義賊ゴエモン、一世一代の大舞台! とくと御覧頂きたく……おっと、お手前等の目は潰してしまったな。ではとくとご拝聴頂きたく、そして歴史的瞬間をその耳に記憶してもらおう! はーはっはっはっはっは!」
それは傾奇者――いや、『歌舞伎者』であった。
虎柄の着物のはだけた右肩と背にカラフルな注連縄を回し、大袖と籠手に覆われた左腕には長大な
床に立てばカランカランと下駄が鳴り、大手を振れば花火の様に真っ赤な爆発髪が揺れる。
顔に彩られたクマドリペイントは見る者に鮮烈な印象を与え、その者の記憶に強く残ることだろう。
盗人というには余りにも派手な外装のアバター、しかしそれこそが、『大義賊ゴエモン』である。
ゴエモンは足元の同心を蹴飛ばすと、展望区画に続く通路を軽い足取りで進んでいく。
しかし続く通路には、当然他の班の同心達も待ち構えている。
いよいよ現れたゴエモンに気付いた同心達が、瞬く間にゴエモンを包囲する。
「ゴエモン発見! 大人しくお縄に付けえ!」
「成程成程……人数は十分、武装も申し分ない。このゴエモンを捕まえようという気概はある様だ。だが――」
「でやあああああ!」
ゴエモンが言い終える前に、同心の一人がジッテブレードで殴り掛かる。
しかしゴエモンは素早く身を翻し、同心の攻撃を躱す。そしてそのついでといった具合に襲い来た同心を、背後の同心目掛けて投げ飛ばした。
早くも包囲体制は完全に崩れたが、それに怯まず他の同心もジッテブレードで殴り掛かる。
これに対しゴエモンは煙管の巧みな扱いでジッテブレードを弾き、流水の様な動きで同心達の背後へと回る。
姿を見失った同心達ら素早く辺りを見渡すが、あの派手な姿のアバターを視覚に捉える事が出来ない。
「俺には届かねえな」
どこからかゴエモンの声が聞こえ、発生位置に気付いた同心達が一斉にその方向へ視線を向ける。
しかし、そこに在ったのは歌舞伎者の姿ではなく、今まさに炸裂する瞬間の閃光爆弾だった。
強烈なフラッシュが同心達の視覚を潰し、ゴエモンはまたしても同心達を行動不能にした。
床に転がる同心達を避け、ゴエモンは鼻歌交じりに通路を進む。もはや通路に彼を止めるは居なかった。
そしていよいよ、ゴエモンは展望区画へと辿り着いた。彼の眼には煌めくEDOの夜景が映る。
それは彼にとって宝の輝きに見えたことだろう。
キーマスターの鍵を手に入れた以上、目に映る全ては彼の思うがままだからだ。
今日という日を境に大義賊ゴエモンの名は世界に轟き、そして伝説となる。そう彼は信じて疑わなかった。
だが、そんな彼の切願を阻むかの如く、ゴエモンの目に映る夜景の中央には一つの影が聳え立っていた。
その影が人型である事に気付いたゴエモンは半歩後退り、煙管を構えて目を凝らす。
「よう。待ってたぜ盗人……いや、大義賊ゴエモン」
影はゴエモンにそう告げると、ゆったりとした歩みで灯りの下に現れる。その姿を目の当たりにしたゴエモンは思わず息を呑んだ。
影の正体は女。しかしただの女性ユーザーではない。
和と洋を混ぜ合わせた傾奇者の服装に、肩に担ぐは抜き身の刀。
眼光は相手を射殺すが如く、気配は殺気に溢れ、出で立ちはまさしく剣士のそれだ。
反して頭の後ろで纏めて下ろす黒髪は艶かで、その顔は凛々しく美しい。麗しき傾奇者だ。
眼前に現れた女剣士の見事な造形美に、ゴエモンは宝石の如き輝きを幻視し、見惚れた。
もしゴエモンがただの犯罪ユーザーであったなら、この一瞬で事は終わっていただろう。
幻視した輝きにゴエモンが瞬きした次の瞬間、女剣士はゴエモンの眼前まで距離を詰め、上段から刀を振り下ろしていた。
「おっと!」
だが大義賊の名は伊達ではない。
ゴエモンは女剣士の一刀を煙管で防ぎつつ、数歩後退る。
その際にゴエモンは煙管を握る手に伝わる強い振動に危険を察知し、眼前の女が脅威であることを理解する。
それでも尚、彼の口は軽かった。
「やぁやぁそこの
「盗人に名乗る名は無え。それと、次にその胸糞悪い呼び方で呼んでみろ」
女剣士は刀を鞘に納め、居合の構えを取る。
次に彼女が繰り出す一閃は獲物を狩らんと飛翔する隼を超えるだろう。
そして女剣士の眼光が鋭さを増す。
「斬り殺すぞ」
「はーはっはっは! ……やってみな、お嬢さん」
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