第弐話「辻斬り」
「……辻斬りだァ?」
BIG EDOの昼下がり。
尤もその姿は見てくれだけであり、実際には蕎麦を食べるアバターを残したまま一時的なダイブアウトを行い、
VR世界の仮想飲食店では味覚と触覚だけを再現した擬似食を取ることも可能だが、大半はユーザーの長時間ダイブによる食事忘れを防止する為のセーフティ環境となっている。
そして一時的なダイブアウトの間であればユーザー間の通話は可能な為、普段からオニヘイ達は昼休憩時に現実で食事を取りながら世間話をしているのだ。
「そうそう。今朝お前がメッセージで共有した強盗キック犯の件あるだろ? あれ見て思い出したんだよ、最近この辺りで流れてる『辻斬り』の噂をさ」
「どんな噂だ?」
「知らねーのか? 巷じゃ結構有名だぜ。なんでも、このエリア付近の裏道で笠を被ったユーザーとすれ違うと、次の瞬間背後から刀で斬られるらしいぜ。しかも持ち金全部持ってかれるうえに接続も切られるとか」
「だから辻斬りか……もしその噂が本当だとすりゃあ、その辻斬りが犯人の可能性は高ぇな。まぁ噂の方にも色々と疑問はあるけどよ。どうして刀で斬られることを知っているのかとか、そもそも誰がその噂を流したのか、とかな」
オニヘイは噂の粗に疑問を呈しつつ、フォークでカップヌードルを啜る。なるべくアバターの食事に寄せたのだろう。
同じ様にチュースケも何かを啜る音をマイク越しに立てつつ、咀嚼したものを飲み込んでから会話を続ける。
「大抵の噂の出所なんてどれも不確かなもんさ。重要なのは、実際にこの近くで噂に似た事件が発生してるってことだぜ」
「ああ、お
「成りきってる?」
チュースケの疑問にオニヘイは素早く麺を啜ってから返す。
「純粋に金目当てなら、わざわざそこらの一般ユーザーから毟り取るなんて非効率な手段は取らねえだろうし、仮にユーザーから金毟り取る必要があるとしても、刀で斬りつけて無力化する必要はねえ。銃の方が手っ取り早えだろ」
「言われてみれば確かに……刀でなきゃキック出来ねー理由があるとか?」
「アバタープログラムを改竄出来る腕があんなら、刀だろうが銃だろうがそういう改造が出来るはずだ。なら、刀に拘る理由は趣味以外にゃ考えられねえな」
「趣味? どういうことだってばよ」
「だから成りきってんだよ、辻斬りに。ロールプレイってやつだ」
ロールプレイ――所謂「キャラ成りきりプレイ」である。
大半のVRMMOでは自身でアバターの姿を自由にカスタマイズ出来るため、理想とするアバターの姿に合わせた口調や振舞いを取る『成りきりユーザー』が存在する。
特に冒険系のゲームでは自身が物語に入り込む感覚でプレイ出来るため、ロールプレイを行うユーザーも多い。
BIG EDOに現れた辻斬りは、まさにこのロールプレイを行っているユーザーであるとオニヘイは予想したのだ。
「剣戟ゲームじゃ物足りなかったのか知らねえが、そのノリをゲーム外に持ち出すなんざマナー違反だろ。そもそもEDOでは一般ユーザーが他のユーザーに対して危害を加えるのは犯罪行為だ。おまけに金も盗んでるとくりゃ、情状酌量の余地はねえ。実在するってんなら、必ずしょっ引いてやる」
オニヘイは声色に苛立ちを含めてそう言うと、ちょうど食事を終えたらしく再びダイブする。
するとアバターの方も蕎麦を啜る動作を止め、そして程なくしてチュースケも食事を終えた。
「おお! 下手人はたとえお天道様が許しても、天下の大奉行たるオニヘイ様がぁ~、あ! 許さねぇ~、ってか? 流石我等が筆頭! いよっ、日本一!」
「しばくぞ」
「冗談だってばよぉ。でもよオニヘイ、その心意気は疑う余地もなくホンモノだろ?」
「当然だ。EDOの平和を守るのは奉行所の、警察の、俺達の仕事だ。サイバー犯罪者は誰一人として許さねえ」
「ならよ、この後の見回りで探してみねーか?」
「何をだ」
オニヘイが率直に問うと、まるでその問いを待っていたかの如くチュースケは口の左端を吊り上げ、その反応にオニヘイは眉をひそめた。
チュースケのその表情は何かを企んでいる時に出る癖である事を、オニヘイはよく知っているからだ。
「辻斬りだよ。この近辺を巡回して、俺達で辻斬りを現行犯逮捕してやるのさ。この三日休みなく起きてんなら、今日も誰かを狙ってるに違いねーさ」
「おい、この件は後日正式に要捜査案件として上から通達されると、今朝共有したじゃねえか」
「それは分かってるよ。けどよ、たまたま俺達が見回りしていた場所で、たまたま辻斬りが現れたとしたら、それを見逃すなんてあり得ねーだろう? 俺たちゃ奉行所、ユーザーとEDOの平和を守るのが仕事なんだからよ」
そう言って呵々と笑うチュースケを見て、オニヘイは短く溜息を吐く。
チュースケは決してあくどい事を考えているわけではなく、彼なりに奉行所やオニヘイの役に立つと思って提案しているのだ。
今回の件も早期解決を図るのであれば、旗本からの通達を待つ必要はない。その点に関してはチュースケの言う事も一理ある。
ただ、そういった提案は毎度オニヘイの気を揉む。越えてはいけないラインギリギリで踏みとどまるチュースケの提案を受け入れることは、それなりに覚悟を要するのだ。
しかし現時点でオニヘイはこれを「受け入れざるを得ないだろう」と半ば諦めている。何故なら毎度毎度、最終的には彼の提案を受け入れてしまっているからだ。
悩まし気な表情を浮かべるオニヘイに対し、チュースケはさらにたたみかける。
「なぁオニヘイ。お前、ここんところ鬱憤が溜まってんだろ。現実の話ならマナー違反だからあんまし聞かねーけど、お前の事だから仕事の悩みだろ? 昨日だって俺らには残業させねえくせに、自分だけ残って仕事してたらしいじゃねーか。何を焦ってんのかは知らねーが、偶には新鮮な刺激みてえなものが無えと行き詰っちまうぞ?」
「……本音は、
「はっはっは! まぁそれもあるんだけどな! でも実際、仕事にも楽しみってのは必要だぜ?」
「楽しみだァ?」
「おう、楽しそうだろ? 噂の辻斬り探し。噂を追うってのは、いつの時代でもわくわくするもんだぜ」
この通り、チュースケは何事にも楽しさや面白さを重視している。一見するとお調子者で考え無しにも思えるが、その実オニヘイのメンタルを考慮した提案でもあった。
当然自身が楽しみたいという想いもあるのだろうが、そういった思惑も含まれていることをオニヘイは知っていた。
故に、オニヘイは彼の提案を甘んじて受け入れるのだ。
「ったく、遊びじゃねえんだからよ……一時間だけだ。それで見つからなけりゃ辻斬り探しは切り上げっからな」
「よぉし! そう来なくっちゃな! そうと決まりゃあ早速行こうぜ!」
チュースケは意気揚々として席から立ち上がり、店の出口へ向かうようオニヘイの広い背中を押して急かす。
背中を押され、大きな奉行は渋々といった様子で重い腰を上げるが、その鬼顔はどこか楽し気にも見えた。
蕎麦屋を出たオニヘイは早速噂の裏道の場所をチュースケに尋ねるが、これに対しチュースケは首を横に振った。
彼が知っていたのは「下町北西エリアの飲食店密集地区にある裏道に辻斬りが現れる」という話だけで、どこの裏道かまでは知らないということだった。
「どうすんだ? 流石に聞き込みするほど大ぴらな事は出来ねえぞ」
「見回りの体なんだから、虱潰しに回ればいいんじゃね? 捜査なら文字通り足で稼ごうぜ」
つまり無計画――行き当たりばったりのざる捜索である。これで噂の辻斬りが見つかるならば苦労はないだろう。
この時点でオニヘイは辻斬り捜索の成果について全く期待していなかった。
オニヘイは何度目かの溜息を吐く。
「捜査じゃなくて見回りだろうが……まぁいい。とりあえずそこの裏道から――」
そう言ってオニヘイが蕎麦屋の裏を指差した、その時だった。
――辻斬りだ! 辻斬りが出たぞッ!
突如、一人の男の叫びが通りに轟いた。
二人が声の方に視線を向ければ、酷く慌てた様子の男性ユーザーが蕎麦屋の前の通りを駆けていた。
予期せぬそれに素早く反応したのはオニヘイだった。オニヘイはその巨体に見合わぬ素早い動きで走る男性へと駆け寄り、素早く腕を掴んでその場に留まらせた。
オニヘイはそのまま戸惑っている男性の正面を自身に向け、懐から掌サイズの金バッジを翳してみせた。
「
「え!? あ、奉行所の人? 聞いてくれよ! 今さっき向こうの通りで見たんだよ! 辻斬り! 笠を被った奴が刀握ってたんだよ!」
「オニヘイ」
「分かってる。至急、応援を寄越すよう与力に連絡を」
「了解」
まさか向こうから来るとは――内心驚愕しながらもオニヘイ達は男性の証言を聞き、すぐさま彼の案内で現場へと急行するのだった。
目撃者の男性の案内によってオニヘイ達が辿り着いたのは、蕎麦屋の一つ隣のブロックにある裏道だった。
決して広い通りではないが、四人程度であれば横に並んで歩いても通ることが出来る道だ。
その道に進入すると、早速オニヘイ達は道の中ほどに二つの人影を見つけた。
一方の人影は地面に倒れ伏しており、どこか苦しそうな様子で呻き声を上げる男性ユーザーの姿であった。どうやら何かしらのプログラムエラーが生じているらしく、アバターに「外傷エフェクト」が発生していた。
もしもそれが辻斬りによるものとすれば、間違いなく彼はその被害者だろう。
そして倒れ伏す男の傍らには、もう一つの人影が立っていた。どうやら頭には笠を被っている様であり、噂と状況を鑑みれば背を向けるその人影が辻斬りで間違いないだろう。
オニヘイ達はすり足で歩み寄って隠密鎮圧を試みるが、影はすぐさま彼等の接近に気付いて体ごと振り返る。
「――あん? なんでい、お
それにより明らかとなった影の全貌を目にし、そしてその声を耳にしたオニヘイ達は、余りにも予想外のそれに一瞬呆気に取られた。
何故ならそこに在ったのは、和装と南蛮服を混ぜた様な服装を身に纏い、右手に一振りの日本刀を握る少女の姿だったからだ。
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