第拾玖話「胸騒ぎ」


 オニヘイ達と鵺捜査隊の班員数名は飛行車両へと乗り込み、コウが示す方角へ直進していた。

 コウは先程から鵺の位置を感覚で理解しているらしく、度々南か西の各方角に進むよう指示を出している。

 奉行所支部から出た時と変わらず、方角は南西を維持。つまり鵺はあまり移動していないという事だ。

 昨夜の戦闘による損傷が影響しているのか、あるいは基本的な行動が夜間なのかは不明だが、動きが鈍っているならば追撃の機会は今しかない。

 尤も本当に鵺が居るかどうかすら定かではなく取り越し苦労になる可能性もあるわけだが、オニヘイ達の心中と車内は緊張で満たされている。

 特に直接相対したオニヘイとチュースケは鵺の恐ろしさを理解している分、自然と口数が減っていた。

 それでも、もし鵺を発見したその時は今度こそ逃してはならない。その為には同心達との緻密な連携は不可欠だと思い、オニヘイは車内の者達に声を掛ける


「作戦の最終確認だ。まず、俺とチュースケ、コウが先行し、奴を誘き出す。その間に手前らはヴァンガードを緊急出動スクランブルさせ、奴が現れたらターゲットを固定しろ。制圧行動が始まったら手前らは鉄人の邪魔にならないよう遠距離から射撃、動きが鈍くなったところで捕縛する。奴の攻撃範囲は広いうえにまだ隠された能力があるかもしれねえ。的確な距離を取り、決して足を止めるな」

『応!』

「チュースケ。戦法は昨日と同じ中距離から牽制だ。しかし今回は小機関銃サブマシンガンも使用出来るから、閃光弾は的確なタイミングで使え」

「了解した」

「コウ」


 続けてオニヘイはコウに声を掛けるも、コウは車窓からじっと外を見つめているだけで返事をしない。

 気配の探知に集中している様だ。


「コウ! おい聞こえてねえのか?」

「……あ? んだよ、こっちは慣れねえことやってんだから話しかけんな。耳だけ貸してやるから勝手に話してろ」

「そりゃ悪かった。返事はしなくていいからそのまま聞け。今のところ奴に有効打を与えているのは手前の攻撃だけだ。基本的には陽動をやってもらうが、捕縛前の最後の一撃は手前に任せる」


 そうオニヘイが告げると、コウは僅かに頭を傾けるだけだった。

 様子からしてやはりコウは探知に集中しているのだと思ったが、いつもより口数が少なく、また異様に大人しいその様子にオニヘイは少々違和感を覚えていた。

 思えば意識が戻ってからの彼女はどこかうわの空というか、心ここに在らずといった風でいつもの調子が無い。

 原因があるとすれば昨夜の鵺との戦闘中、突然意識を失った事だと安直な予想は出来る。

 しかしそもそもコウという不可思議な存在の根幹に関わる何かが影響しているのではないか、もしくはコウと鵺が何かしら関係している影響なのでは――そういった根拠のない想像ばかりがオニヘイの脳内で展開されていた。

 加えて先程からオニヘイの心中に生じている胸騒ぎ、それは鵺に対する恐れだけが原因ではない。

 これから何か予想もつかない出来事が起きる様な、そんな嫌な予感を察知する胸騒ぎだった。

 オニヘイは拳を強く握り締めることで気が散っている意識を一点に集中させ、その不安や胸騒ぎといった感情を必死に拭い去る。

 これから必要なのは作戦を遂行する為の冷静な思考と集中力、そして判断力だからだ。


「……この辺りだ」


 コウの呟きが無言の車内に響き渡り、緊張がさらに張り詰めていく。しかし覚悟を決めたオニヘイは迷わず飛行車両を真下に降下させる。

 間も無くして車両は着陸し、すぐさまオニヘイ達は車外に整列した。

 そして、オニヘイの号令が轟く。


「総員、作戦開始!!」

『応ッ!!』


 同心達の士気は高揚し、皆の意識が作戦遂行の一点に集中する。

 この時点でコウの気配探知は未確定であったにも関わらず、鵺がそこにいるという確信をその場に居た誰もが持っていたのだ。






 卍







『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!』


 甲高い悲鳴の様なノイズが混じる獣の不快な咆哮が轟き、恐怖を煽る音の波がオニヘイ達の鼓膜を揺さぶる。

 ノイズキャンセラーを通しても彼等の耳に届くその騒音が輸送コンテナ保管地ではなく町中で上がったのなら、その異常事態の発生に一帯は騒然としていたことだろう。

 コウの気配探知によって割り出したコンテナを開き、そこにチュースケが投げ込んだ閃光弾による挑発行為に反応した鵺は、潜伏していたコンテナを盛大に破壊してオニヘイ達の前に姿を現した。

 その姿は昨夜と同じくシルエットこそ四足歩行の肉食獣だが、全身を黒い影の様なもので包んでいるため全貌が計り知れない。

 正体不明、全長五メートルを超える巨躯、そして人間の神経に害を与える可能性、それら全てがオニヘイ達の恐怖心を煽る。

 それでもEDOを守る為に彼等は奮起する。


「ヴァンガード、緊急出動スクランブル!」


 同心のうちの一人がそう宣言した次の瞬間、彼の正面に高さ四米を超える大型のポッドが出現した。

 ポッドは蒸気を噴出するエフェクトを放出しながらその扉を開き、中から人型の金属体が飛び出す。

 現れたのは全長三・五米の鉄人、制圧兵器『ヴァンガード』だ。

 レスラーの様な頑強な体格を有し、太く重厚な四肢の各駆動を確認する動きをすると、ホログラムに覆われた顔で標的を探し始めた。


「目標捕捉!」


 同心達が小機関銃のスコープ光を投射し、五本の赤い光が鵺の体に集中する。

 するとヴァンガードはスコープ光によって定められた標的を制圧対象として補足し、顔面のホログラムから攻撃サインを示す赤い輝きを放つ。

 それと同時に牽制を行なっていたオニヘイ達が鵺から一斉に距離を取り、そしてその直後、ヴァンガードが鵺目掛けて一直線に突進した。

 さながらアメフト選手の如く強烈なタックルが繰り出され、それを正面から受けた鵺は大きく仰け反った。衝撃を逃がせず、悲鳴の様な咆哮を上げながら後退する。

 鉄人の攻撃は効果的の様だ。

 これに負けじと鵺もヴァンガードへ突進を仕掛けるが、ヴァンガードは両腕を広げて真正面からそれを受け止める。外見的には鵺の方が巨体だが、ヴァンガードは体格差を全く物ともしなかった。


「よし! いいぞ! 殴り飛ばせ!」


 同心の声に呼応するかの如く、ヴァンガードの攻撃サインが更に光輝き、ヴァンガードは右の拳でフックを繰り出す。

 重たい鉄人の拳が鵺の頭部に直撃し、鵺は再び咆哮を上げながら大きく仰け反った。続けて左の拳による鉄槌が鵺の頭頂部に落とされ、鵺は頭部から全身を地面に打ち付けれる。

 優位を取ったヴァンガードは左右交互に殴打を繰り出し、怒涛の連打で着実に鵺の身体にダメージを蓄積させていく。

 しかし鵺も黙って攻撃を受けるだけではない。

 鵺は攻撃を受けながらも鞭の如くしなる蛇の尾を振り回し、ヴァンガードの頭部目掛けて打ち出したのだ。

 蛇の尾は鉄人の頭部を素早く打ち抜き、これによりヴァンガードの動きが一瞬停止する。

 この隙に鵺は殴打から逃れると、仕返しとばかりに前足の爪による連撃を繰り出した。こちらも重く、そして鋭い攻撃だ。

 だがヴァンガードの装甲は鵺の爪よりも硬かったらしく、軽く仰け反ったものの装甲には傷一つ付いていない。

 反撃のヴァンガードからは、鵺の右側面を目掛けて鋭い回し蹴りが繰り出された。拳よりも更に重い一撃が鵺の肩に直撃し、衝撃により鵺は転倒する。

 追撃とばかりにヴァンガードは転倒した鵺の尾を両手で掴むと、全身の膂力と遠心力を使って鵺を振り回し、勢いのままその巨体を放り投げた。

 宙を舞う鵺はコンテナ保管地まで投げ飛ばされ、コンテナの山を破壊する騒音を響かせる。


『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!!』


 鵺は悲鳴の如き咆哮を上げながら、大地に横たわった。

 ヴァンガードの優勢で進む怪物対鉄人の戦いに、オニヘイ達から歓声の声が上がった。


「さすが我らの鉄人! 圧倒的だぜ! このまま一気に――」

「おい見ろ! 鵺の姿が……!」


 ヴァンガードに投げ飛ばされた鵺は蹴りの衝撃で機能不全を引き起こしたのか、それまで身に纏っていた黒い影が霞の如くかき消えていく。

 ほどなくして影を失った鵺の全貌が明らかとなり、オニヘイ達は遂に鵺の本当の姿を目の当たりにした。


 その姿は、まるで機械の白獅子だった。


 全身はチタン合金の如き銀発色の装甲に覆われ、身体や四肢は機械関節や排出口が剥き出しとなっているが、たてがみの様な流線形の装甲や逞しい身体、鋭い爪を持つ四本の脚は猛獣のそれだ。

 全てが機械仕掛けでありながら生物的な要素も持ち合わせたそれは、機械生命体と呼ぶべきデザインだ。

 鵺は全身から漏電エフェクトを現しながらも力を振り絞る様にして立ち上がり、自身を弾き飛ばしたヴァンガードの方へと向き直る。

 そして鵺は背の装甲を大きく開き、中から砲塔の様な回転台と、砲の代わりに二枚の細長い金属板を現した。その外見にオニヘイは見覚えがあった。

 脳裏に過ぎるそれの記憶を辿ると、最新軍用兵器の情報誌で目にしていたことを思い出す。

 それは二本の電磁誘導体製レールの間に発生する磁場と、電気を通す弾丸との相互作用によって超高速で弾丸を射出する強力な兵器。


 その名を『電磁加速砲レールガン』――。


「退避ィーーッ!!」


 オニヘイが叫んだその直後、鵺の背に備わった二枚の金属板に青白い電流が迸り、そして空気を切る音と共に一発の弾丸が発射された。

 弾丸は目にも留まらぬ速さでヴァンガードの胸部に直撃し、激しい衝突音と爆発音を生じさせた。

 その凄まじい威力によってヴァンガードは十数米後方へと吹き飛び、ヴァンガードの周囲に控えていた同心達も爆発の余波で数米程吹き飛ばされた。

 鵺の電磁加速砲の外見と機能は現実のそれ並みに強力の様で、吹き飛ばされたヴァンガードも激しい損壊により漏電エフェクトを現し、その場から起き上がれずにいた。余波を受けた同心達のアバターですら機能障害を起こしている。


「マジかよっ……!」


 距離を取っていたチュースケの驚嘆の声が皆の心情を代弁した。

 先程まで優位を取っていたはずのヴァンガードを、たった一度の射撃により行動不能に陥らせた事が彼等には信じ難かったのだ。

 しかし目の前で起きたそれは紛れもなく事実であり、鵺は一撃で奉行所の最大戦力を倒してしまう驚異的な兵器に他ならない。

 光明から一転、皆の心が絶望の影に染まり始めるのを感じ、オニヘイの額から汗が噴き出す。この場の誰しもが「打つ手なし」という言葉を脳裏に浮かべようとしていた。


 ――ただし、一人の女剣客を除いて。


「くらいやがれえええッ!!」

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――!?』


 コウの叫びがコンテナ保管地から轟いた。

 いつの間にかコウはに立っており、刀を鵺の首に深々と突き立てていたのだ。鵺が投げ飛ばされた時点でトドメの一撃の為に既に動いていたのだろう。

 それを視認したオニヘイは即時援護の為にチュースケと共に小機関銃を構え、鵺の両側面から一斉に射撃する。

 首と側面、三方向からの攻撃に鵺は堪らず暴れるが、揺れる鵺の上でもコウは振り落とされる事なく、全身に力を込めて突き立てた刃を更に押し進める。


「ああああああああああああッ!!!」


 コウは一際大きな叫びを上げ、首に深々と刺した刀を力の限り捻った。

 何か鉄線の様なものが一気に断たれた様な音が鳴り、直後、暴れていた鵺はその動きをピタリと止めた。

 鵺の重要な回路が完全に切断されたのか、あるいはそれまでのダメージが影響しているのかは分からないが、やがて鵺の赤い目からは光が失われ、鵺は咆哮を上げることもなく、力を失った様にしてゆっくりと地面に倒れ伏した。

 それが鵺の行動不能サインである事をオニヘイ達が理解するのに、さほど時間は要らなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……おれの、勝ちだッ!」


 息を荒げながらも鵺の上でコウが勝鬨を上げ、それを皮切りに同心達の歓声が轟く。

 ヴァンガードと同心達数名を行動不能にされたあの状況のまま戦闘が続けば、全滅する可能性すらあった。それ程に鵺とは恐ろしい存在だった。

 だがコウは一切臆することなく、また己の身を顧みずに攻撃を仕掛け、そして鵺を倒すことに成功した。この時のコウの姿と行動はその場に居た者達によって所内に広められ、盛大に讃えられることだろう。

 オニヘイもコウに大事がなく、また予想外の事はあったものの作戦通り鵺を行動不能に出来たことで、ほっと胸を撫で下ろした。

 しかし作戦はまだ終わっていない。改めてオニヘイは鵺の姿を目視にて確認する。

 その全身は銀色の装甲に包まれており、外見はまさに機械で出来た獅子だ。尾の実態は蛇ではなく、先端に巨大なペンチを備えた長いワイヤーアームだった。

 データ崩壊が起こらないことを見るに、プログラム自体は破壊されておらず、ヴァンガードとコウの攻撃によるダメージで一時的な行動不能状態に陥っているのだろうとオニヘイは推測した。

 すぐに拘束の準備をしなければ――そう思い、チュースケに声を掛けようとした矢先の事だった。


「なんか動いてるぞ!? 離れろ!」


 同心の一人が突如そう叫んだ。

 すぐさまオニヘイが鵺の方を見れば、確かに鵺の背の装甲だけが動いている。が、それは電磁加速砲の箇所ではない別の部分だ。

 装甲は蓋の様に上方に開いていき、中からポッドの様な金属体を排出した。アバターなら一人分は入りそうな大きさである。

 さらに出現したポッドは側面を扉の様に開き、その中から何かが地面へと落ちる。その形をオニヘイは遠目ながら理解した。人型だ。

 どうやら鵺には搭乗者が居たらしい。

 その搭乗者がユーザーのアバターだとすれば、それを捕縛しなければならない。オニヘイとチュースケの二人は即座にそう判断し、鵺から地面に落ちて未だ仰向けに倒れている人型へと駆け寄った。


 しかし、近付いてその人型の正体を確認したオニヘイとチュースケは、電流が走ったかの如く揃って身体が動かなくなった。


「な――」

「おいおいおい、どうなってんだこりゃ……!?」


 二人が目にしたそれが、彼等にとって余りにも衝撃的だったのだ。

 地面に横たわる人型、それは間違いなく人であった。

 ラバースーツの様な服が爪先から首までをぴったりと包み、それにより全体の線が細く女性型であることもすぐに分かった。近未来一色の服装で、EDOでは見ない格好だ。

 しかし彼等が驚いたのはその女の姿ではなく、の方だった。

 意識を失っているらしく目と口は閉じられているが、その顔には非常に見覚えがあるのだ。


「……おれと、同じ顔……?」


 二人の背後に立っていたコウの呟きを耳にしたその時、オニヘイは漸く胸騒ぎの正体を理解した。

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