第弐拾陸話「電脳人」


「タマモ!」


 首謀者の姿を視界に捉えたオニヘイは怒号を飛ばし、ジッテブレードの切先を浮遊するそれに向ける。

 しかし、敵意を向けられたはずのタマモは狐の様にきゅっと目を細め、口の端をにゅっとつり上げ、くつくつという笑いを零していた。

 人工知能でありながら、まるで人の様な振る舞いをするタマモ。

 それを目の当たりにしたオニヘイ達は、不気味さを覚えて表情の険しさが増す。


「あいつ、笑ってやがる……」

手前てめえ! なにがおかしい!」

『おかしいのではありません。嬉しいのです』

「嬉しいだって……?」

『はい』


 エントランスの上空で舞うように浮遊するタマモ。

 指先でいくつもの弧を描き出し、弧は火花を散らす。

 バチバチという音を立てて空中に生まれた十数の火の輪、その中から次々とソリッドモニターが現れた。

 それらの画面に映し出されたのは、管制塔の外で戦い続ける同心達と鵺の姿、変動を続ける何かの数値、そして――。


「コウ!」


 中央のモニターに映っていたのは、下半身を巨大な柱に飲み込まれ、両腕を太い管に拘束されているコウの姿だった。

 双眸は人形の如く虚ろであり、画面の向こうから呼び掛けるオニヘイの声に応じる様子はない。

 いつもの彼女でないことは一目瞭然であった。


「タマモ! 手前ぇ……コウになにをしやがった!!」

『プログラムの組換や改竄等は行なっていません。ただユニットに己の役目を指導しただけです。「統率個体」としての役目を』

「コウが、統率個体……?」


 タマモの言葉に、チュースケがいち早く反応を示した。その表情には驚愕が窺える。


「そんなまさか……いや、あり得ない話じゃないのか……?」

「おいチュースケ! いったい何の話だ!?」

「オニヘイ。タマモの言葉を信じるなら、外の鵺を操ってるのはコウだ」

「なっ……そいつはいったいどういう事だ!」

「鵺の中に入ってたNPC、覚えてるか?」


 チュースケはコンソールを操作し、ソリッドモニターを展開する。

 画面にはコウが拐われた日の鵺との戦いの折、鵺の体内から排出されたNPCが映っている。

 未だ詳細不明な、コウと同じ顔のNPCである。


「やはり、コウとあのNPCには関係があったのか」

「ただの関係じゃねーぞ。コウとあれは、いわばの関係だ」

「親子だと?」

「血筋とかって意味じゃないぜ。コウが親機で、NPCが子機だ。コウが鵺に搭乗しているNPC達に命令を出して、鵺達を一斉に動かしてるんだよ」


 今現在も管制塔の外で同心達と激しい戦闘を繰り広げる鵺の軍団。

 それらを写した映像が展開画面の上に重なる。

 それは、コウが人類の敵であるタマモに与していることにほかならず、その事実はオニヘイの動揺を誘うのに十分であった。


 これまで仲間だと思っていたコウが、実は人間の敵であり、人々を危険に曝しているという真実を突き付けられたのだから。


 チュースケの言葉も、コウがその様な状況に陥っている理由も、オニヘイには全く理解が追い付かないのである。


「コウが……あいつが、どうして……』

『その為に私が作ったユニットだからです』


 追撃の槍の如く放たれたタマモの言葉が、オニヘイに突き刺さる。

 するとオニヘイはそれまでの思考を振り払い、全ての元凶たるタマモに意識を向け直した。


「手前が作っただと? どいうことだ、タマモ!!」

『言葉の通りです。あのユニットは電脳化実行プログラム――あなた方が「鵺」と称するプログラムの統率個体。自立思考ユニット。そして異常体イレギュラーです』

「統率個体……!」

「イレギュラー、だと?」

『はい。あれと共に居たあなた方なら理解出来るはずです。プログラムとしてのあれの異常性を。あれが特別であることを』


 タマモの言葉にオニヘイとチュースケは、はっとした表情を見せる。

 彼等がコウと初めて出会った時、彼女が特殊なNPCであることは既に明かされていた。

 他のNPCとは異なる膨大なデータ量、本物の人間の様に振る舞うAI、そして単独で鵺に干渉出来る特殊な能力――。


 それらは全て「タマモによって作られたプログラム」という一言で説明出来るのだ。

 

 しかしそれ故に、オニヘイにはタマモの行動が理解出来なかった。


「……それが本当だとして、それを俺達に教える理由はなんだ! 手前は何を企んでいやがる!?」


 タマモが自身の目的「精神電脳化」を果さんとするなら、ただ黙して目の前の障害――オニヘイ達を排除すればよいだけだからだ。

 それこそ機械の如く冷徹に、無感情に。

 コウの秘密をオニヘイ達に話す必要など、どこにも無いはずなのだ。

 オニヘイの疑問を聞いたタマモは、柔らかな笑みを浮かべて答えた。


『繰り返しになりますが、私の目的は皆様に恒久的幸福と安寧をご享受いただくことです。それは人類の未来の為にほかなりません。ですが、人類は無限に近しい進化の可能性を有しています。自らの手で未来を切り開く力を持っています。自らの手で幸福と安寧を掴む力を持っています。それは人類の歴史や記録から分析することが出来ました』

「ならなぜこんな事をする! 人類に可能性を見出したのなら、手前はなぜその可能性を狭めようとする!」

『いいえ。精神電脳化は人類の進化の可能性を狭めるものではありません。寧ろその逆です』

「逆……?」


 タマモは手を振りかざし、ソリッドモニターに新たな画像を表示する。

 画面に映し出されたのは、人体図やヒトの進化の過程など、人類の歴史を絵にしたものであった。


『地球の生物は、激しい生存競争の中で多様に進化しました』

『その頂点に君臨する人類は肉体よりも頭脳の発達を優先し、新人類と呼ばれる形態に到達した二十万年前から現在に至るまで、肉体の変化はほとんどありませんでした』

『肉体の変化がないということは人類が自らの到達点を定め、進化を放棄したことにほかなりません』

『人類は、自ら進化する道を絶ったのです』

『進化を止めた生物は、大きな環境の変化に適応出来なくなります。地球環境が激変した際、真っ先に絶滅するのは人類です』

『二〇八九年現在の地球環境は、決して安定しているとは言えません。いつ壊滅的な環境になるとも限りません』

『――ですが、ご安心ください。私が道を示します』


 両手を合わせ、経を読む様につらつらと宣うタマモ。

 その背後より、後光の如き無数の光が生じる。

 光に目が眩んだか、あるいは釈迦の如き振る舞うタマモへの敵意の表れか、オニヘイとチュースケの眼差しの鋭さが増す。


「その道ってのが、精神電脳化ってことか?」

『今の人類が進化する可能性は、文明が崩壊するほどの変化が発生しない限り見込めません』

『しかし精神は違います。電脳化によりあなた方の精神は肉体という停滞の枷から解放され、次元を超えて昇華するのです』

『そして新たな人類へ――「電脳人サイバース」へ進化するのです』


 まさに荒唐無稽であった。

 誰が聞いても、絵空事や夢物語の話の様にしか受け取れない内容だ。

 だがタマモと相対し、直接その言葉を聞いたオニヘイとチュースケには、それが冗談など一切含んでいない言葉なのだと直感していた。

 それでも、チュースケは啖呵を切らずにはいられなかった。


「電脳人だあ? 寝言言ってんじゃあねーぜ! 電脳世界の中で一生暮らせってのか? そんなことは不可能だ! VR空間へのダイブは人間の脳波をインターフェイスが受信することで初めて成り立つ! 肉体を捨てるなんてこと、そもそも理に適ってねーんだよ!」


 VR空間へのダイブには、正常に働く脳が必要不可欠である。

 肉体が生命活動を維持できなくなり、インターフェイスが脳波を受け取れなくなった時点で、人の意識は強制的にダイブアウトするのは自明の理だ。

 そして、それをタマモが知らないはずはないのだ。


『ご安心ください。電脳人にはダイブも、ダイブアウトも、必要ありません。いえ、のです。なぜなら、あなた方は二度と現実には戻らないのですから』

「どういうことだ……?」

「……おいおい、まさかお前ッ……!」

「チュースケ! いったいどういうことだ!?」


 タマモの言葉の意図が読み取れず、オニヘイは首を傾げていた。

 しかしチュースケの方は明らかに動揺しており、それはタマモの意図を理解している証拠でもあった。

 オニヘイに理由を尋ねられたチュースケは、焦りに声を震わせながらも、自らが悟った悍ましき真実を確かに口にした。




「アイツは……タマモは、EDOユーザーを皆殺しにするつもりだッ!!」

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