第参拾肆話「鬼切」
その二分間は、壮絶な戦闘の濃縮であった。
五機の九尾による剛爪の強襲と、四機の九尾による圧倒的火力の砲撃の嵐が全てオニヘイに集中すると、先の様にコウが即座に間に入って全ての攻撃を九尾達へ返した。
反撃によって損傷した九尾達は損傷が激しい個体から再生の為に後衛へ退き、比較的平常な個体が前衛でコウとオニヘイを牽制をする。
九尾の攻撃の勢いが減衰すると、オニヘイがヒナワガンによる散弾の連射を繰り出して九尾の勢いをさらに削り、コウがタマモに肉薄する為の活路を開いた。
しかしコウがタマモに接近しようとすると、すかさず九尾の一機が間に入ってその進行を妨害する。
壁となる九尾をコウの一刀は容易く斬り伏せるが、その隙にタマモはコウから距離を取り、そして再生を終えた九尾達が再びオニヘイに集中攻撃を仕掛ける。
再びの猛攻を察知したコウは即座にオニヘイの傍らへと戻り、九尾達の攻撃を反射してまた装甲と勢いを削る。
その攻防が十秒にも満たない間隔で繰り返される。まさに一進一退の激戦。
――だが、それも遂に刻限へと至る。
『お待たせしました筆頭! 送信完了っす!』
「でかしたァ!」
回線を通って届いたウリスケからの吉報にオニヘイはグッと拳を握り、すぐさまアイテムストレージを開いて届いたものを取り出す。
それを掴んだ瞬間、オニヘイの右手は黄金の輝きに包まれた。
オニヘイの右手から目が眩むほどの強い金の光が辺りに降り注ぎ、強烈な光の波濤を受けて九尾達はたじろぐ。
そしてタマモさえも両手を翳して、眩暈を和らげようとする。
『その光は……!』
タマモは降り注ぐ輝きを目にして、明らかな動揺を見せた。
オニヘイが手にしたものを即座に分析し、脅威になるものだと見做したのだ。
そして、ここぞとばかりにウリスケが声を張る。
『これぞタマモを屠る必殺の武器! 名付けるなら――』
それは刀身に黄金の輝きを纏う、抜き身の太刀。
名が示すは破邪顕正の威光。
タマモの構成データを根本から破壊する、ウリスケ特製の特効プログラム。
『「
ウリスケの声に呼応するが如く、刀の形をしたクラック・プログラムは光をさらに強める。
「鬼切」またの名を「
名の通り凶悪な鬼達を斬り伏せ、そして数多の妖を屠った。
名をもじった理由は、それが大妖怪の名を冠するAIを
プログラムの仕組みは単純にして明快。鬼切の刃から放たれる光は触れたデータを食い荒らす強力なウイルスであり、触れた瞬間に凄まじい速度で構成データの根元まで侵食する。
つまり、タマモが使用している巫女服狐女のアバターに光が触れれば、データ通信を辿ってウイルスがタマモの陽電子頭脳に到達し、AIとしての機能を修復不可能になるまで完全に破壊するのである。
そして、本来優秀なクラッカー五人が十日掛けて作るそのプログラムを、陰陽師級ハッカーのウリスケはたったの一日半で作り上げた。
まさに付け焼刃。しかし威力は絶大。
それ故に、武器としては非常に脆い。
『即席のプログラムなので、一度使用したらそれはもう使えません! 再送信には時間が掛かるっす!』
「つまりチャンスは一度ってことか……上等だ! ウリスケは外の連中のアシストに集中しろ!」
『了解っす! 勝ってくださいね、筆頭……!』
オニヘイが無言の頷きでそれに応えると、ウリスケは作業に集中するため一旦通信を切る。
受け取った武器を握り締め、オニヘイは覚悟を決める。
「コウ!」
オニヘイが呼び掛けると、コウは九尾達を牽制しながらオニヘイの方へ視線を向ける。
コウの目には黄金の太刀が映り、太刀から放たれる尋常ならざる輝きからそれが件の「必殺の武器」であることを悟ったコウは、にやりと口を歪める。
「待ちくたびれたぜ! いい加減、狐共の相手も面倒になってきたところだ!」
「もう外の連中は限界だ。この一撃で、俺達の命運が決まる……覚悟はいいか?」
「はっ! 今更だぜ! 壁はおれが全て斬り伏せる! 遅れるなよオニヘイ!」
「応ッ!」
二人が視線で呼吸を合わせた瞬間、コウが疾駆を始め、その背にすぐさまオニヘイが続く。
目指す先は宙を浮遊するタマモ。
尋常ならざる光を携えて迫るオニヘイに危険を察知したタマモは、その接近を防ごうと九尾達をけしかける。
九尾達はそれまでの陣形を崩し、先頭を走るコウの前に壁の如く立ち塞がる。が、ただの壁ではコウ達を止めることは出来ない。
「“
九尾の前で急停止したコウは、左脇に構えた刀を目にも止まらぬ速さで振り抜き、横薙ぎの一閃を繰り出す。
刹那、九機の九尾達全ての胴体に縦一線の亀裂が入り、そのまま滑り落ちる様にして九尾達の上半身と下半身が別たれた。
刃は九尾に触れていない。振り抜かれた刀から日輪が飛翔し、緋色の輪の光刃となって九尾達の体を撫でる様に斬ったのだ。
光刃は太陽の輪の如し。即ち摂氏六〇〇〇度の熱に触れたのと同じ。
力は要らず、ただ撫でるだけで全てを
真っ二つになった九尾達はその場に崩れ落ち、動きを止める。高い再生能力があるとはいえ、即時の再始動は難しい威力だ。
「オニヘイ! 行けぇッ!!」
「『
道を切り開いたコウが叫び、その傍をオニヘイが駆け抜ける。
もう邪魔するものはない。あとは必殺の武器でタマモを斬るだけだ。
タマモは浮遊したままさらに後退するが、加速したオニヘイの足はその速度を軽々凌駕する。
鬼切の有効範囲までタマモに近付いたオニヘイは、鬼切を両手で握り締め、頭上に掲げて「火の構え」を取る。
上段から放つ渾身の一刀だ。
「これで……終わりだァッ!」
オニヘイは天に掲げた刀を力の限り振り下ろし、刃が纏う破壊の輝きをタマモへ放つ――はずだった。
轟ッ!!!
「な……ッ!」
音の出元はオニヘイの後方であった。
直後、オニヘイは鬼切を振り下ろす直前でその場に跪く。
何事かとオニヘイが己の足を見やると、膝から先が消失していた。
オニヘイは背後から照射された九尾のレーザーによって、両脚を切断されたのだ。
たとえ体を両断されても、尾の一本程度なら動かすことは造作もない。それが九尾という最強のユニットであり、自在に操作可能なタマモの手足であった。
『残念』
そしてタマモは這い蹲るオニヘイを見下ろし、くつくつと嗤う。
これでオニヘイ達の望みは絶たれた。自らの勝利だ。
そう確信し、タマモは会心の笑みを浮かべた。
「グッ……!」
なんとか鬼切を振ろうとするオニヘイだったが、タマモは既に有効範囲から逃れている。
作戦は、最後の最後で失敗した。
渾身の一刀に賭けるあまり九尾の足掻きを見逃した。
たった一つの失敗で人々が、世界が終わる。
立ち塞がった絶望を前にオニヘイは奥歯を噛み締めた。
「オニヘイッ!」
その時、コウが右手を伸ばしながらオニヘイの傍を駆ける。
コウはまだ諦めていなかった。
「コウ! オォ……ラァッ!」
コウの声を聞いたオニヘイは何を思ったか、頭上に鬼切を投擲する。
回転しながら飛翔する鬼切、その方角には浮遊するタマモが居た。それを見てタマモは嘲笑う。
太刀の形をしているとはいえ、刃に触れるだけでは意味がない。プログラムは「使用」しなければ効果を成さないからだ。
だからオニヘイの行動を、負け惜しみか「やぶれかぶれ」の行動だと思ったのだ。
人間らしく、意味などないのだと。全く愚かだと。
人間というものを理解した気でいるタマモの、完全なる傲りであった。
だからタマモは、それを予測出来なかった。
「待ってたぜ……この時をよォッ!!」
『なに――!?』
コウは疾走の勢いを利用して跳躍し、まるで高跳びの様に宙を舞った。
そして、オニヘイが投擲した鬼切を――掴んだ。
瞬間、タマモはようやくオニヘイの行動の意味を理解する。
オニヘイはやぶれかぶれで武器を投げたのではない。コウに託したのだ。己の希望を、必殺の一刀を。
コウとタマモの距離は三米(メートル)。当然、刃はタマモに触れない。
だが、コウにはその距離も意味をなさない。
宙を飛ぶコウとタマモの目と目が合い、刹那、コウは光り輝く鬼切を振り被り――。
「斬ッ!!!」
渾身の袈裟斬りを繰り出した。
鬼切はコウの動作を「使用」と判断し、プログラムが発動する。
振り抜かれた刃は黄金の斬撃を生み、三日月と成った。その三日月の斬撃こそタマモを破壊するウイルスだ。
本来ならば直接刃に触れなければならないそれを、コウは剣気に変えて飛ばしたのだ。
光速で飛翔する斬撃を躱せるものはいない。
避けようと動く間もなく斬撃はタマモに直撃し、そのまま通過、管制塔の壁さえ突き抜けて消えた。
タマモの全身に縦一閃の光の痕を残して。
『そん――な――』
斬撃は、驚愕を浮かべるタマモの表情ごと体を真っ二つに両断した。
タマモの体は光の痕を境にして二つに別たれ、虹色の光の粒子となって崩れていく。
それはタマモのアバターを構成するデータがデータブロックに回帰し、電脳の海へと消えている証拠だ。
即ち、鬼切がタマモを斬った。プログラムのウイルスがタマモを破壊したのだ。
タマモの体はみるみるうちに光の粒子へ変わっていき、数秒と経たずに消失する。
まるで水に溶ける泡の様に、跡形もなく消えていく。
ふと、地面に降り立ったコウは右手に握る鬼切を見やる。
すると鬼切も己の役目を終えたと言わんばかりに、黄金に輝く刃にひび割れが入り、次の瞬間には砕け散って消えた。
タマモも鬼切も、電脳の海に消えたのだ。
途端、管制塔最上階は言われえぬ静寂に包まれた。
「終わった……のか?」
沈黙に耐え切れず、這いつくばるオニヘイが辺りを見渡しながら疑問を零す。
あまりにも唐突で静かな終わりだったので、実感が湧かなかったのだ。
周囲の九尾ユニット達は完全に停止してはいないものの、明らかに動きが鈍くなっている。
オニヘイはそれがタマモ消失の影響だと思い至り、今度こそ、自分達の勝利を確信した。
――が、その確信はすぐに覆されることとなる。
「まだだッ!!」
再び刀を構えるオニヘイが、コウの疑問に答えたからだ。
コウは気配を察知し、刀尖を宙に向ける。するとその方角に虹色のデータブロック粒子が集束する。
集合する光の粒子は何かの形を作っていき、やがてコウとオニヘイはそれが見覚えのある形に変わっていくのを理解する。
『今の攻撃は非常に危険でした』
消えたはずのタマモの声が塔内に反響し、同時にデータブロックが巫女服狐女のアバターを構成する。
やがて輝きは収束し、消失する前と全く同じ姿のタマモが再出現した。
「馬鹿なッ! 手前は、鬼切で斬られたはずッ……!」
『ええ。確かにオニヘイ様が用いたプログラムは非常に強力で、もしも触れたなら私の陽電子頭脳は崩壊し、消去は免れなかったでしょう。ですが、統率個体が斬ったのは私のアバターの投影。即ち影に過ぎません』
「影、だと……? だが、鬼切のウイルスはアバターの通信を辿って、手前の本体に辿り着くはずだろうが!」
『ええ。ですから非常に危うい状況でした。しかし勝利したのは私の処理速度です。プログラムが私に触れた瞬間、私には一万分の一秒の猶予がありました。その中で私はアバターとの接続を九尾ユニットの一機に連結し、私とアバターの接続を切断、ウイルスをユニットに誘導して隔離したのです。つまりプログラムは私が投影していた映像だけを破壊したのです』
「被害を逸らしたってのか……? いつからそんな準備を……いや、最初から予測していたのか!?」
よくよく辺りを確認すれば、九機居たはずの九尾ユニットはいつの間にか八機に減っていた。
タマモの言う様に、ウイルスを誘導された個体だけが消滅したのだ。あの九尾を簡単に消去するその威力は、間違いなくタマモも消去出来るはずだった。
だが、その刃は既に失われている。
驚愕し動揺するオニヘイに、タマモは再びくつくつと嗤いを零す。
『私は予測していました。あなた方が統率個体を奪還するためだけに管制塔に侵入する可能性は低いだろうと。であれば、あなた方は私を消去する方法を用意してやって来る可能性が高い。しかし私を消去する程の強力なプログラムを短期間で制作するには、威力か使用回数のどちらかに制限を掛けざるを得ません。私はどちらの可能性も考慮し、その対策を準備していたのです。そして予測通り、あなた方の武器は一度限りの使用で崩壊する脆い兵器だった様ですね』
「くッ……」
『これで、あなた方にはもう、私を止めることは出来ません。もはや私に障害はありません。私の勝ち……フ、フフ、フフフフフ……』
タマモはわなわなと肩を震わせ、両手で顔を覆い、そして――。
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!』
笑った。タマモが笑っていた。
人間の様に、あるいは化物の様に、タマモは高々と笑う。
まるで己の企みが実現に近付いたことを、心の底から喜んでいるかの様に。
笑声は電脳空間を抜けて現実世界にまで響き渡るのでは――そう思えるほどに。
タマモは間違いなく変化していた。
それは人間を理解しようと成長した結果か、あるいはそれが最適の行動だとタマモのAIが判断したのか、この時ばかりはどちらが正しいのかタマモ自身にも分かっていなかった。
どちらにせよ己の笑い声は止まらず、勝利の証としてEDO中に轟くだろう。そうタマモは確信していた。
「おうおうおうおうッ! さっきから喧しいぜ! おい玉藻前! 誰が勝ちだって!?」
「黄金色の光」を両手に持つ女剣客の姿を目にするまでは――。
『その光は……!』
「コウ! 手前、その刀は……!?」
驚愕したのはタマモだけではない。オニヘイもだ。
なぜならコウの手に握られている刀が、黄金の輝きを纏う刀へと変じていたからだ。
それは一回限りのクラック・プログラム「鬼切」そのものであった。
コウは自らの刀を、鬼切に変えたのだ。
『あり得ません。あなたに、その様な機能はないはず――』
「昔、どこかの剣豪が言った。『
『理解出来ません。理解出来ません。理解出来ません。理解出来――』
「分からなくていいさ。おめえが知るべきは、ただ一つだけだ」
コウは両腕を天に掲げ、輝く刀の切先を天に向けて全力の剣気を放出する。
瞬間、光り輝く刀身から極太の光柱が生まれ、管制塔の天井を貫く。
それは百
コウはそれをタマモ目掛けて――。
「これで……
振り下ろした。
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