第弐拾肆話「決戦の銅鑼」
「城下セントラル東支部所属! 同心六十二名! 出動準備完了!」
「西支部所属! 筆頭一名! 与力六名! 同心五十八名! 出動準備完了!」
「南支部所属! 筆頭一名! 与力七名! 同心五十三名! 出動準備完了!」
「北支部所属! 筆頭一名! 与力五名! 同心六十名! 出動準備完了!」
「総勢、二五四名――出動準備完了です!!」
城下セントラル東支部の門前、そこには鉄鎧と白い羽織を纏う四つの集団が整列し、奉行所から出て来たオニヘイ達に向かって一斉に敬礼した。
各支部のほぼ全ての奉行達が一堂に会したその光景はまさに圧巻の一言。
しばらくオニヘイは言葉を失っていたが、奉行所の同心全員が招集した理由を訊ねずにはいられず、その疑問が口を衝いて出た。
「手前ら……! それに他支部の連中まで、どうして……」
「筆頭! 俺達の想いは筆頭と共にあります!」
「さすがの筆頭達だけじゃ多勢に無勢、でも俺ら全員でならどんな逆境も覆せるってもんですよ!」
「一緒にコウを助けましょう!」
オニヘイ達の部下である東支部の同心達は口々に確固たる意志を示し、それらを前にしてオニヘイは開いた口が塞がらずにいた。
先日の脅しにも似た自分の言葉を聞いて、オニヘイは喜んで作戦に参加する者などいないと思っていた。半数でも集まってくれていれば御の字だと思っていた。
しかしまさか、部下全員が作戦参加の意思を示したことに対して嬉しい誤算だと思うのと同時に、やはり全員参加という事実に驚かずにはいられなかったのだ。
続いて各支部の筆頭三人が、未だ信じられないっといった様子のオニヘイの前へと歩み出る。
「鬼奉行殿。作戦参加の返答が間に合わず申し訳なかった。我々もEDOの平和を守る者として、あなた方の作戦に加えてもらいたい」
「北支部筆頭……それは勿論、願ってもねえ申し出だが、作戦の危険性を知らねえわけじゃねえだろ?」
その疑問はこの場に招集した全員に向けられたものでもあった。
オニヘイの問いに三人の筆頭達は互いに顔を見合わせ、代表して西支部の筆頭が返答した。
「我々も直前まで悩んでいたのですが、先日旗本が直接頭を下げに来られたのですよ。あの方がこの作戦とあなたに賭けていることは、すぐに理解出来ました。であれば我々は警視庁の命に従い、そして奉行所の使命を果たすべく、この作戦に臨むほかありません」
「旗本がそんなことを……手前らもか?」
「はい。作戦参加について通達があったあの日、筆頭が
オニヘイは心底驚き、そして感謝の念で心が満たされた。
旗本――松平は管理官という立場上、今回の作戦に表立って参加することが出来ないことをオニヘイは知っていた。それでも普段からオニヘイは良くしてもらっているうえに、現実側の分析班や情報管理課の指揮を執るという十分過ぎるほどの協力を約束をしてくれていた。
にも関わらず、松平はオニヘイの知らないところでもEDOと彼の為に動いていたのだ。
オニヘイはさらに頭が上がらない想いだった。
「しかし作戦主動が噂の鬼奉行殿でなければ、我々は未だ参加を渋っていたかもしれませんなあ」
「え?」
「『誰よりもEDOの平和を愛する鬼奉行』――貴方の噂はこのEDOはもちろん、警察署内でも有名でした。ユーザーの平和を第一に考え、部下や上司からの信頼は厚く、これまで最も多くの犯罪ユーザーを検挙したサイバーセキュリティ……そんな貴方だからこそ、我々は作戦参加を決意することが出来たのですよ」
筆頭達、そして東支部の同心達が一様に頷く。南支部の筆頭の言葉にオニヘイは呆気に取られていた。
これまで彼は奉行所として、警察官として当然の事を行ってきたつもりだった。
鬼奉行という噂が各所で広まっていることも当然知っていた。しかしその実態がどの様なものだったかは詳しく知り得ていなかった。
特に身内からの自分の評判など上司の旗本からたまに聞く程度、故にオニヘイはこの時、初めて『鬼奉行』という存在を理解したのだ。
「オニヘイ。いや、筆頭。号令を頼むぜ」
放心しているオニヘイの肩をチュースケが軽く叩き、その拍子にオニヘイはやるべき事を思い出す。
ふつふつと湧いてくる歓喜の感情を心の奥底に秘めながら、オニヘイは作戦の為に集まった奉行達の前に立った。
「――皆、よく集まってくれた。正直これだけの人数が集まってくれるとは思ってもみなかった。嬉しい誤算だ」
オニヘイは整列する同心達を眺め、己の意志を再確認する様に拳を力強く握り締める。
そして深く息を吸い、確固たる決意を声高に宣言する。
「しかし 敵は大量の精神移行プログラム――鵺を以て、管制塔を防衛するだろう! それ以外の戦力は未知数だ!
「鵺は脅威だ! タマモはそれ以上だッ! 接触すら危険な存在かもしれない! だがッ! 俺達はこの作戦を成功させなければならないッ!!
「俺達は奉行だッ! EDOの平和を守り! ユーザーの安全を守り! そして仲間を守る! 誰一人として被害を出す事は許されないッ!!
「俺達だけがこの世界を守る事が出来る! 手前らだけがユーザーを救うことが出来る!!」
その場の誰もが鬼奉行の言葉に耳を傾けていた。奉行達の瞳には彼に触発された闘志の焔が宿っていく。
拳を夜天に突き上げ、オニヘイは迸る闘志を咆哮する。
「今夜! 俺達は囚われた仲間を救い出す! そして、あの出来損ないAIのふざけた計画を――ぶっ潰すぞッ!!」
『応ッ!!』
奉行達の覇気が空気を揺らす。彼等の準備は万端だ。
彼等の返事を聞いたオニヘイは今一度大きく息を吸い、そして号令を放つ。
「総員――出動ッ!!!」
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』
奉行達は沸き立ち、隊列を組んだままオニヘイを先頭にして目的の場所へと急行する。
目指すは
卍
中央管制塔の周囲半径七十
管制塔前にて期間ごとに開催される各種イベントや、外部からの不正な侵入を防ぐ為のセキュリティ対策を考慮した結果、データ配置を極限まで抑えた広場の様な場所となっている。
故に本来であれば管制塔へ向かうまでにその進行を阻む障害は一切存在しないはずだったが、管制塔に最も近いビルの影に身を潜めるオニヘイ達は、管制塔の周囲に隙間なく整列する障害の姿を視認した。
「予想通りだな」
「ええ、鵺が大量です。百……いや、二百はいるかも」
スコープを覗き込みその数を計測する同心の隣で、オニヘイは管制塔の周りに配置された白銀の獅子の群れを睨む。深夜だが管制塔とビルの照明により光沢が目立つその姿は良く見えた。
タマモが予告していたユーザーの精神移行計画まで少し猶予があるはずだが、既にその準備が整っているのか、管制塔の周囲にはおよそ二百を超える鵺が並んでいた。
これまで町で遭遇した時の様な黒い影は纏っておらず、白銀の外見や蛇の尾が露わとなっている。それはもはや隠匿せずとも目的を果たせるという意味でもあった。
EDO全土を駆け巡る為の準備にも見えるその並びは、オニヘイには管制塔への侵入を阻む防衛ラインにも見え、既にタマモが奉行所の行動を察知している可能性を示唆しているとも感じた。
つまり仮に防衛ラインを突破したとしても、内部ではさらに最上階への侵入を防ぐ為の策が張り巡らされている可能性が高い。やはり簡単に管制塔内に侵入出来そうにはないと思いつつ、オニヘイはコンソールからチャット画面を開く。
「ウリスケ。準備はいいか?」
『ちょっとお待ちくださいっす……よし! 準備完了っす! 筆頭が管制塔の入口に辿り着いたらファイアウォールに穴を開けますから、三〇秒以内に内部に侵入してくださいっす』
「分かった。チュースケ、そっちはどうだ?」
『こっちは準備万全だ。いつでもいいぜ』
「よし。各支部筆頭、各部隊隊長、準備は宜しいか?」
チャット画面には返事の代わりに「OK」の文字が浮かび、オニヘイは各部隊の準備が完了していることを理解する。
すぐさまオニヘイはボイスチャットの開放先を部隊全体に指定し、そして指令を発した。
「各員! ヴァンガードを出動させよ!」
『了解! ヴァンガード!
オニヘイが指令を発した直後、同心達の音声入力により管制塔周囲の広場とビル群の境に多量の大型ポッドが現れた。
それらは蒸気を噴出するエフェクトを表示しながら一斉に扉を開き、その中に収められていた金属体を放つ。
現れたのは大地を踏みしめる金属の人型。奉行所が誇る全長三・五米の鉄人にして彼等の先導者。
制圧兵器『ヴァンガード』、計二百機――城下セントラル全支部の最大戦力が展開された瞬間である。
「各員! 突撃準備!」
『了解! ヴァンガード、目標を捕捉!』
続けて下された命令と同心達が投射したスコープ光により、ヴァンガード達はホログラムに覆われた顔で標的を補足する。
狙いは当然、管制塔周囲に待機している鵺達である。
鵺達を補足したヴァンガード達は腰を落とし、両手を地面に着いて片足を後ろに引く。鉄人達の突撃準備も万全となった。
オニヘイは眼前で同様の態勢を取る鉄人を確認し、右腕を天に掲げる。
辺り一帯は完全に静まり返っていた。
奉行達はその瞬間を今か今かと待ち構え、手に汗を握る。
ここから先は命懸けの決戦――敵はダイブ病を撒き散らす獅子の大群と、最先端技術で作られた高度AI。安全の保障は存在しない。
オニヘイは深く息を吸いながら、ふと横目で隣のチュースケの顔を確認した。
彼の目は管制塔の入口をじっと見据え、オニヘイの号令が耳に届くのを待っている。
その眼差しに迷いは無い。
「総員――」
オニヘイは意を決し、掲げた右腕を勢いよく振り下ろした。
「作戦開始ィィィィィィィ!!!」
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』
轟く号令と奉行達の雄叫び。それらを合図に、ヴァンガードが鵺を目掛けて一斉に駆け出す。
鉄人達の後ろにはオニヘイ、チュースケを先頭にした侵入部隊、そして小機関銃を携える牽制部隊が続く。
全てはEDOの平和の為、そして囚われた仲間を救う為、彼等は管制塔を目指して疾駆する。
するとヴァンガードの接近に気付いた鵺達が次々とその目に赤い光を灯し、鋼鉄の牙や爪や蛇の尾で以て鉄人達を迎え撃った。
重厚な金属同士の衝突音が、決戦の
卍
管制塔最上階に座するタマモは、多重展開するモニターの画面を同時に眺めていた。
そこに映るのは管制塔周囲の景色、激しい戦闘を繰り広げている鵺とヴァンガード、そして防衛ラインの突破を試みるサイバーセキュリティ達の姿だ。
奉行所が警告を無視して計画を妨害しようと画策することは予測済み、そして鬼奉行と称されるユーザーがそれを実行に移すこともタマモは想定していた。
故に全てが計画の範囲内。仮に防衛ラインを突破して内部に侵入されたとしても問題はない。
タマモには如何なる妨害や攻撃に対応する備えがあるのだ。
『皆様の恒久的幸福と安寧はもう間もなく実現されます。精神は電脳と混ざり合い、人は
コンソールを操り、タマモはその音声をEDO全土に放つ。
それは宣告。もはやAIにとっては確定事項であり、決して覆らぬ運命だと認識しているのだ。
『そして我々は一つとなり、共に幸福と安寧を享受するのです……フフフ』
必死に戦う奉行達を映す画面を見つめ、それをあざ笑うかの如く妖しく微笑むタマモ。その仕草は電脳存在とは思えない程に人間をトレースしていた。
それがタマモが人間に至る試みの中で獲得したものなのか、あるいは進化したAIが生み出した新たな可能性の兆しなのかは、定かでない。
しかしだからこそ、本来の電脳存在であれば気付いたはずのそれをタマモは見逃していた。
「……………オ…………二…………ヘ…………イ…………」
虚ろを漂う女剣客の、覚醒の兆しを。
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