第肆話「一騎討ち」




「しぃぇぇぇぇぇぇぁぁああッ!!」


 覇気纏う咆哮と共に上段から放たれた女剣客の豪胆無比な白刃一閃が、オニヘイに容赦なく襲い掛かる。

 これに対しオニヘイは両手に構えたジッテブレードを素早く交差させ、挟むようにしてその一刀を真正面から受け止めた。

 金属と金属がぶつかり合う重厚な音が路地に響き渡り、痛覚遮断されているにも拘らずオニヘイの両手には震えるほどの衝撃が生じる。女剣客の剣戟は、想像以上に凄まじいものであったのだ。

 その威力、鋭さは恐らく刀の能力だけではなく、アバター自体にも過剰な出力を発揮出来るよう、不正なプログラムを施した故の力なのだろうと察した。

 対して女剣客も驚いた表情を浮かべた。おそらく自身の刀を真正面から受け止めたことに、驚愕を禁じ得ないのだろう。

 そしてそれと同時に、女剣客は目の前の奉行が想像以上の相手である事を理解し、口角を吊り上げる。


 この瞬間、両者は相手が只者ではないことを理解した。

 

「ふんッ!」


 オニヘイは気合いの掛け声を発し、全身の出力を両腕に込めて交差するジッテブレードを前方へ強く押し出す。

 その剛力と胆力に女剣客は太刀打ちが難しいことを判断したのか、力比べをすることは諦め、迫り合っていた刀を下げて即座に後方へと飛び退いた。

 女剣客は理解した。太刀筋ではこちらが勝っているが、力では奉行に太刀打ちできないと。

 しかし鬼の如き奉行の大柄な外見からすると、己よりも素早い動きは出来ない筈で、であれば手数で攻めるのが得策だ。二刀流の手数に勝つには、こちらも二刀流で斬り合うしかない。

 戦況を瞬時に把握した女剣客は脇差を抜き、脇差を前、刀を後ろにした構えを取って次の攻め手を思案する。距離も少し離れているので、数十手の戦術を練り上げる時間はあると判断したのだ。

 それが女剣客の誤算だった。


「――『加速アクセル』!」

「はぁ!?」


 オニヘイがそう口にした次の瞬間、三メートル以上あったはずの両者の距離は一瞬で詰められ、彼は女剣客の眼前まで迫っていたのだ。

 オニヘイの発したそれは『能力命令アビリティコマンド』という自身のアバター機能の限定解除を行う入力であり、特定の命令によって自身の移動速度や耐久力の一時的な向上を行うことが出来る。これはオニヘイ達セキュリティのアバターにのみ許された入力であり、これにより彼は高速で移動したのである。

 呆気にとられている女剣客の隙を逃さんと、オニヘイは二本のジッテブレードのうち右手の一本を左上段から振り下ろす。

 だが女剣客も黙って斬られるはずはなく、圧倒的な反射神経と反応速度を以て刀を上段に構え、その攻撃を弾く様に防いだ。


 しかしオニヘイの攻撃は終わらない。はじめから初撃が防がれることを読んでいたのか、オニヘイは既にもう一方のジッテブレードを、最初の一振りの軌道と同じ軌道で振り下ろしていた。

 オニヘイが得意とする攻撃の一つ『二段斬り』である。初撃を防がれることを前提とした攻撃であり、本命を二撃目に込めた攻撃だ。

 攻撃能力を持つユーザーが殆どいないVR世界においては、当然ながらこれを防ぎきった者は今まで誰一人としていない。オニヘイは己の勝利を確信した。


「舐めるなぁッ!」


 ――ところが、勝敗が決することはなかった。


 女剣客は迫り来る二本目のジッテブレードを視界に捉えており、またしても恐るべき反応速度で素早く上体を反らし、二段目の攻撃を紙一重で躱していたのだ。

 その光景に今度はオニヘイが呆気に取られ、その隙に女剣客は体勢を崩しながらも右足でオニヘイの腹を強く蹴り飛ばし、同時に後方へ飛んで再び距離を取った。

 女剣客の蹴りで倒れはしなかったものの、オニヘイは数歩後退る。

 両者の間合いが再び開く。


「いい技持ってんじゃねえか、奉行所よぉ……こりゃ楽しめそうだ」


 先のオニヘイの二撃目を掠ったらしく、右頬に出来た傷から流れる血を拭いながら女剣客は獰猛な笑みを浮かべる。

 どうやら女剣客のアバターは外傷による流血エフェクトの仕組みすら備えているらしく、想像以上のアバターのカスタマイズにオニヘイは驚いた。

 人斬りを演じるならば他のユーザーに外傷を与える能力だけで十分にも拘わらず、まさか斬られた時のリアルな演出まで再現しているとは思わなかったからだ。このユーザーは余程女剣客としての生き方に憧れているらしい。

 なればこそ放置することは出来ない。今後もどれ程のユーザー達を襲うか見当が付かないのだ。

 当然最初からオニヘイには女剣客を見逃す気など微塵もないが、実際に相対してみて女剣客のスペックが想像以上であることも理解した。このまま一騎打ちを続けたとして、この犯罪ユーザーを確保出来る保証が彼にはなかった。

 常に怪しく嗤う女剣客の様子を鑑みるに遊び半分で戦いを楽しんでおり、加えて逃走の算段があるからオニヘイと斬り結んでいるのだろう。隙があればダイブアウトしてしまう可能性もある。

 だがチュースケが呼んでいる援軍が到着すれば、制圧は容易となるはずだ。それまではどうにかして足止めしなければならない。

 その為にはもう一つ楔が必要だ。


? 存外てえしたことねえな、手前てめえ


 オニヘイはあからさまな溜息を吐く。

 実際には女剣客が彼の想像以上のスペックを持っていることは自明の理だが、他でもない女剣客だけがそれを理解していないのだ。

 故に、オニヘイの「挑発」はよく効く。


「へぇ……図体だけじゃなく口もでけえな奉行所。けどよ、を受けても同じことが言えるか?」


 口調だけは穏やかだが、女剣客の気配は明らかに凄みを増し、視線は研磨された刃の如く鋭利さを増している。

 そしてオニヘイの狙い通り挑発に乗った女剣客は、自らの能力を『技』を以て証明すべく、流水の如き動きでその構えを変えた。

 右手の刀を左腰に携えた鞘へと収め、右足を僅かに前へ出して腰を下げ、柄を握りながら右肩をオニヘイに向ける様にして上半身を捻った体勢。その構えにオニヘイはとても見覚えがあった。


 居合――相手が自らの領域に侵入するただ一瞬を狙い、鞘から刀を抜くと同時に神速の一閃を繰り出す構えである。


 それを見たオニヘイは意外だと思った。好戦的で自身の誇りに傷を付けられた女剣客が挑発に乗っていることは明らかであり、狙い通りならば即座に己の実力を誇示したいと考えて仕掛けてくると思ったからだ。

 しかし実際に女剣客が取った構えは、相手の攻撃時に生じる隙を突く居合カウンター。つまり相手の出方を待つということに外ならない。

 挑発を受けてなおその構えを取ることはオニヘイにとって予想外であり、故に気付いた。

 女剣客は次の一閃で勝負を決めるつもりなのだと。己が全霊で放つ一閃を以てして、先の『加速』の速さを凌駕し、自らに打ち勝つつもりなのだと。

 オニヘイは両手のジッテブレードを構え直し、じっと女剣客を睨む。すり足でゆっくりと左に移動し、狙う角度を探す。

 勝負としてはこれ以上無い程に高揚する場面であり、手に汗握る展開である事は間違いない。オニヘイも純粋な一騎打ちであれば、これに真正面から勝負を仕掛けただろう。


 だがこれは勝負ではない。


 オニヘイの役割は女剣客の足止めと捕縛であり、わざわざ渾身の一撃を繰り出さんとする女剣客の懐に飛び込む必要はないのだ。

 相手が迎撃の姿勢ならば、こちらは攻めあぐねるふりをして、出来るだけ時間を稼ぐ。それがオニヘイがするべきことだ。それは彼自身重々承知している。

 そう、頭では理解しているのだ。


「どうした、奉行所。怖気づいたわけじゃねえだろ。それともさっきのは口先だけか?」


 今度は女剣客からの挑発。これに乗るほどオニヘイはこの一騎打ちに価値を見出していない。

 しかし相手の実力を疑う言葉を放った以上、それを確かめるのが礼儀。そうオニヘイは心得ているのだ。

 相手の一刀が『加速』の速さを超えるとは到底思えないが、もしもこれに匹敵する速さを出せるとすれば、ユーザーのアバター改造能力は世界級の技術と言っても過言ではない。

 そして逮捕した後にはアバターごと没収する以上、それを確認する場は恐らく今しかない。

 故に、オニヘイは甘んじてこの挑発を受けた。

 オニヘイは二本のジッテブレードの鍔下にあるスイッチを指先で押し、それらに備えられた『麻痺スタン』機能を発動する。これによりジッテブレードの刀身は青白い電流を纏い、触れたオブジェクトとそれに連結されたプログラムの機能を麻痺させることが出来る。

 これまでの女剣客のカスタマイズ具合からしてその程度は対策済みであり、刀身に触れても麻痺が伝達されることはないだろう。だが直接アバター本体に触れれば、少なからず効果があるはずだとオニヘイは考えた。

 彼が取る戦法は先程と同じ『加速』による高速接近からの『二段斬り』だ。

 ただし加速は移動のみならず、一段目にも付与する。万が一にも女剣客の居合の速度が加速に匹敵することを考慮した故の防御対策である。

 これらはオニヘイが本気で相手を倒さんとする際に必ず行うことであった。

 オニヘイの攻めの体勢は整った。あとは仕掛けるだけ。

 両者は互いを睨み、相手の初動の察知に努める。

 一方は相手の動きよりも速い一閃を繰り出す為、もう一方はその一閃を弾き二段目を繰り出すために。


 切っ掛けがどちらの動作だったのかは定かではないが、いよいよその時が訪れた。

 

「『加速』!」


 オニヘイが能力命令を発し、数倍に加速した身体機能を用いて女剣客に肉薄する。

 待ち構えていた女剣客はオニヘイの接近のタイミングとほぼ同時に抜刀し、左下段から斜め上に斬り上げる軌道の一閃を繰り出す。

 対してオニヘイは左上段から振り下ろすジッテブレードの動作を加速させ、女剣客の一閃の軌道に十字交差するよう軌道を合わせた。

 これで女剣客の一閃を防ぎ、二撃目に繋げることが出来る――となるはずだったが、オニヘイは刃が衝突する直前、女剣客の左手に脇差が握られていることに気付いた。

 女剣客の戦法は「居合斬り」に見せかけた「二段斬り」だったのである。

 オニヘイの技を真似たのか、あるいは元から持ち得ていた技なのかは定かではないが、いずれにしても二撃目の軌道の予測がオニヘイには付かない。初撃を防いだ次の二撃目、これを躱すか、防ぐことに集中しなければならないのだ。

 もはや攻撃は諦めるしかない。

 オニヘイは神経を集中し、初撃を女剣客の居合一閃に確実にぶつける。


 ――その時だった。


「にゃぁあああぁぁぁああぁぁああああッ!?」


 オニヘイのジッテブレードと女剣客の刀が接触したその瞬間、女剣客は突如として悲鳴を上げ、全身を激しく痙攣させたのだ。

 それはまるで全身に電流を浴びさせられ、痺れている様だった。そのまま女剣客の体から完全に力が抜け、正面に立つオニヘイの方へと前のめりに倒れていく。


「は? え、おっ……とぉ!」


 予想外の事態にオニヘイは慌てて両手の武器を手放し、倒れ来る女剣客の体を抱えた。女剣客の体は全く動かず、顔を見えれば意識を失っているかの如く瞳は閉じられている。

 オニヘイは一体何が起こったのかを分析しようとして、ふとジッテブレードが目に入る。

 そう、彼は先程ジッテブレードのスタン機能を作動させていた。つまりジッテブレードと女剣客の刀が触れた瞬間、麻痺効果を付与した電流が刀を伝って女剣客に流れたのだ。

 予想外にも効かないと思っていたそれが、女剣客には効果覿面だったのである。


 何とも呆気ない決着であった。

 

「……人斬り、確保ッ!」


 オニヘイは高々と叫ぶ。瞬間、路地はセキュリティ達の歓声で包まれた。

 噂の人斬り――厄介な犯罪ユーザーを確保したのだから、当然喜ぶべきなのだろう。


 しかしオニヘイは腕の中で眠る女剣客を見て、なぜか拍子抜けした様な、そしてどこか残念そうに頭を掻くのだった。

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