最終曲 剣客レクイエム
第参拾話「決死の刃」
「こりゃあ、中々ヤバい状況っすね……」
サイバーシティ『BIG EDO』の核、中央管制塔の周囲データを観測しながら、ウリスケが呟いた。
管制塔の防衛ラインは、始めこそ管制塔への侵入を防ぐ為に展開されていたものだったが、オニヘイとチュースケが塔内に侵入したことで役目を果たせずに終わった。
しかし戦線は維持されている。それどころか、鵺達の行動は防衛から攻勢へと一変していた。
「とりあえず、もっと細かいところを確認して……ん? チャット?」
ハッキングで戦況の詳細分析を始めようとするウリスケの端末に、チャット通信の着信が入った。
ウリスケは相手を確認して、すぐさま応答する。
『ウリスケ殿!』
「どうかしたっすか、西支部筆頭! 大丈夫っすか!」
通信主は、前線で鵺達と戦っている奉行所西支部の筆頭だった。
ウリスケはその声色に緊張と焦燥を感じた。
『オニヘイ殿達が管制塔に侵入してから、鵺共の勢いが増している! 数が集中している箇所を教えてくれ!』
「了解っす! 敵の分布モニタリングを共有します! 最初より数は減ってる! このまま踏ん張れば押し込めるっすよ!」
『助かる!』
ウリスケはすぐさまモニタリングを共有し、自身もそれを改めて確認する。
最初は二百を超えていた鵺達だったが、
しかし、それに反して鵺達の動きは加速し、攻撃はより苛烈となっていた。
鵺達には塔の防衛以上に重視する命令があるからだ。
精神移行プログラムの実行――その実態はEDOユーザーの脳のトレースと再現、そしてトレース元の停止である。
即ち「ユーザーの殺害」にほかならない。
『総員、迎撃準備! 鉄人を援護しつつ、防衛ラインを死守しろ! 気を抜けば命取りになるぞ!』
『応ッ!』
戦線を指揮する各奉行所の筆頭達が号令し、それに同心達が気合の声で応える。
迎撃状態でさえ難敵であった鵺達が、奉行所の防衛ラインを超えようと全力の攻勢に移ったことで、同心達はここが正念場だと察したのだ。
全力で鵺達を止めなければ、いよいよ死者が出ると。
「今は皆が踏ん張ってくれてるけど、これ以上時間を掛けたらマズイっすね……」
戦況を分析したウリスケもまた、現状維持が悪手だということは理解していた。
なんとかしたいと思いつつも、ウリスケは自分の役目を思い出して歯痒さで唇を噛む。
ウリスケの役目は、チュースケが管制塔の鍵を開けた後、タマモを倒す為に作った強力なクラック・プログラム――すなわち『必殺の武器』をオニヘイに送ることだ。
侵入前のオニヘイに持たせるのが理想だったが、作戦開始までにプログラムの開発が間に合わなかったのである。
「自分の腕がもっと良ければ」と、陰陽師級のハッカーであるウリスケでもそう思わずにはいらず、自分だけが安全な場所から仲間達の危険な状況を見ているという状況に、膝を揺するのが止められなかった。
「筆頭、筆頭補佐、早く……早く……!」
するとそんな切なる願いが天に伝わったか否か、再びウリスケのチャット通知が光る。
すぐさま相手を確認したウリスケは、笑みを浮かべながら即座に応答した。
「待ってたっすよ! 筆頭補佐!」
『すまねえ、遅くなった! だが手に入れたぜ――成功の鍵を!』
ウリスケに回線を繋げたのは、オニヘイと共に管制塔へ侵入しているチュースケだった。
それは手筈通り、チュースケが管制塔のキーマスターを掌握したということ。
勝利への道は開かれた。
『管制塔の防護壁を解いたぜ! オニヘイは今頃、最上階でタマモとやり合ってるはずだ!』
オニヘイの最上階到達をアシストした後、チュースケは自身の役割を果たすためにオニヘイと別れ、キーマスターの元へ向かった。
故に、タマモが待ち構えているはずの最上階の状況は、内部にいるチュースケにも把握出来ていない。
『早くアイツに、俺達の鬼奉行に、必殺の武器を送ってやれ!』
「もちろんっす! まずは最上階にハッキングして……よし! これで内部の映像が――え、え? えぇっ!?」
『どうした、ウリスケ! 何が見える!?』
「い、今、モニターを共有するっす! でも、これはっ……」
衝撃的な光景に動揺を隠せないウリスケは、口で説明するより早いとそのまま最上階内部の映像をチュースケに共有する。
その映像を目の当たりにしたチュースケもまた驚愕で言葉を失い、そしてあまりにも卑劣で陰湿なタマモの策に激しい憤りを覚えた。
――それは、仲間同士の殺し合いだったからだ。
『クソッ! タマモの仕業かッ……!』
「どうして……どうして! 筆頭とコウちゃんが戦ってるんすか!!」
二人の目に映ったのは、彼等の筆頭たる鬼奉行と彼等が取り戻すべき女剣客、それらが決死の刀を交える光景だったのだ。
卍
戟! 戟! 戟! 戟! 戟――!!!
管制塔の最上階にて、鋭利で甲高い音が幾度も残響する。
それらは、コウがオニヘイに対して怒涛の如く繰り出す斬撃が生み出したものだった。
瞳からは一切の色が失われており、コウは苛烈でありながら正確無比な攻撃を無言で繰り返す、無情の凶刃と化していた。
本来の明朗快活な姿はどこにもない。彼女を少しでも知る者なら、どう見てもタマモに操られていると分かるだろう。
それを一目で察知したオニヘイは目を覚まさせてやらねばと思うが、ジッテブレードごと右腕を斬り飛ばされている為、全く反撃出来ずにいた。
オニヘイは自らの腕の再生を待ちながら、左手の大盾で防御に専念することしか出来ないのだ。
しかし、休みなく続く猛攻はオニヘイの精神を少しずつ、確実に擦り減らしていく。
「ぐっ……オラァッ!!」
これ以上猛攻に押されまいと、オニヘイは気合いの怒号を上げながら盾でコウを押し返す。
するとコウは弾かれるように後退するが、追撃は繰り出さず、そのまま左後方に移動して距離を取った。
その行動に違和感を覚えたオニヘイは、すぐさまコウの、もといタマモの狙いに気付く。
コウが眼前から避けたことでそれまで遮られていた視界が広がり、後方に立つもう一体の敵の動きが見えたのだ。
『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!』
それは『九尾の狐』。
狐型の巨大な攻性ユニットが九本の機械の尾を扇の様に広げ、その先端に眩い薄紫の光を灯していた。
物々しい気配を漂わせる光は収束し、そして次の瞬間、溜めた力を解き放つように閃光が生じる。
「『
嫌な気配を感じたオニヘイは
直後、それまでオニヘイが立っていた場所に九条の太い光線が照射され、灼熱の高エネルギーが金属の床を焼き尽くした。
照射された床は虹色のデータブロックとなって宙に消えていき、円形の穴が出来上がる。
九本の尾は、全方位に照射可能なレーザー砲台だったのである。
「冗談じゃねえぞッ……!」
その光景を目の当たりにしたオニヘイは、冷汗が止まらなくなる。
建築物や道など地面に相当する物体は破壊不可能なオブジェクトであるはずだが、九尾はそれらにさえ干渉する力を持っており、鵺とは一線を画す力を見せつけたのだ。
九尾は間違いなくタマモの切り札であり、並みのユーザーならば瞬殺、オニヘイでさえ気を抜けば命取りだ。
そして休む間もなく、白刃が迫る――。
「ぐッ……!」
九尾の攻撃から息継ぎの暇すらなく、距離を取っていたコウが再び二刀による攻撃をオニヘイに仕掛けた。
対してオニヘイは腕の再生が完全ではなく、コウの猛攻を大盾でひたすら防ぐしかない。
先程の様に猛攻を受け続けることは悪手と判断したオニヘイは、攻撃のタイミングで大盾を強く突き出し、コウを弾いて距離を取る。
その一瞬、オニヘイが周囲に素早く視線を巡らせると、ふと九尾の姿が目に入った。
九尾は再び九本の尾に光の収集を始めていた。
強力な攻撃ほど溜めは必要であり、必ず「クールタイム」が存在する。
またあの凶悪な攻撃が来る――そう予感したオニヘイはタマモの戦略を理解して、思わず悪態を吐く。
「厄介な戦法仕掛けて来やがって! 畜生!」
コウの素早い攻撃による牽制でオニヘイの集中力を削りながら九尾の攻撃準備を待ち、九尾の準備が整ったところでコウはオニヘイから距離を取る。
すかさず九尾が全方位に照射可能な圧倒的火力の
全く隙が無く、反撃の余地を許さない。徹底的にオニヘイを排除しようという気概さえ窺える。
まさにAIが考えたらしい、慈悲も容赦もないタマモの戦略である。
「目を覚ませ! コウ! 手前、あんなヤツに操られっぱなしでいいのかよ!!」
このままでは腕が再生したとしても、状況を覆すことは出来ない。
そう思い至ったオニヘイは、一縷の望みを賭けてコウに呼びかけたのだ。
「……」
しかしオニヘイの呼びかけも空しく、コウは無言を貫いたまま距離を詰め、オニヘイへの攻撃を再開する。
戟、戟、戟、戟、そして戟。
怒涛の連撃は止まることを知らず、オニヘイの大盾の耐久値を少しずつ、しかし確実に減らしていく。
「クソッ! 聞く耳持たねえってかッ……!」
『無駄です。あなたの声は統率個体に届きません』
降り注ぐ声の方、上空をオニヘイは睨む。
そこには浮遊するタマモの姿があった。安全な場所からオニヘイを見下ろしているのだ。
コウの意識を封じ込めて人形の様に操るタマモに対し、オニヘイはこれまで以上に険しい瞳でタマモを睨む。
「タマモッ! 手前、なにをしやがった!」
『統率個体の陽電子頭脳を修正しました。白井亨をトレースした女剣客としての統率個体は、既に存在しません』
「下種ヤロウが……コウを元に戻しやがれッ!」
『いいえ、むしろこれが正常なのです。私は統率個体から異常を取り除いただけ。私の指示に従い、全てのユニットを統率するユニット。これが本来の姿なのです』
「なァにが本来の姿だ! 手前の都合の良い様にいじくっただけだろうが!」
オニヘイはタマモの言葉を一蹴し、猛攻を仕掛けるコウに向き直る。
大盾の耐久値は、もはや風前の灯と言っても過言ではない。
「おいコウ! 最強の剣士になるっていう手前の意志は、あんなヤツに消されちまうほど貧弱なもんだったのかよ!? 違うなら反論してみやがれ!」
「……」
「俺ァ知ってるぞ! 手前は喧しくて、生意気で、強情で、負けず嫌いで、ちょっとやそっとじゃ倒れねえやつだってことをよォ!」
オニヘイはより強く、コウの心に訴えかけるように叫ぶが、コウがその言葉に答える気配はない。
加えて盾の耐久値も、残り数回の攻撃で失われるまで削られていた。
もはや説得に掛ける時間も余裕も、ありはしなかった。
だが同時にオニヘイは、自身の右腕の再生が終わるタイミングを察知していた。
右腕の再生と盾の消滅するタイミングがほぼ同じだということも――。
「だからよ……オラァッ!」
オニヘイは大盾が耐えきれる最後の攻撃を受けた瞬間、コウの攻撃に合わせて盾を下方に叩きつける。
衝撃でコウの体勢が崩れると、オニヘイは再生が完了した右手にジッテブレードを装備、すかさずコウに斬り掛かった。
それは相手の隙を突く渾身の一刀であり、並みの剣士ならば避けることは出来ない決死の刃だったことだろう。
しかし、優れた剣客であるコウがその程度の不意でむざむざ斬られるはずもなく、脇差でジッテブレードの刃を迎え撃つ。
刃と刃が交差し、一際大きな甲高い音が響き渡った。
一瞬の隙を突いたオニヘイの渾身の一刀を、コウは尋常ならざる反応速度で防いだのだった。
それこそがオニヘイの狙いであるとも知らずに。
「手前の目ェ、俺が覚まさせてやるよ!!!」
オニヘイはジッテブレードの
瞬間、刃に電流が生じ、ジッテブレードの刃から接触する刀を辿って、強力なスタン電流がコウの体へと流れ込む。
連続する火花と砂嵐が混ざった様な轟音を伴う雷光が、コウの全身を青白い輝きで包み込んだ――。
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