第壱曲 辻斬エチュード

第壱話「BIG EDO」




「御用改めだオラァッ!!」


 サイバーシティ『BIG EDO』は下町ダウンタウン南西エリアの外れに建つ、一軒のみすぼらしい民家。

 鉄鎧と白い羽織を纏う一人の大柄な男がこれの扉を強引に蹴破り、暴徒制圧兵装『ジッテブレード』と拳銃を構えて屋内へと侵入した。

 民家の周囲は二十を超える武装集団と十数台の浮遊車両が取り囲んでおり、扉を蹴破った先頭の男に続いて後ろの集団も続々と雪崩れ込む。


「げぇ!『奉行所セキュリティ』がなんでここにぃ!?」


「おいサブゥ! てめぇ嗅ぎ付けられやがったなぁ!?」


「ヒィッ!? すいやせぇ~ん!」


 狭い屋内に居た三人の男達は、予期せぬ来訪者に各々驚愕と憤慨を表す。

 男達は野武士の服装をベースにモヒカンやウニの様な奇抜な髪型などのパンクファッションを取り入れており、揃って「ヤベエ!」という文字を映し出す電子バイザーを装着している。

 外見からして旧時代の素行が悪そうな若者といった印象であり、そして彼等の行いもまた、それに違わぬものであった。


「大人しくお縄につけ、手前てめえらは完全に包囲されている。罪状は一般ユーザーへの恐喝、クレジット詐欺、違法電脳ドラッグの売買、そしてEDO銀行への不正アクセスだ。即刻ユーザーIDの機能凍結後、現実リアルの捜査隊が各住所に到着するまでダイブアウトを禁止する。年貢の納め時だ、神妙にしろいッ!」


 鉄鎧の男が放った言葉の直後、男達はVR世界からの逃亡を図る為にコンソールを開いてダイブアウトの操作をしようとするが、それよりも速く武装集団が拳銃の引鉄を引く。

 精密に放たれた数発の弾丸は全て男達の体に直撃し、その直後、彼等の体を光り輝く縄が纏わりついた。

 そして現れた縄は瞬時に男達の体を縛り上げ、顔以外の全身を拘束してちまきにしたのだった。


『チキショー!』


 セキュリティに拘束され、連行される三人の悲痛な叫びが下町に轟く。

 その様子を目の当たりしていた付近のユーザー達は、それが奉行所によるサイバー犯罪者逮捕の瞬間であることを理解したことだろう。

 早速ネットニュースやブログの記事を作ろうとコンソールでテキストを打ち込む者がいれば、一部始終の写真を撮影している者もいる。奉行所の仕事ぶりに歓声を送る者もいた。


 しかし、大半のユーザーは現場を一瞥すると、すぐに興味を失ってその場を離れていく。

 サイバーシティ『BIG EDO』において、この様な一幕は日常茶飯事だからだ。

 ネット瓦版に掲載すべき情報ではあるが、ユーザー達にとっては別段珍しい光景でもないのである。そしてこのVR世界の治安を維持するべく働く彼等も、その事実を重々承知している。

 尤も彼等は周囲の反応など意に介さない。


 何故なら――。


「次は南東エリアの貿易ビル! その次は北東エリアの賭博場カジノだ! とっとと急行しろォ!」


『応ッ!』


 本日のノルマを業務時間内に熟す事で、頭がいっぱいだからだ。






 卍






 サイバーシティ『BIG EDO』――それは西暦二〇八九年の日本における史上最大の公共的VR空間である。


 街並は江戸時代のアンティーク東京を土台に、数百メートル級の高層ビルの上にさらに高層ビルを重ねた階層都市や、空に浮く幾本もの高速道路など未来的な機械技術が盛り込まれた、全く異なる二つの時代文化を融合させたSF世界だ。


 まさに「サイバー和パンク」ビジュアルの仮想現実空間である。


 通称『VRMMO』と呼ばれるそれは五感没入型のプラットフォームであり、専用環境を用いてVR空間にダイブしたユーザーは、痛覚を除いて現実と遜色ない感覚を味わいながら仮想世界を楽しむことが出来る。

 ユーザーは仮想世界を舞台にしたゲームを楽しむ者のみならず、社会人の会議や主婦のショッピング、さらには金融取引の場としても利用されており、その普及率は日本全国で九〇パーセントを超えている。

 現代におけるコミュニケーションや娯楽の主流が、このVRMMOであることは間違いない。


 そんなVR世界のあくる朝、BIG EDOの奉行所の一つである城下セントラル東支部にて、最奥の畳部屋で一人の大柄な男がコンソールの画面と会話をしていた。

 画面に映っているのは柔和な笑みを浮かべる中年男、その頭には光る丁髷ちょんまげが乗っている。


『昨日はご苦労だったね、オニヘイ君! 三件の犯罪者グループの拘束、実にお手柄だったよ』


「恐縮です、


 オニヘイと呼ばれた男は旗本の労いの言葉に対し、謙遜と敬礼で返した。その強面に笑みは一切なく、側から見れば名の如く鬼の様相であった。

 すると画面の向こうの旗本が少し困ったような表情を浮かべる。


『もう、そんなに畏まらなくていいんだよ? 仕事とはいえ現実リアルじゃないんだし、もっとフランクに接してくれていいんだから』


「いえ。旗本のご配慮は有難いですが、旗本に対して不遜な態度は取れませんので」


 旗本とは日本の戦国時代や江戸時代における武士の身分の一つであり、所謂「殿」と呼ばれる身分に値するが、BIG EDOにおいては奉行所セキュリティの統括管理者の呼称として用いられている。


 日本警察サイバー犯罪対策課――通称『サイバー課』に所属し、BIG EDOでは城下セントラル東支部の奉行を任されているオニヘイは、VR世界と現実の双方においてこの旗本の直轄の部下であり、互いに気心が知れている。


 しかし、オニヘイは生来の真面目な性格に反して普段は荒々しい言葉遣いのため、そのまま上司と接することは憚れるという理由で旗本の前では常に畏まり、そして堅物な態度を貫いていた。


『真面目だねぇ……まぁこの話はまたにしよう。ところで、最近働き過ぎじゃない? 昨日も遅くまでダイブしてたみたいだし、ダイブ疲れとかしてない?』


「いえ、現実であまり現場に出ない分、身体的な疲労は殆どないですから。その分働かなければ、他の課の者に示しがつきません」


『そうは言ってもいかめしい顔してるよ?』


「これはアバターの仕様です」


『冗談だよ。全く本当に真面目なんだから……たしかにサイバー課の仕事は他の課に比べると肉体労働は無いし、一昔前のVRMMOゲームブームの影響で「サイバー課は税金を一日中ゲームに費やしている」みたいに揶揄されたこともあったけど、VR世界でのコミュニケーションやシステム管理が主流の現代では、激増するサイバー犯罪への対策はとても重要なことなんだから』


「頭では分かっています。ですが……」


『君の気持ちは分かるけど、オーバーワークはご法度だよ。大丈夫、僕等の仕事はしっかりと国民を守っているよ。だから決して無理はせず、就業規則に従って仕事するように。分かった?』


 旗本は柔和な笑みを浮かべつつも、語調を強くしてオニヘイの先日の残業を咎めた。

 学生時代から警察として国民を守る仕事に憧れていたオニヘイは、VR世界という仮想空間の治安維持活動が国民の保護に繋がることを理解していはいるものの、それを実感する機会に乏しかった。

 その為に少しでも多くのサイバー犯罪者を検挙し、VR世界の平和維持に貢献することこそ自身が出来る最大限の社会貢献であり、今の仕事のやりがいだとオニヘイは考えていたのだ。


 昨日もオニヘイは他のセキュリティ達がダイブアウトした後、一人残ってデータベースの記録仕事を行い、翌朝から少しでも多くの仕事を熟そうと残業に勤しんだ。

 それは彼にとって苦ではなく、むしろそれを咎められた事の方に納得がいかなかった。

 しかし上司の言葉を無碍にするわけにもいかず、オニヘイは少し黙った後ゆっくり頷いた。


「……承知しました」


『うん。なんか返事に妙な間があったのが気になるけど、分かったならいいや。ところで、目安箱の投稿から気になる案件が上がったから共有しておくね』


 目安箱とは古くは戦国時代からある制度であり、江戸時代においては町人や百姓からの要望や不満を幕府に直訴させる制度として設けられたものだが、BIG EDOにおけるそれは各ユーザーから奉行所への要望や依頼の投稿を行う専用ポータルの事を指す。

 奉行所はこれに寄せられた投稿を閲覧し、システムの改善要望としてBIG EDOの管理企業『トクガワ』に送るか、必要なら奉行所が捜査や対応を行う規則となっている。

 システムの不具合などの改善要望はトクガワに回る為、既に要捜査案件として認められたということだろう、とオニヘイはすぐに思い至った。


『この三日間、下町の飲食エリア近辺でユーザーがされたという投稿が十二件も寄せられてね。これだけ聞くとトクガワに問い合わせる内容なんだけど、投稿を寄せたユーザー全員が妙なことを書いててね』


「妙なこと、ですか?」


 BIG EDOは、公共的VR空間故にダイブ環境とアカウントさえあれば基本的には誰でもダイブすることが出来る。

 しかしダイブにはいくつかの規約に同意する必要があり、違反・不正を行ったユーザーは管理側によって強制ダイブアウトされることがある。

 この強制ダイブアウト行為を『キック』と呼び、これを受けたアカウントは最低一ヶ月間凍結されるのである。


『投稿によるとユーザーはダイブアウトする直前、背中に変な感触が走ってから前のめりに倒れたんだって。しかもその感触というのが背中を斜めに横断する様な感じで、まるでチャンバラゲームのプレイ中にだったらしいよ』


「刀で斬られた……たしかに妙ですね。旗本もご存知の通り、BIG EDOでは我々奉行所やトクガワのシステム管理ユーザー、そして不正ユーザーを除けば直接接触してユーザーに危害を加えることは出来ませんし、ユーザーをキックする権限は我々にもありません。出来るとすれば上位の管理ユーザーだけです」


 一般ユーザーは不正にプログラムを書き換えでもしなければ他のユーザーに物理的な攻撃が出来ない仕様となっており、それが出来るのはセキュリティユーザー以上の権限に限られる。

 しかし実際にユーザーが物理攻撃を受けたうえで更にキックを受けていたとすれば、この三日間で起きた事象に対する報告としては早すぎる。

 なぜならVR専用ポータルの目安箱への投稿は、現実からの電子メッセージでは出来ないからだ。

 サブアカウントでダイブしている可能性もあるが、アカウント毎に維持費用がかかるため一人につき一アカウントが一般的だ。


 よって目安箱への投稿にあった強制ダイブアウトは、管理側が行ったキックではない可能性が高い。


「トクガワからの回答は?」


『確認してもらったら、該当する期間で行ったキックは一回だけで、しかも真反対の地区だって。ちなみに強制ダイブアウトが発生した地区では、システム的なエラーとかは一切観測されていないらしいよ』


「つまり管理側が意図したものではなく、システム的な障害でもないと……他には何か気になることはありますか?」


『他は……あ、一人だけ「所持してたクレジットが全部無くなってた」って書いてあったよ』


「一人だけ? 他のユーザーも同じなら強盗事件でしょっぴけるんですが……それとも、他はその事を稿とか」


『なるほど、もしも被害者が持っていたクレジットが不正なものだとしたら、それを盗まれたとは報告出来ないね。つまり被害を受けた殆どが不正ユーザー、という可能性もあるわけだね』


 旗本の言葉にオニヘイはゆっくりと頷く。

 仮に彼等の推測が正しいとすれば、不正ユーザー数人を無力化したうえでクレジットを強奪し、そのユーザーをキックした不正ユーザーが存在するということになる。

 これで奪ったクレジットを貧しいユーザーに配ったのなら義賊的行為だが、如何なる理由や目的があったとしてもサイバー犯罪には変わりない。


 ならば、奉行所のやることは一つだ。


『となると、まずは目安箱に投稿したユーザー全員の事情聴取が必要かな。あとは存在するかもしれない強盗キック犯の捜索だね』


「早速取り掛かりますか?」


『いや、まだ犯人がいると決まったわけじゃないから、まずはこちらで事情聴取を行って、その後正式に捜査をしてもらうよ。他の支部の奉行達には僕から連絡しておくから、与力・同心達に情報共有だけしておいてね』


「御意」


 オニヘイは旗本の言葉に再び敬礼で返す。

 やはり終始堅苦しい彼の態度に、旗本は苦笑いを浮かべた。


『やっぱり堅いなぁ……朝の報告は以上だよ。それじゃ本日も無理しない程度に、よろしくね』


 旗本は柔和な笑みを浮かべると、「通信終了」の言葉を最後にコンソールの画面から姿を消した。

 敬礼の姿勢のまま上司との通信を終えたオニヘイは、短く息を吐いて肩の力を抜く。

 自分から畏まった態度を取っているとはいえ、やはり普段の口調を一八〇度変えることは精神的な疲労を覚えるのだ。


「さぁて……今日もいっちょ町の平和を守ってやりますかねぇ」


「オニヘーイ! 朝の報告は終わったかーい?」


 コンソールを消しながらオニヘイが立ち上がったその時、どこからか彼の名を呼ぶ元気の良い声がオニヘイの耳に届いた。


「おうチュースケ! ちょうど今終わったところでい!」


 大声で返事をしながらオニヘイが襖を開けると、そこには鉄鎧と白い羽織を纏う細身の男が立っている。


 彼の名はチュースケ。オニヘイの同僚にして彼を補佐する筆頭『与力』である。


 少しにやけた笑みを浮かべているのは、オニヘイの普段とは全く違う口調の会話を盗み聞きしていたのかもしれない。

 そしてその後ろには、チュースケと同じ格好の二十余名の男達が整列している。

 チュースケと同じ与力達とその部下の『同心』達だ。

 彼等も揃ってにやけ顔の為、同じ様に盗み聞きをしていたか、あるいはオニヘイのそれを知っているのだろう。


 それを見たオニヘイは呆れた様子で溜息を吐くが、すぐさま袖を大きく振って堂々たる佇まいで彼等の前に立つ。


「オラ手前てめえらァ! 用意はとっくに出来てんだろうなァ!? 盗人! 下手人! 狼藉者! 今日も全部しょっぴいていくぞォッ!」


『応ッ!』


 オニヘイの気迫凄まじい号令に男達も力強く応え、すぐさま奉行所を飛び出していく。


 今日もBIG EDOの平和を守る為、サイバーセキュリティ達は韋駄天の如く街を駆け抜けるのだ。

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