第弐拾捌話「コンビネーション・ショートカット」
EDO中央管制塔の最上階へ行く手段は二つ。
一つは、エントランス中央に設置されたエレベーターを使用すること。
現実のそれと違い、コンソールを操作すればノータイムで乗り込むことが出来る瞬間移動システムだ。
本来ならばこのエレベーターで一刻も早く最上階へ向かいたいオニヘイだが、現在管制塔のシステムはタマモに掌握され、エレベーターを使用することは出来ない。
故に、オニヘイはもう一つの手段である「螺旋階段」を駆け上がっていた。
エントランスから最上階まで吹き抜けの塔の壁に設置された、大きな階段だ。
だが、それは常用されるものではない。あくまでもエレベーターがメンテナンス中で使用不可となった際に使用される非常用だ。
そして二〇〇
普段ならなんでもない所要時間も、現在のオニヘイにとっては非常に険しい道のりの要因となる。
なぜなら、連続する轟音と閃光と弾丸の嵐を生み出す二体の鵺がオニヘイを執拗に追っているからだ。
「しつけぇなァ……!」
オニヘイは背後から飛び交う弾丸を盾で弾きながら、延々と続く階段を駆け上る。
ただでさえ長い階段を鵺達の攻撃を躱しながら進むことは、決して容易ではない。並みのユーザーなら瞬く間に鵺の餌食となっていただろう。
加えて時間を掛ければ掛けるほど、外で鵺の大群と戦っている同心達の身も危うくなる。
オニヘイは責任と重圧によって自身が焦燥しているのを感じていた。
しかし「鬼奉行」と称されるこの男は、その程度の精神負荷で屈する様な
階段を駆け上りながらオニヘイは冷静に視線を周囲へ巡らす。
前方は延々と続く階段。残りは半分といったところ。
上方の管制塔の壁には、鵺の銃撃を躱しながら壁を駆けるチュースケの分身達。数は既に六体にまで減っているが、本体がキーマスターへ辿り着く為の囮の役割は十分に果たしている。
そして背後には、一瞬の気後れも許さぬ二体の鵺。少しでも後退れば獅子の牙がオニヘイの体に食い込むことだろう。
しかも二体の距離は徐々にオニヘイへと迫っている。
このまま一度も止まらずに走ったとして、最上階に辿り着く直前で追い付かれる距離と速さだ。そうオニヘイには理解出来た。
「ま、簡単にはいかねえよな……」
どうにかして状況を打開しなくては――オニヘイは再度周囲を見渡し、打開策を探す。
すると視界に入ったのは、十数
壁を走ることが出来るのは、チュースケの特殊なアバターと彼の操作スキルが成せる離れ業によるものだ。
そしてチュースケ達は壁を走りながら、エントランスから塔の上空へ撃ち出される弾丸の嵐を華麗に避けている。
だがそれも、指先だけで複数のアバターを同時操作する精密な動きが求められる難作業だ。
もしも走行と回避以外の動作を行えば、そのアバターは瞬く間に弾丸の餌食となるに違いない。
しかしオニヘイは、それぞれ別の位置取りで壁を走るチュースケ達を観察する中で「策」を思い付く。
成功すれば確実に最上階へ辿り着ける。だが失敗すれば一巻の終わりの危険な策。故にそれを実践することに、心中で躊躇うオニヘイだった。
それでも、元々この奪還作戦自体が全てのリスクを回避出来るものではないと思い直すと、オニヘイは心の帯を締め直し、すぐさまコンソールを開いて回線をチュースケに繋ぐ。
「チュースケ! 首尾はどうだ!」
『鍵部屋の鵺を片付けた。あとはキーマスターにアクセスするだけだ。そっちは大丈夫か?』
「このままだと奴らに追い付かれる! 手ぇ貸してくれ!」
『分かった。どうしたらいい?』
「俺に一番近い分身から、俺に向かって
『……なるほど、了解した! 本体の安全を確保したら合図する』
「任せた!」
回線を繋いだままオニヘイは右手のジッテブレードを収納し、代わりに鉤縄をストレージから取り出す。
銃型の射出装置がオニヘイの右腕に装着され、射出される鉤がオニヘイの右手首に固定される。準備は万全。
オニヘイは背後から注がれる弾丸の嵐を盾で弾きつつ、一番近いチュースケの分身を注視しながら走り続ける。
チャンスは一回。
現実ならば、オニヘイの額からは多量の汗が滴り落ちたことだろう。
そして十秒も経たないうちに、そのチャンスはやって来る。
『――よし、今だ!』
「
壁を走るチュースケの分身の一体が合図と共にオニヘイに向かって鉤縄を射出し、半拍遅れてオニヘイも鉤縄を射出する。
放たれた鉤縄は互いの中間点へ一直線に飛翔し、それぞれの鉤を握手をする様にして掴む。
『掴んだ!』
「今だ!」
その瞬間、オニヘイとチュースケは鉤縄の巻き直しを行う。
瞬間、巻き戻しの力を利用したオニヘイは階段から吹き抜けへと大きく跳ぶ。
対してチュースケの分身は壁を蹴って大きく跳躍し、空中で全身を回転させ、その力をオニヘイに伝える。
すると鉤縄の巻き戻す力とチュースケの遠心力の複合によって、オニヘイの体は上空へと引き上げられた。
オニヘイの体は、宙へ飛んだ。その高さはおよそ十五
これが秘策――鉤縄とチュースケの分身によるコンビネーション・ショートカットだ。
しかしオニヘイが飛翔する空中は、エントランスから鵺の機関銃斉射が続く危険な空間。
それを表すかの如く、上空へ向かうオニヘイと自由落下するチュースケの分身の位置が入れ替わった瞬間、チュースケの分身は瞬く間に弾丸によってハチの巣にされてデータの海へと還った。
チュースケの分身は残り五体。
勢いに乗ったまま滞空するオニヘイは弾丸を盾で弾きつつ、上方の壁を走る他の分身を視界に入れる。
「次だ!」
『思ったよりも面倒だなこれ! 二体で行くぞ!』
並走する二体の分身が壁を蹴り、飛翔の到達点に至ったオニヘイへ同時に鉤縄を射出する。
オニヘイも巻き取った鉤縄を再度上方へ射出。これにより飛翔するオニヘイの鉤を、分身達の二つの鉤が掴んだ。
瞬間、オニヘイが鉤縄を巻き取り、同時に分身達が体を対称回転。
巻き戻す力と二人分の遠心力が加わったことにより、オニヘイはさらに上空へと飛翔した。
これでオニヘイはより最上階へと近付いた――が、ようやく最上階の入口が見えたという辺り。
辿り着くには、あと一度か二度のショートカットが必要だ。
「まだ、足りないかッ……!」
直後、二体のチュースケの分身達は自由落下を始め、片方はそのまま弾丸の餌食に、もう片方はエントランスに落下し、鵺達の鋭い爪によって即座に切り裂かれて消滅した。
分身は、残り二体。
『オニヘイ!』
「分かってる! 次頼む!」
壁を駆けるチュースケの分身二体のうち、低い位置を走る分身が鉤縄を射出。
宙を飛び続けるオニヘイも先と同様、巻き直した鉤縄を再々射出。
二つの鉤が結びついつた瞬間、オニヘイの飛距離を伸ばすべく分身が全身を回転させ――。
轟ッ!
その時、エントランスの鵺達から放たれた弾丸のうちの一つが、分身の体を貫いた。
分身は体の構成データを維持出来ず、そのまま崩壊する様に足先から体を消滅させていく。
これにより体勢が崩れたことで分身の遠心力はオニヘイに伝わらず、オニヘイの体が上昇したのは分身の頭上二
分身は、最後の一体。
これでは最上階に届かない――そう直感したオニヘイが叫ぶ。
「チュースケ!」
『大丈夫だ。そのまま鉤縄を』
落ち着いているチュースケのその言葉に即応し、オニヘイは巻き直した鉤縄をすぐさま上方へ射出する。
その方向は、最後の分身。しかし分身はオニヘイから凡そ三〇
それはチュースケも承知のうえだ。そのうえでチュースケにはまだ策があった。
『
チュースケが
輝きは体を構成するデータが別のデータへ変換される際に生じるものであり、瞬きほどのそれが集束すると、チュースケの姿とは全く別の存在が現れた。
それは甲高い嘶きを響かせ、空を切り裂くように両翼を広げて飛翔する、最速の鳥。
「
隼となった分身はオニヘイが射出した鉤を目掛け、高速で降下。その速度は肉眼で捉えられない程に速い。
隼は屈強な足で鉤を掴むと、オニヘイごと上空へ急上昇――そのまま最上階を目指す。
エントランスからの斉射も、オニヘイを追っていた鵺からの射撃も、弾丸より速く飛ぶ隼とオニヘイを捉えることはもはや叶わない。
そうして弾丸を躱し続ける隼とオニヘイは、遂に塔の最上部へと辿り着いた。
隼は着地場所を確認すると掴んでいた鉤を離し、オニヘイを最上階へ続く扉の前に降ろす。
無事着地したオニヘイだったが、未だに滞空する隼を見上げ、恨めしそうに睨んだ。
「最初からやれよ!」
『知ってるか? 奥の手ってのは、土壇場で披露するから奥の手って言うんだぜ』
「調子いいなまったく……管制塔の鍵は確保してんだろ? 早くここ開けてくれ」
『はいよ』
オニヘイは親指で扉を指す。
最上階へ続く扉には、半透明な幕が張られている。それはタマモに施された強固なプロテクトだ。
だがチュースケは既にキーマスターの鍵を確保しており、管制塔内部の扉であれば開錠は彼の思うがままだ。
『これで……よし!』
チュースケの本体の操作によってプロテクトは指先一つで解かれ、扉を覆っていた幕はガラスが割れる様なサウンドエフェクトを発しながら、砕け散った。
オニヘイが扉のコンソールが操作可能なことを確認すると、鉤縄を収納し、ジッテブレードを装備し直す。
「チュースケ。俺が扉を通ったら、後ろの鵺共が入って来れないよう扉にロックを掛けてくれ」
『分かった。いよいよだな……どうする? もう分身は一体だけだが、俺も一緒に行くか?』
「いや、手前は管制塔のプロテクト解除操作に集中しろ。この作戦は、ウリスケ達が管制塔にアクセス出来るかどうかにかかってる」
『了解だ。俺の作った「鏡」はちゃんと持ってるよな? 急ごしらえだが、時間稼ぎくらいは出来るはずだぜ。いざという時には躊躇わずに使えよ』
「ああ。よし……行くぞッ!」
覚悟を決めたオニヘイが、指先でコンソールの「開」を押す。
すると最上階へ続く扉は開かれ、奥に押し込められていた眩い光がオニヘイ達に注がれる。
オニヘイはその光の中へ、迷わず飛び込んだ。
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