第参拾弐話「白井 亨」


「これで――どうだッ!!」


 迫る白刃をジッテブレードで抑えながら、オニヘイは眼前に立つ光を睨む。

 その光は、スタン電流を浴びて青白い輝きに包まれたコウだ。

 オニヘイはコウと初めて一騎打ちをした際、この電流でコウを無力化することに成功している。

 これでコウの正気を取り戻す、あるいは意識を刈り取ることが出来れば、状況を覆す足掛かりになるだろう。

 そう思い至ったが故に放った起死回生の一手であったが――。

 

「これでもダメか!?」


 全身に雷を纏いながらも、コウは倒れない。それどころか微動だにしない。

 オニヘイは次の攻撃に備えるべく、バックステップでコウから距離を取る。

 同時に、苦戦するオニヘイの様子を見下ろすタマモの妖しき笑い声が響き渡る。

 

『無駄です。その程度の停止プログラムでは、私の統率個体は止まりません』

「はぁ? 誰が手前てめえのものだって? ふざけんじゃねえ! コウは誰のものでもねえ! コイツの生き方も、想いも、心も! 全部コイツ自身のものだ!」


 コウを一人の人間の様に扱い、それがさも当然のことの様にオニヘイは言い放った。

 すると、タマモは理解不能といった風に首を傾げる。


『――何故ですか?』

「あぁ?」

『どうして、あなた方は諦めないのですか? 生命ではないNPCの為に、どうして自らの命を賭けることが出来るのですか?』

「はっ、んなもん決まってんだろうが!」

『?』


 タマモの言葉を、今度はオニヘイが笑い飛ばす。

 オニヘイは知っていたからだ。自分達の行動原理が、AIには到底理解出来ないということを。

 己の力だけで全てを為そうとしたタマモには、考え及びもしないことだと。


「仲間だからだッ!!!」

『――』

「人間だとか、NPCだとか、んなもんは関係ねえ! 共に時を過ごした仲間だから、俺達は自分てめえの命張れんだよ!」


 瞬間、タマモの思考は瞬きの間ほど停止した。

 人間の頭脳の分析は成功したはずなのに、オニヘイの発言の意図が、その理由が全く理解出来なかったのだ。

 高速演算処理を数百万回繰り返しても、タマモはオニヘイが答えた言葉に辿り着かない。

 それは本物と偽物の明白な違いであった。


「だからコウ! 早く目ぇ覚ませよ! 皆が手前の帰りを待ってんだよッ!」


 オニヘイはコウに呼びかける。仲間達の為に目覚めろと訴えかける。

 しかし必死の呼びかけも空しく、コウは返事をしない。

 体、髪、眼、刃、全てに青白い雷光を纏ったまま、オニヘイを睨んでいる。

 そして遂に、コウがオニヘイに向かって疾駆を開始する。


「コウ! くッ……!」


 オニヘイは大盾を構え、再び防御に専念する。

 起死回生の一手が失敗した以上、闇雲に攻撃してもコウと九尾のコンビネーションによって瞬く間に蹂躙されるからだ。

 残された唯一の活路、ウリスケから送信されるはずの『最強の武器』も、コウと九尾、そしてタマモに隙が無ければ使えない。

 とにかく今は耐え抜き、なんとか隙を見つけるしかない。だが時間を掛けるほど、管制塔の外で戦っている仲間達が危険に晒される。

 そんな焦燥感と眼前の脅威に責め立てられながらも、オニヘイは決して後退しない。

 仲間達の為、全ユーザーの為、そしてコウを取り戻す為、自分が挫けるわけにはいかない。不退転の覚悟がオニヘイを踏み止まらせるのだ。

 白刃を広げて疾駆するコウ、大盾で待ち構えるオニヘイ。

 そして、両者が引き合う様に接近する時――。

 



 ――足場!


「!!」


 オニヘイは声を聞いた。

 久しく聞かなかった、喧しくて生意気な女の声だ。

 幻聴かと思ったオニヘイだったが、ふとコウからの攻撃が来ないことに気付く。

 するとコウはオニヘイに斬り掛からず、オニヘイの眼前で急速停止、そこからオニヘイの頭上まで一気に跳躍していた。

 上段からの斬り掛かり攻撃だと判断したオニヘイは、ほぼ反射的に大盾を素早く上方へ振り上げる。

 この時、オニヘイにはコウの目が見えていた。

 故にオニヘイは、先の声の意味を理解することが出来た。


 コウの瞳が輝きを取り戻していたからだ。

 オニヘイは驚愕と同時に、己の口がにやけるのを感じていた。


 空中に飛び上がったコウは左手の脇差を捨てながら体を反回転させ、オニヘイの大盾に飛び乗った。


「――オラァッ!!」


 瞬間、オニヘイは振り上げた大盾を、下から押し上げる様に振り抜く。

 飛び乗った大盾の上で屈んでいたコウは、オニヘイが大盾を振り上げる力を利用して再度跳躍――さらに上空へ飛翔した。

 それも、ただ飛び上がっただけではない。

 

『統率個体、なにを――』


 それはタマモにとって予想外の光景であった。

 なぜならコウが飛んだ先は、空中を浮遊するタマモの眼前だったからだ。

 飛翔するコウは振り上げた一刀を、落下の勢いも利用して全力で振り下ろす。

 予想外の事態にタマモは思考が錯綜したが、瞬時に状況を理解して回避を試みる。


 だが、時すでに遅し。


「――斬ッ!!!」


 神速にして渾身の袈裟斬りがコウから放たれ、タマモの胴体に一つの閃きを走らせた。


 刀を振り抜いた勢いのまま、コウは床へと着地し、刀を振り払った。

 刃に付着していたデータブロックは床に飛び散ってそのまま霧散する。


 直後、タマモの左肩口から右腹部にかけて斜めの一線が走り、タマモの体は二つに別たれた。


『理解、出来ません――どうし、て――?』


 上半身と下半身に別たれたタマモが、金属の床に落下して横たわる。

 AIであるが故、その程度の損傷ではタマモは機能を停止しない。が、タマモには戸惑いに似た言語不調が現れていた。それも当然だろう。


「目が醒めたんだよ」


 自分の操り人形だと思っていたものが、己に牙を剥いたのだから。


「コウ! やっと戻りやがったか!」

「おう、オニヘイ!」


 その全身は未だに青白い雷光に包まれたままだが、意識が戻ったことを確信したオニヘイはコウに駆け寄る。

 するとコウもオニヘイに気付き、快活な笑みで返す。


「聞こえてたぜ。闇の中でも、おめえの声がよ。その……礼を言うぜ。おかげで――」

「遅えんだよ!!」

「あでッ!?」


 少し頬を赤らめるコウの脳天に、オニヘイは躊躇なく手刀を食らわせた。

 不意の痛みでコウは思わず頭を抱え、すぐさまオニヘイに抗議する。


「なにすんだこの鬼野郎! こぶが出来たらどうすんだ!?」

「おお、安心した。柄にもねえこと言ってやがるから、まだ寝ぼけてんのかと思ったぞ」

「おめえ! 折角おれが礼を言ったってのに!」

「んなもん要らねえよ」

「あぁん!?」


 オニヘイの言葉に、コウは眉を吊り上げる。

 しかし、オニヘイはにやりと笑った。


「仲間を助けるのは当然だろうが」


 その言葉にコウは呆気に取られた様な表情を浮かべたが、すぐに破顔した。


「なんだよ。起き抜けのくせに爆笑しやがって」

「いやぁ……おめえが強えワケが、ようやく分かった気がしてよ」


 コウはようやく理解したのだ。

 剣聖の言葉通り、己を決めるのは己が心であり、心の強さが剣の強さとなる。

 そしてオニヘイの強さの秘訣は単純な技量だけではなく、芯に一本通った信念に由来しているのだと。

 オニヘイの心こそが彼の剣であり、それは剣聖の言葉と同じであったのだと。

 それが分かってコウは嬉しくなったのだ。

 

「……手前、やけに素直じゃねえか。やっぱりまだ寝ぼけてんじゃねえか?」

「はっ! 寝ぼけてるかどうかは――」


 コウは背後に身を翻し、白刃の腹を正面にして弾きの構えを取る。

 刹那、九条のエネルギー光がコウ達を焼き尽くさんと殺到する。九尾の狐から放たれた灼熱のレーザー砲だ。

 一条でも当たれば、炎天下の氷の様に瞬く間に溶けて無くなる威力。オニヘイの頑強な大盾でさえ防ぐことは出来ない。


「その目で確かめな!」


 そんな強力な九条のレーザーを、コウは白刃の腹で受け止めた。

 本来ならマサムネの名刀さえ溶かすだろう光を、刃の腹で留めたのだ。

 そしてコウは光を受け止めたまま、円を描く様に刃を翻し――。


「“天神一刀てんしんいっとう森羅反転しんらはんてん”!」


 受け止めた全ての光を、打ち返した。

 矛先が逆転した九条のレーザーはそっくりそのまま九尾に向かい、それぞれの尾に直撃する。

 

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!』


 自ら照射したレーザーによって尾を焼き溶かされ、九尾は悲鳴にも似た咆哮を上げて倒れた。

 次元を超越したコウの絶技を目の当たりにし、オニヘイは思わず目を見開く。

 一機で鵺二十機にも匹敵する戦力を持つユニットの攻撃を全て反らし、砲台の全てをカウンターの一撃で破壊し、さらには転倒までさせたのだから、オニヘイが驚くのも無理はない。

 

「コウ! 手前、その力はいったい……!?」

「詳しい話は後だ。あいつ等、まだまだ元気そうだぜ」

「なんだと?」


 コウが刀を構え直し、それに倣ってオニヘイもジッテブレードと大盾を構え、二人揃って横たわる二体を睨む。


『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!!』


 すると九尾が嘶きを上げながら立ち上がり、破壊された尾にデータブロックの虹色の光を纏わせる。再生を始めたのだ。

 同時に、横たわっていたタマモが離れた胴体をひとりでに接着させ、足元を支点にしてその場で起き上がってみせた。


「こいつ等、再生するのか!?」

「はっ! さすがは大妖怪ってところかよ」


 タマモは再び浮遊を始め、空中に座してオニヘイとコウを見下ろす。

 しかし、妖しげな笑い声はもう聞こえない。

 

『統率個体。我々はこの程度の損傷では機能を停止しません。諦めて下さい』

「みてえだな。なら力尽くで止めてみろよ。『諦めて下さい』なんて頼まずによ」

『……』

「出来ねえんだろ? おめえにその力があるなら、そんな台詞は吐かねえもんな」


 コウの挑発にタマモは口を閉ざす。

 タマモはコウの一撃を受けたことで、コウがオニヘイを超える最大級脅威であること、そして力尽くで止められないことを理解しているのだ。

 そして、それを理解しているのはコウも同じ。白刃のたった一振りでタマモの力量を悟ったのだ。

 コウの剣術は、間違いなく剣聖の領域に至っていた。


『統率個体。あなたの役目を果たしなさい。私の命令に従い、ユーザーの皆様を電脳人へ昇華させる。それをがあなたの存在意義なのです。さあ、武器を収めて私と――』

「うるせえぞボンクラ女狐!!!」

『!』

「トーソツだかトンカツだか知らねえが、おれのことを変な名前で呼びやがって……いいか! 耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!」


 コウは抜身の刀を肩に担ぎ、左手の親指を立て、青白く光り続ける自らを指し示す。

 それから大きく息を吸い、咆哮する。


手前てまえ、生まれも育ちも江戸の町! 刀引っ提げ修行旅! 天下無双の剣道歩み、天外夢想の江戸至り!」


 コウは刀を振り下ろし、刀尖をタマモに向けて大見得を切る。

 瞬間、刀尖に日輪が顕れ、その輪の中にタマモの姿を見据える。


「元来の我が剣は邪流! なれど今は仲間の為! 断悪修善だんなくしゅぜんの剣とならん!」


 続けてコウの全身からは青白い雷光が迸り、刃からは赤き陽光が放たれる。

 それは、剣気の具現。

 開眼覚醒した者の凄まじい気迫であり、そして――。


「我が名は白井 亨シライ コウ! 天神一刀流の白井 亨なり!!!」


 世界を救う剣客の証である。

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