第参拾参話「御用改め」



『天神一刀流……白井 亨……そんなものは情報の模倣トレースに過ぎません。あなたに我々を止める力はありません。あなたは統率個体。全てのユニットへの命令端末。それ以上でもそれ以下でもありません』


 タマモが右手を翳すと、コウの周囲に虹色のデータブロックが湧き出し、それらがワイヤー状の拘束具に変わる。

 拘束具は瞬く間にコウの腕や足や体に巻き付き、高質化してコウの動きを封じた。


『さあ、統率個体。あなたの役目を果たしなさい』


 タマモは指先をコウに向け、信号の波を送る。

 それは制御が離れたNPCを手ずから操作する為の信号であり、意識統括を司るタマモ特有の能力だ。

 これに抗えるNPCは、本来ならば存在しない。

 だが、コウはこれに動じる様子も、精神を支配される気配もなく、平然とタマモを睨み続けている。


「おめえがなんと言おうと、おれは白井 亨だ。たとえここが夢の世で、今は仮初の体で、おれが偽物だとしても! この胸に意志がッ! 心がッ! 魂がある限りッ!」 


 コウは全身に帯びる剣気を激化させ、拘束具に流し込む。

 瞬間、拘束具は元の虹色のデータブロックに戻り、コウの体から崩れ落ちて消えた。


「今のおれは、天神一刀流の白井 亨! おめえを――斬る者だッ!!!」


 コウは刀を上段に振り上げ、渾身の力で振り下ろす。

 閃く白刃は空を切るが、刃は鮮烈な剣気を纏い、刀尖には日輪が顕れている。

 振り下ろした刃からは剣気が放出され、それらは赤き衝撃の波濤となって宙に浮かぶタマモへと殺到した。

 タマモは回避を試みるが、衝撃は凄まじい速度で襲い掛かり、その全身に幾重もの刀傷を与える。

 コウが放った剣技はまさしく剣聖の一撃。

 刃に触れずとも相手を切り裂く、鋭利な旋風である。

 鵺の耐久力さえ一瞬で消し飛ばす威力を持った一撃に、タマモの体は五つに引き裂かれた。

 今度こそやった――タマモの姿を見てそう思ったオニヘイだったが、その考えはすぐさま覆される。

 別たれたタマモの体は、落下するよりも早く磁石の様に引き合い、その場で合体。数秒と経たず元通りに再生したのだ。

 平然とするタマモの姿にコウは顔をしかめた。


『無駄です。あなたの攻撃は、私を停止させるまでに至りません』

「みてえだな。だが、おめえはおれの剣を避けられねえ。おめえが体を治す度、おめえを何度でも斬ってやる!」

『その行為には意味がありません。私はあなた方との戦闘の最中でも、全ユニットの操作が可能です。私の目的は止められません』

手前てめえ、自分で鵺共を操れるのか!?」


 タマモが発した言葉にオニヘイは驚愕し、反論するように一歩前へ出る。


『ユニットの同時操作と並行作業は、私に本来から備わっている機能です。そもそも統率個体のユニット統率機能は、その流用です』

「なら、どうしてコウを支配しようとした! 手前で出来るんなら必要ねえだろうが!」

『いいえ。統率個体を制作したのは、私の情報処理と作業負荷を軽減する為です。全ユーザーの精神移行作業をより円滑に行う為の補助装置なのです。故、処理速度は落ちますが統率個体が無くとも計画の実行は可能です』

「そういうことかよ……俺達の仲間を、どこまでも道具扱いしやがって!」


 わなわなと肩を震わせるオニヘイに対し、当のコウは首を傾げている。

 タマモになにを言われようともはや意に介さないコウだが、専門用語だらけのタマモの言葉が理解出来ないのだ。


「なんだ? どういう意味だ?」

「このままじゃジリ貧ってことだ! 手前がいくらタマモを斬ったところで、ヤツの企みは止まらねえ。それにこれ以上時間稼ぎをされると、外で踏ん張っている同心達が危ねえ!」

「ならどうする? おれには、アイツを叩っ斬ることしか出来ねえ。策を考えるってのは性に合わねえしな」

「……策なら、ある」


 オニヘイは声を潜め、策の内容をコウに耳打ちする。

 それはタマモ攻略の計画。管制塔の防御壁を解除し、ウリスケから送信されるクラック・プログラム――即ち「必殺の武器」を使用して、タマモの陽電子頭脳を根本から破壊する作戦だ。

 そして必殺の武器はチュースケが防御壁の解除に成功次第、オニヘイに送られる手はずだった。

 しかし、未だオニヘイの手元にその武器はない。


「話はだいたい分かったぜ。けど、それまでどうすんだ?」

「とにかく今はそれを待つしか……っと!」

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!』


 コウとオニヘイは攻撃の気配を察知し、その場から素早く後退する。

 刹那、咆哮轟かせる九尾が前足の金剛爪を振りかざし、直前まで二人がいた場所に降り立った。

 巨体から繰り出された爪による攻撃の威力は凄まじく、壮大な破壊音を生じながら最上階の頑強な床を破壊した。

 それまでの遠距離攻撃主体の姿勢を悪手と判断したのか、より確実に攻撃を与えようと物理攻撃主体に切り替えたのだ。

 そして九尾は破壊された尾の再生を既に終えており、完全に元の姿を取り戻している。タマモ程ではないにせよ、その再生能力は並外れていた。

 コウとオニヘイはタマモ達の厄介な能力を目にし、辟易とした様子で眉間に皺を寄せる。


「話をさせる暇も与えねえってか? 上等だ! もう二度と治せねえよう細切れにしてやるから、かかってこいよ!」

「コウ! 待て!」

「んだよ!? やられっぱなしってのもおれの性に合わねえんだよ!」

「分かってる! 来たんだよ、俺達の希望が……!」


 オニヘイの言葉の意味を汲み取れずコウは肩眉をつり上げるが、一拍置いてようやく理解した。

 オニヘイがチャット通信のソリッドモニターを展開していたからだ。


『筆頭! 大丈夫っすか!』


 その通信相手こそ、希望の運び手――分析班のウリスケだ。


「待ってたぞ、ウリスケ! チュースケのヤツは鍵開けに成功したんだな!」

『はい! ちょうどさっきハッキングに成功しました! 今モニターしてるんすけど、コウちゃんは正気に戻ったんすね! よかったぁ、一時はどうなるかと――』

「無駄話は後だ、早く例のやつを頼む!」

『ああっとそうでした! データ送信の暗号化をしますんで、二分だけ時間を下さい! 回線は開いたままで!』

「頼むぞ!」


 通信端末の向こうでウリスケが了解を示し、作業に取り掛かる。

 オニヘイはウリスケからのデータ受信を即座に確認するためにメールボックスの画面を展開しつつ、ジッテブレードの代わりにヒナワガンを構えた。

 ウリスケから武器が送られるまでの牽制姿勢に移ったのだ。


「コウ! もうすぐ例のブツが来る! それまで奴らを足止めしろ!」

「足止めなんてみみっちいこと言ってんなよ! んなもん無くたって、おれが片をつけてやる! 足引っ張んなよオニヘイ!!」

「へっ……誰にものを言ってやがるッ!!」

 

 コウとオニヘイは互いを奮起させ、それぞれの武器を構えてタマモと九尾を見据える。

 対する九尾は更なる攻撃体勢を取り、そしてタマモは両手を広げて複数のソリッドモニターを展開していた。

 映っているのは大量のシステム処理と膨大な電脳術式。タマモはそれら全てを同時並行で進めている。

 最大の脅威を前にして、タマモもいよいよ本気を出したのだ。


『あなた方は無視出来ない障害です。これ以上私の作業を邪魔するというのであれば、あなた方を排除する他ありません』

「はっ! やろうってのか? かかって来やがれ! まとめて叩っ斬ってやるよ!」

『それは難しいでしょう。あなた方がここにいる限り』

「どういう意味だ……!?」

『こういう事です。能力命令アビリティコマンド――』

「なっ!?」


 妖術師が術を行使する様に、タマモが右手をかざして宣言する。

 能力命令――それは本来ならば、EDOの中でもオニヘイ達セキュリティにのみ許された、アバター機能の限定解除を行う入力であった。

 それをユーザーではないAIのタマモが行おうとしているのだから、オニヘイは驚かずにはいられなかった。

 もっとも、タマモが能力命令を発動するという考えがオニヘイの中に無かっただけで、EDOの統括管理AIが限定解除入力を自在に扱えるのは、至極当然のことだった。

 問題は、タマモが使用する入力の内容とその対象にあった。


複製レプリケート


 タマモが能力命令を発した瞬間、攻撃の姿勢を取っている九尾の体が発光を始める。

 オニヘイは能力命令の対象が九尾だと一目で理解したが、直後、九尾に起きた現象には思わずたじろいだ。


『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』


 発光する九尾が、したのだ。


 咆哮する九機の九尾は前後二列の隊列を組み、前衛の五機がオニヘイ達に剛爪を向け、後衛の四機が尾を広げて砲門を開く。

 それは鵺百体分に相当する戦力。本来ならたった二人に対して向けるには、過剰と言えるだろう。

「確実に排除する」というタマモの意思がそこにはあった。

 一機でも相当な破壊力を持つユニットがあろうことか九機に増えたのだから、流石のオニヘイも冷や汗を流す。

 しかし、コウはそれさえも笑い飛ばした。


「一匹だろうと九匹だろうと変わらねえさ! まとめて叩っ斬る!」


 コウは全身に帯びる青白い光をさらに強め、刃に紅の剣気を纏って刀尖に日輪を顕す。

 その姿はさながら剣神。

 負ける気がしない。不敵に笑い士気高揚するコウを見て、オニヘイはすぐにそう思った。

 オニヘイは先程まで抱いていた不安や畏怖が消えるのを感じ、自然と口元が緩む。


「ああ、まったく舐められたもんだ。これしきのことで、俺達をやれると思われているなんてなぁ!」


 心の帯をより固く締め、オニヘイは銃口をタマモに向ける。

 だが、タマモは静かに笑声を漏らす。


『確かに、この程度の戦力ではあなた方を排除することは難しいでしょう。しかし他の方々はどうでしょう?』

「他? 手前、何を言って――」

『筆頭! 筆頭!』


 その時、開いたままの回線からウリスケの声がオニヘイの耳を劈く。その声色には明らかな動揺が見えた。


「ウリスケ! どうした!?」

『ヤバいっす! ヤバいっすよコレ! 鵺が! このままじゃ皆が……!』

「なんだ! 外でなにが起きてやがるんだ!?」

『とっ、とにかくこれを見てくださいっ!』


 ウリスケの観測モニターがオニヘイに共有され、管制塔外周の戦場の映像がオニヘイの目に映る。

 瞬間、オニヘイはタマモの真の狙いを知ると同時に、その狡猾さを思い知ることとなった。


 同心達と戦闘を繰り広げる鵺達が、九尾と同じ様に分裂を始めたのだ。


 タマモの能力命令の対象は、九尾だけではなかった。

 同心達の懸命な働きによって数を徐々に減らしていたはずの鵺達は、一体が二体に、二体が四体にという具合に増殖を始め、元の数まで戻るどころか倍以上の数に及ぼうとしている。

 鵺と肉弾戦を繰り広げていた先導者ヴァンガードは激しい戦闘によって多くが損傷し、同心達もまた長時間の戦闘で精神的に消耗している。

 そんな状態でこれまで以上の戦力との戦闘が続けば、確実に犠牲者が出るだろう。

 タマモの目的は一貫していた。即ちEDOユーザーの精神移行作業であり、その対象は同心達も例外ではない。

 九尾の複製は、コウやオニヘイ達を外へ向かわせない為の足止めに過ぎなかったのだ。


「クソッ! ウリスケ! 同心達の援護を優先しろ! 俺達が向かうまでどうにか――」

『そっちは俺に任せろ』

「チュースケ!?」


 ウリスケの回線を通して、チュースケの声がオニヘイに届く。

 自身の役目を果たしたチュースケもまた、ウリスケ経由で状況を把握していた。


『オニヘイ達がタマモを倒せば、奴らも止まるはずだぜ。それまで俺達がなんとか持たせる』

「だが、それじゃあ手前まで……!」

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』


 刹那、オニヘイ達の会話を邪魔するかの如く、九尾達の攻撃が始まった。

 五機の九尾が高速でオニヘイに接近し、後方からは計三十六条のレーザーがオニヘイに迫る。

 一斉の強襲に回避行動を取る間もなく、オニヘイはただ大盾を構えるしかない。

 だがその間にコウが立ち、円を描く様に刀を翻した。


「“森羅反転”!」


 コウの秘技によってオニヘイに向かっていたレーザーの矛先は、全て前衛の五体の九尾へと向い、装甲を溶かしながら進行を食い止める。

 おかげで危機を回避出来たオニヘイは礼を言おうとするが、それよりも早くコウがオニヘイの襟を掴んだ。


「オニヘイ! なんだか知らねーが迷ってる暇は無えぞッ!」

「……!」


 そう言うとコウは手を放し、再び刀を構えて九尾達を睨む。

 コウの言葉通り迷えば迷う程、時間を掛ければ掛ける程に状況は悪化する。

 オニヘイは怖気づいていた。仲間の命を危険に晒すこと、己の判断で仲間達が死ぬ可能性に。

 だがその迷いはたった今、コウが断ち切った。


「……チュースケ。無理はするなよ」

『おうよ! 拘束プログラム、上手く使えよ!』

「ああ。ウリスケ! 鵺はチュースケ達に任せて、送信作業を急げ!」

『合点承知っす!』


 チュースケとウリスケは一切躊躇うことなく、オニヘイの言葉に従う。

 皆、この作戦に臨むと決めた時から覚悟は出来ているからだ。

 オニヘイに足りなかったのは、仲間の犠牲のリスクを背負う覚悟。

 例え仲間の死を前にしても、為すべき事を為すために行動する。迷わぬ覚悟だ。

 そしてオニヘイの覚悟は満たされた。


「コウ。遠慮はいらねえ。奴らを細切れにしてやるぞ」

「任せな! ハナっからそのつもりだッ!」


 全てはユーザーを守る為、EDOを守る為、そして仲間を取り戻す為――仲間を信じて自らの役割を果たす。

 それが人々を守る奉行セキュリティとして、オニヘイが為すべき事だ。


「タマモ! 手前は自分勝手な都合の為にEDOの人々を危険に晒したッ! 俺達の仲間を攫い、陥れ、想いを踏みにじろうとしたッ!」

「おめえは例えお天道様が許しても、このおれがッ! いや、おれ達が許さねえッ!」


 互いの覚悟を目と目で確認し合った二人の奉行は、息を揃え、覚悟を言葉に変えて叫ぶ。


「「御用改めだッ!!!」」

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