第弐拾伍話「二八・八七パーセント」




『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!』


 甲高い悲鳴の如きノイズを孕む不快な咆哮が其処彼処で響き渡り、奉行達の鼓膜を容赦なく揺さぶる。

 それは対峙するユーザー達の恐怖心を煽り、思考を鈍らせて足を竦ませる『鵺』の能力だ。タマモは人の深層心理に訴える音の波形を特定し、これを発する機能を鵺に搭載したのである。

 一般ユーザーであればこの咆哮により忽ち身動きが出来なくなり、精神移行プログラムの餌食となることだろう。

 だがオニヘイをはじめとして集まった奉行達は、たかが程度で動けなくなるほどヤワではない。

 彼等の意志と覚悟はAIの予測を凌駕する。


「総員! 陣形を崩せッ!」

『了解! 攻撃アタック!』


 オニヘイの指示の下、同心達が下した命令はコンマ〇二秒でヴァンガードへと伝達される。

 命令を受けた鉄人の瞳には猛々しい輝きが点り、先陣を走る一機の振り上げた拳が鵺の顔面を叩く。

 重厚な一撃は獅子の頭部を破壊し、虹色のデータブロックの塊を地面に撒き散らす。

 一般ユーザー百人分の打撃力に相当する一撃は、鵺の頑強な装甲を砕いたのだ。

 攻撃に成功した先陣の一機に続いて他の鉄人達も次々と攻撃を開始し、その鉄拳で機械の獅子を殴り倒していく。

 しかし、タマモの指先たる鵺達もただ黙って倒されてはいない。

 体勢を崩しながらも鵺は反撃に蛇の尾を鞭の様にしならせ、その先端で鉄人の身体に刺突を繰り出す。

 砲弾の如き反撃を受けた数機の鉄人が仰け反り、その前進が停滞する。

 すると鵺は空かさず鋭利な爪と牙を剥き足を止めた鉄人へ襲い掛かる。が、鉄人もまた両腕を広げてその攻撃を迎え撃った。

 鉄人と獅子――激しくぶつかり合い、取っ組み合う二体の姿はエンシェント・ローマに伝わる剣闘士と猛獣との闘いを思わせ、この戦場に観客が居れば大いに賑わったに違いない。

 だが響き渡るのは歓声ではなく、重厚な金属同士が衝突する激音、そして奉行達と鵺の雄叫び。


 そこは正しく「戦場」であった。


「チッ! そう易々とは通らせてくれねえか……チュースケ! 侵入ルートの方はどうだ!」


 先陣を切る鉄人の背後に着いて走っていたオニヘイだったが、鵺の堅固な防衛線によって進行を阻まれていた。

 オニヘイの隣に立つチュースケはソリッドモニターを表示して状況を確認すると、首を横に振った。


「ダメだ! やっぱりここからじゃ遠過ぎる! ゲート前まで行かねーとあのセキュリティは破れねえよ!」


 本来、管制塔は街の随所に設置されたポータルによって様々な場所から入場が可能だったが、現在はタマモによってその全てが閉じられ、外部からの侵入を一切遮断するファイヤウォールが施されている。

 ウリスケが作ったハッキングプログラムを使用すればどの様なプロテクトだろうと三〇秒間だけ穴を開ける事が出来るが、塔の正規ポータルである正面ゲートで使用しなければ侵入に時間が掛かり、セキュリティを突破する前に障壁は張り直されてしまう。

 故に、オニヘイ達は第一に鵺の防衛線を突破し、塔の入口前まで辿り着かなければならないのである。


「鉄人と鵺の出力はほぼ互角。これじゃ突破は出来ねーな……どうする!?」

「あと一機だけでもこちらに回せれば……いや、時間が無え! こうなったら一か八か――」

『鬼奉行殿! 我々が道を切り開こう!』

「その声……北の!」


 オニヘイのチャットチャンネルに北支部筆頭の声が入っ直後、オニヘイの下に六人の鎧武者が駆けつける。

 北支部、西支部、そして南支部それぞれの筆頭と筆頭補佐達だ。


「西の! 南の! 手前らまで……だがどうするつもりだ?」

「我々がヴァンガードの代わりとなろう。筆頭と筆頭補佐の武装と能力命令があれば一機、いや二機分の仕事は出来るはずだ」

「鵺と、直接やりあう気か!? 無茶だ! あれの力は相手した俺が一番よく知っている! それに鵺と接触して万が一、精神移行プログラムを実行されちまったら……!」


 鵺と直接戦闘を行うことの危険性は、直接攻撃を受けたオニヘイがその身を以て知っていた。加えて今回は以前と異なり、鵺はユーザーの精神を積極的に電脳化しようとする。

 それが如何なる方法やプロセスを踏むものなのか分からない以上、可能な限り接触を避ける為、ヴァンガードという奉行達の代替戦力にして強力な防衛プログラムを登用しているのだ。

 しかし北支部の筆頭はそれ以上のオニヘイの言葉を制した。


「鬼奉行殿、ここに来た時点で無茶は承知の上。それに今回の作戦で最も危険なのは、タマモに接触するあなた方お二人の方だ」

「お二人だけに危険な役目を負わせて我々だけが鉄人達の後ろで眺めているだけなど、格好がつきませんからな!」

「ああ、ご安心召されよ。もし危ないと思ったら私は強制浮上するよう設定していますので、大人しく逃げますよ」


 そう言って筆頭達は大きく笑い、つられて筆頭補佐達も緊張の面持ちを見せながらも小さく笑みをこぼした。

 そんな彼等の様子にオニヘイは少し呆れた様子だったが、彼等が作戦に賭ける想いを感じ取り、その意志を汲む事にした。


「……分かった。手前らに任せる!」

「任されよ! 我等で先陣のヴァンガードに加勢し、鵺どもを押し込んで防衛ラインを崩す。そこに出来た道を進め!」

「応ッ!」


 筆頭達はオニヘイ達の前に立ち、全身に武装を展開する。

 特殊兵装の『キルホースカタナ』や『トツゲキランス』、『イクサアックス』や『ヒナワガン』を纏った彼等の姿は、オニヘイの目に非常に頼もしく映った。


「皆の者、覚悟は宜しいか――行くぞオォォォォォッ!!」

『ウオォォォォォォォ!!!』


 そして今、雄叫びを上げる六人の精鋭が、鬼奉行の道を作るべく戦場を疾駆する。







「『加重ヘビーウェイト』からの『重斬撃ヘビースラッシュ』!!」

「『加速アクセル』! そして『百刺突ハンドレッドスピア』!」

「『加炎イグニッション』――『乱射撃ランブルショット』!『乱射撃ランブルショット』!」


 能力命令アビリティコマンドによって戦闘力を強化した六人が代わる代わる繰り出す攻撃は、二体の鵺の装甲を確実に削っていた。

 当然反撃を試みる鵺達だが、筆頭達の互いを補い合う連携によってその攻撃は尽く躱される。

 単純なデータ量と戦闘能力の数値だけを見れば鵺達が圧倒するはずだが、現実は違う。

 数値では決して測ることが出来ない人の意志の力が、逆に鵺を圧倒したのである。


『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!』


 そして遂に、一体の鵺が戦闘続行困難と判断したのか、逃げる様に後退する。

 これにより防衛線に一つのが生まれ、そこから覗く道の先には管制塔が見えた。


「今だッ!」


 北支部筆頭の叫びが轟き、それとほぼ同時にオニヘイとチュースケはヴァンガード達の間を縫うようにして駆け出す。

 目標は管制塔のゲートただ一つ。

 二人は振り返らず、脇目も振らず、韋駄天の如く走った。

 突破させまいと背後に迫るであろう鵺は、ヴァンガードと筆頭達に任せた。

 ただひたすらに、二人は全速力で戦場を駆けた。


 気が付くと、二人の前にはゲートがあった。


「ウリスケ!」

『合点承知っス!』


 この瞬間を待っていたウリスケの返事の直後、管制塔を覆っていたファイヤウォールにノイズが走り、そしてオニヘイ達の眼前のゲートが開く。

 オニヘイとチュースケは互いに視線を交わして強く頷き、ゲートをくぐって管制塔内部へと侵入した。






 塔のエントランスは一見、普段と変わらない様子であった。

 内部を案内する為のプログラムが各所に座して待機し、コンソールは正常に機能している。

 灯りは全て点灯し、いつもの様にユーザーを迎える準備が出来ている様だ。

 一点だけ違う点を挙げるとすれば受付には誰もおらず、また最近実装されたAIの姿が見えないということだ。

 その事に気付いたオニヘイとチュースケは、周囲を見渡しながら警戒を強める。


『私の計算では、あなた方が塔内部への侵入に成功する確率は二八・八七パーセントでした』


 突如、上空より女の声が二人に降り注いだ。

 それは彼等にとってとても聞き覚えのある声であり、二人は咄嗟にストレージから取り出した拳銃の銃口をそちらへ向ける。

 それから視界に入った光景を頭で確実に理解した彼等は、なおも銃口を向けたままだった。

 なぜなら、現れたそれは敵意を向けるべき存在であったからだ。


『おめでとうございます。そしてようこそ。新たな世界の入口、人と電脳の交差点へ』


 エントランス上空から浮遊して彼等の元にゆっくりと舞い降りたのは、狐の耳と九本の尾を持つ巫女服の女――AI「タマモ」であった。

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