幼馴染の山吹さん2

プロローグ 文学少女は理想の出会いを夢見ている

プロローグ 文学少女は理想の出会いを夢見ている



 青春の夢に忠実であれ。


                   フリードリヒ・フォン・シラー





「……いや、絶対あの人だよ。めちゃくちゃ文学少女って感じするもの。僕たちが探している文学少女は、きっとあの人だよ」



 僕は向かいに座る少女に囁く。顔を近付けて、できるだけ声を抑えながら。ここは図書室だ。大きな声を出すわけにはいかない。人に聞かれたらまずいから、どこであろうと小さくせざるを得ないけど。



 放課後。帰宅する生徒や部活に向かう生徒で騒がしくなる時間帯に、そこだけ遮断されたかのように静かな場所がある。図書室だ。本棚に囲まれているその部屋は、放課後になるとそれなりに生徒が集まってくる。机や椅子が用意されているスペースがあり、そこで自習に勤しんでいる生徒がよく見られた。


テスト期間になると、もっと増えるらしい。


 そして、僕たちは自習するわけでもなく、机の一角に座っている。ふたりでだ。


「ねぇ、小春。あの人がそうなんでしょ? 文学少女なんでしょ?」



 僕は再び、向かいの彼女へ問いかけた。しかし、彼女の返事は「わたしに訊かれても知りませんよ」と素っ気ないものだった。


 小さな身体でだぼだぼのセーラー服に袖を通し、肌は綺麗な小麦色。その上、髪は銀色で毛先は桃色というエキゾチックな見た目の女の子。眠たげな瞳は翠色だ。


しかし、そのおかしな組み合わせは上手く調和されている。とても可愛らしい子だ。顔の作りが整っているからだろう。


 不可思議な見た目の通り、彼女は不可思議な存在だ。青春の呪いの精霊。それが彼女の肩書きだ。名前は白熊猫しろくまねこ小春こはるという。



 彼女を呪いの精霊だと証明するものが、僕と彼女の間に置いてあった。机の上にある黒い本。辞典のように分厚いこの本の名は、〝青春ミッションボード〟と呼ばれている。


今、〝青春ミッションボード〟は開かれ、僕たちが行う青春ミッションが書かれている。



『図書室の奥に座る、髪の長い乙女。彼女こそが文学少女。文学少女が望む理想の出会いを果たし、彼女の物語を完結させろ』



 このミッションをクリアするために、僕たちは図書室にやってきている。そして、それらしい人を見つけたわけだ。つい呟いてしまう。


「多分、あの人だと思うんだけどな……」


 図書室の最も隅に位置する席に、その人は座っていた。連想させるのは黒い猫。真っ黒な長い髪は腰まで届き、前髪は目を隠すほど伸びている。それにやたらと大きな眼鏡を掛けていた。黒縁の大きな眼鏡だ。眼鏡と髪のせいでほとんど表情を読むことができない。



 彼女の手にはハードカバーが握られている。読書に夢中になっているせいか、姿勢はよくない。本に顔を近付けて読んでいるため、かなりの猫背になっている。ここからではわかりづらいが、長身であることが窺えた。



 文学少女。彼女にはその言葉が妙に似合う。



「えぇ、そうね。きっとあの人が文学少女だわ」



 突然の第三者の声に、驚きのあまり叫び出しそうになった。瞬時に図書室ということを思い出し、何とか抑え込む。


 ただ声を掛けられただけなら、僕もそこまで驚かなかっただろう。しかし、僕の両肩にぽん、と手を置かれた。それがいけない。



 声の主は山吹やまぶき灯里あかりさん。


彼女は僕の肩に触れながら、覗き込むように黒髪の女性を見つめていた。近い。かなり近い。それとあまりに無防備なボディタッチ。そういうのやめてほしい。普通の高校生なら、今のだけで好きになるぞ。


 彼女の名前は山吹灯里。世界一かわいい女の子でありながら、僕の幼馴染でもある少女だ。


 腰までさらさら流れる髪は艶があり、この世のものとは思えないほどの美しさを放っている。白く透明感のある肌はとてもきめ細かく、瑞々しさが半端ではない。きっとおそろしくすべすべしていると思う。ぱっちりした瞳や、つんと主張する鼻、やわらかそうな唇。どれもがひとつの芸術品のよう。美人は三日で飽きるとか鼻で笑える。


 白いセーラー服はとても似合っていて、まるでこの制服が彼女のためだけに存在しているかのようだ。ふっくらと膨らむ胸はもちろん魅力的だけど、彼女の真骨頂は足にある。背はそれほど高いわけではないのに、足が異様に長いのだ。


すらりと伸びる白い足。短く感じるスカート。文句なしの一級品である。



 灯里ちゃんは僕から手を離し、隣の席に腰掛けた。僕に顔を近付けてくる。口を手で覆いながら、「それでね」と囁いてくる。いや、だから近いって。すぐ近くで彼女の髪が揺れる。灯里ちゃんの瞳がすぐそばにある。僕が身体を引くと、なんで離れるんだ、と抗議の目を向けてきた。



「いや、ちょっと近いから……。普通の高校生なら、この距離は照れる、というか」


「あぁそう。確かに近いけれど、我慢してよ。あんまり大きい声出せないんだから。というか、これだけ近くに世界一かわいい顔があれば嬉しいでしょ?」



 嬉しいけども。話に集中できないんだって。と言っても灯里ちゃんは聞いてくれないので、あまり顔を見ないようにしながら、彼女の話に耳を傾ける。


「昼休みや休み時間を使って何人かに聞き込みしてみたけど、文学少女といえばやっぱりあの人。二年生は総じてあの人のことを指していたわ。


あの人は二年の瀬尾せお未咲みさき先輩。気付けばいつも本を開いている人らしいわ。本好き。本の虫。文学少女。〝青春ミッションボード〟に書いてある『図書室の奥に座る、髪の長い乙女』にも当てはまっているし、間違いないわよ」



 調べるとは言っていたけど、そんなことをしていたのか。

 彼女――瀬尾先輩が文学少女というのは間違いないようだ。


「まぁ実物を見たのは今が初めてなんだけど……、んー……」


 灯里ちゃんは顎に指を当てながら、瀬尾先輩を見て目を細める。しばらく眺めていたかと思うと、「……良い」と呟いた。


「あの人、眼鏡が合っていないのと、髪が長いせいでわかりづらいけど、かなりの美人ね」


「えぇ?」


 灯里ちゃんに言われ、改めて瀬尾先輩を見る。髪と眼鏡のせいで目元が隠れているし、今は俯いている。よく見えない。顔を把握することができない。


 しかし、僕が一生懸命見つめていると、彼女の髪が揺れた。風が吹いている。瀬尾先輩の近くの窓が小さく開けられていて、そこから風が入り込んでいるようだ。その勢いが一瞬だけ強くなる。彼女の髪を大きく揺らした。


 目を隠す前髪も風で流され、彼女は顔を上げる。揺れた髪を手で押さえる。目は窓の外へ。


 その瞬間、僕は目を奪われた。


 眼鏡の奥にある瞳は大きく、そして澄んでいた。その輝きは朝焼けの湖畔を彷彿とさせる。透き通っていて深い。こちらが放心しそうなほどに。


 綺麗な鼻筋に、細くて美しい顎のライン。控えめな唇。顔のバランスがとても良く、そのうえすべてが整っていた。白い肌が光を反射し、揺れる髪には艶がある。文句なしの美人だ。


 もし彼女が眼鏡を外し、髪を流して歩いていたら、きっとだれもが振り返ってしまうだろう。重く見える長い黒髪も、彼女の綺麗な顔と合わされば、深窓のお嬢様のようだ。清楚。楚々。大人っぽくて物静かなお姉さん。そんな印象を与える。


「ね」


 山吹さんがにこやかに笑う。


「灯里さんの美人を嗅ぎ分けるセンスは、人智を凌駕していますね」


 小春は褒めているんだか、そうじゃないんだか、どっちとも取れない感想を言う。


「あ、あとこれは瀬尾先輩のクラスメイト情報なんだけど」


 灯里ちゃんは潜めている声をさらに小さくした。周りに漏れないよう、ひっそりと言う。


「体育の着替えのときに見ちゃったらしいんだけど、瀬尾先輩、相当胸が大きいらしいわよ」


 ――ほう。


 言われた瞬間、僕は視線を瀬尾先輩へ走らせる。目線は彼女の胸部へ。視力よ上がれ、と念じながら、彼女のセーラー服を必死で見つめる。しかし、本で隠れているうえに、彼女は猫背だ。ほとんど確認できない。くそ。都合良くあの本透けないかな。


 そこではっとなる。


後ろからふたつの視線を感じた。恐る恐る振り返ってみると、にやにやした笑みを浮かべる山吹さんと、じっと僕を見つめる小春の姿があった。


喜一郎きいちろうさんもしっかり男の子ですね。このすけべ」


「ほんと。巨乳だって聞いた瞬間、必死で見ちゃってさ。やーらしーんだ」


「……いや。あんなことを言われたら、普通の高校生だったら見るよ。見ちゃうよ」


 それはほとんど本能だ。巨乳だよ、と言われて胸を見ない人はいないと思う。脊髄反射なのだ。好き嫌いは関係ない。熱かったら手を引っ込める。梅干を見ると唾液が出る。巨乳と聞けば胸を見る。


「男の人はみんな胸の大きい女性が好きと聞いたんですが、本当ですか?」


「完全に誤解。人によるから一括りにするべきじゃない。僕はバランスタイプだし。全体の調和を重んじるよ」


「ちょっと格好良く言うのやめてくれない……? おっぱいの話でしょ」


 それより、と灯里ちゃんは〝青春ミッションボード〟に触れる。彼女の指先が七色に光る文字をなぞった。



「文学少女は見つけた。次はここ。『文学少女が望む理想の出会いを果たし』、の部分。今からきぃくんは、瀬尾先輩が望む理想の出会いをしなくちゃいけない」


「理想の出会い、って言われても」



 それが何かわからない。僕がそれをできるかどうかも未知数だ。理想の出会い、理想の出会いねえ。彼女はどんな出会いがいいんだろう。というか、そんなもの本当にあるんだろうか。


 僕が首を傾げていると、灯里ちゃんは髪をイジりながら口を開く。


「あるんじゃない? 友達と話してると、こういう感じで出会いたいー、って言ってる子もいるわよ。ドラマみたいな出会い方ね。……で、これはあくまで想像なんだけど」


 そう前置きをしてから、ちょっとはしゃぎながら彼女は言う。


「瀬尾先輩って本が好きなわけじゃない? 読書家の理想の出会いといえば、あれよ。こう、本を取ろうとしたら、隣の男性も同じものを取ろうとしてて。手が触れ合っちゃって『きゃっ』みたいな。『この本、お好きなんですか?』から始まる恋……、っていうのはどう?」


 灯里ちゃんは手振り身振りを加えて、熱っぽく言う。どうと言われても。確かにドラマや映画では、そんなシーンを見たことがあるけれど……。


「なんというか、ベタじゃない?」


「そういうのはベタな方がいいんだってば。それともきぃくん、ほかに何か思いつく?」


 そう言われると弱い。さっぱり思いつかない。

やはりここは、女子の感性を信じた方がいいかもしれない。僕が考え込んでいると、「あ。先輩、読み終わったみたい」と肩を叩かれた。


 見ると、瀬尾先輩は分厚いハードカバーを閉じていた。なぜか、そのままの体勢で固まっている。余韻に浸っているのだろうか? 彼女はしばらく姿勢を変えなかったが、おもむろに立ち上がった。長い髪がさらりと揺れる。ゆっくりとした足取りで本棚に向かった。


「ちょうどいいじゃない。ほら、きぃくん。チャンスが来たわよ」


 気持ちが固まる前に、ぽんぽんと背中を叩かれてしまう。されるがままに、僕は立ち上がった。灯里ちゃんの言葉も一理あると思ったし、それ以外に理想の出会いなんて思いつかない。何より、灯里ちゃんがじゃれてくる感じがこそばゆく、つい乗せられてしまった。


 そろそろと瀬尾先輩が歩いていった方へ向かうと、すぐに彼女は見つかった。本を棚に戻している。そして、そのまま本棚を物色し始めた。視線を動かし、棚に入った本をゆっくり見ている。のんびりした動きだ。時折、ぐっと本に顔を近付けている。随分と距離が近く、眼鏡が本に当たりそうになっていた。


 そっと彼女の隣に陣取る。既に心臓が早くなっている。僕は平静を装いながら、本を探すふりをした。悪いことをしているわけではないのに、妙に居心地が悪い。


 ええと、同じ本を取るんだっけ? 彼女の動きを横目で探る。


「んー……」


 小さく声を漏らしながら、瀬尾先輩は本棚を見つめていた。声は無意識だろう。本探しに熱中している様子で、隣に僕がいることは気付いていないようだった。視線が一度もこちらを向かない。ちらりとも見ない。


ただただ、目の前の本を一生懸命に見つめている。彼女の一挙一動に注目した。同時に本を取るなんて、結構タイミングとしては難しい。


 だからつい、彼女のことをじろじろ見てしまった。


 憂いを帯びる瞳には妙な魔力がある。顔立ちが綺麗なために大人っぽい。それが彼女の雰囲気に合っていて、『年上の綺麗なお姉さん』という感じだ。もちろん、長すぎる前髪や大きな眼鏡のせいでわかりづらいけれど、この距離だと魅力が伝わる。


 それに、背も高い。僕と同じぐらいではないだろうか。背筋を伸ばせば多分そうだ。

それに彼女はおっぱいが大きい、らしい。胸を張ればモデルさんのようになるかもしれない。胸の大きさを見極めたいところだけど、どうにも姿勢が悪いためにわからない。惜しい。いや、口惜しい。


「………………」


 視線に気付いて、そちらに目をやる。灯里ちゃんがこっちを見ていた。呆れた表情を浮かべて、ジェスチャーで「見過ぎ」と伝えてくる。

……そんなに見ていただろうか。見ていたかもしれない。美人だから見ていて飽きない、というのもあるけれど、本を探す姿勢が可愛らしかったのだ。夢中になっている姿が。僕が隣でじろじろ見ていても、彼女は気付かないくらいに熱中していた。


 とはいえ、僕も年上のお姉さんを見たいがために隣にいるわけではない。理想の出会いを果たすためだ。集中しないと。そう僕が気持ちを改めたときだった。


 瀬尾先輩が本に手を伸ばした。


 ここだ。僕も慌てて手を出す。幸いながら間に合った。

瀬尾先輩が本に指を掛けたところに、僕の手がぶつかる。あたかも本を取ろうとして手が重なってしまった、という状況ができた。

 ただ、予想外なのは彼女の反応だった。


「ひゃっ」


 可愛らしい悲鳴を上げながら、瀬尾先輩はすごい勢いで手を引っ込める。まるで弾かれるようだ。そのせいで、勢いに巻き込まれた本が床に落ちる。隣り合う本もぼろぼろ落ちる。

あああー、とふたりしてしゃがみこんだ。


「す、すみません、すみませんすみません」


「あ、いや、こちらこそすみません」


 瀬尾先輩は謝罪の言葉を連呼しながら、慌てて本を拾い集める。その声はか細く、うろたえていた。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。想像以上に驚かせてしまった。彼女は僕に気付いていなかったし、突然隣から手が出て来たらびっくりもするだろう。


 ふたりして本を棚に戻し、再びすみません、と重ねる。彼女の声は小さくて聞き取りづらく、おどおどと視線を彷徨わせてこちらを見てはくれない。小動物を思わせる。背は高いのに。


 これで本当に理想の出会いといえるのだろうか。お互いが気まずい思いをしただけのような気がするが。


 どうすればいいだろう、と僕が迷っていると、奥で灯里ちゃんが何やら動いていた。会話を繋げろ。ジェスチャーでそう伝えてくる。


……と、言われても。僕だって、そんなに話は得意じゃないのだけど……。


 瀬尾先輩は本棚と僕に視線を行き来させていた。意外にも彼女は「あ、あの」と僕に声を掛けてくる。


「こ、この本……、お借りになるんですか」


 瀬尾先輩が指差したのは、先ほど彼女が取ろうとしていた本だ。


「ええと……、気になったのでちょっと見てみようかと思いまして。面白そうだったら、借りようかな、と……」


 それらしい理由を返す。即興にしては上出来だ。その本を棚から引き抜き、あたかも興味があるかのようにぺらぺらと捲ってみる。


「お、面白いと思いますよ。すごく人気な作家なんです、わたしも大好きです。その本は少し前に出たばかりなんですが、評判もかなりいいですし、わたしもずっと読みたいと思っていて……。本屋さんでもすごくオススメされていて……」


 彼女は聞き取りにくい声ながらも、本の良さを教えてくれる。なるほど。そんなふうにオススメされると、読んでみようかな、という気になってくる。しかし、ふっと疑問が沸いた。


「……先輩はこの本を借りるつもりはなかったんですか?」


 僕が尋ねると、瀬尾先輩は口をつぐむ。彼女は両手を胸の前でまごまごさせながら、恐る恐る口を開いた。


「そ、そうですね……。ずっと貸出中だったのでなかなか借りられなくて……、今日見たら却ってきていたので手に取ろうとしたのですが……」


 ……そこを僕が邪魔してしまったと。それは申し訳ないことをした。読んでみようかな、なんて思っている場合ではない。楽しみにしていた瀬尾先輩が読むべきだ。そもそも、僕はこの本に本当に興味があったわけではないのだし。


 なので、僕は当然、「あぁじゃあ、先輩、どうぞ持っていてください」とその本を差し出した。


「よ、よろしいんですか……」


 口元に手を当てて、おどおどしながらも彼女は言う。「いいです、大丈夫です」と本を前に突き出すと、瀬尾先輩はそれを受け取ってくれた。


 やはり、彼女は読みたかったのだろう。表紙を眺める彼女に笑みが浮かぶ。優しくてふわっとした微笑みだった。どきりとさせられる。文学少女とはまさしく彼女にぴったりで、本を眺める姿はまるで絵画のようだった。

本当に綺麗な人だ。眼鏡と髪をイジれば、物凄い美人になるのではないだろうか。


 瀬尾先輩は深くお辞儀すると、本を持って立ち去っていった。取り残された僕は大きく息を吐く。こんなものだろうか。とても『理想の出会い』をしたとは言えない気がするけど……。きっと秋人あきひとなら絵になるのだろうが、何分こちらは普通の高校生だ。これが精いっぱい。


 僕が灯里ちゃんたちの方へ戻ろうとすると、同じタイミングで彼女たちも立ち上がっていた。合流すると、灯里ちゃんが僕の腰をぽんぽんと叩いてくる。


「結構いい感じだったんじゃない? 上出来上出来」


「そ、そう?」


 灯里ちゃんにそう言われると、ちゃんとできたかも、と思えてくる。我ながら単純だ。


 貸出手続きを終えた瀬尾先輩は、そのまま図書室から出て行った。「追うわよ」と灯里ちゃんがすぐさま続く。図書室から出ると、瀬尾先輩はゆっくり廊下を歩いていた。丸まった背中と、腰まで伸びた黒髪が揺れるのが見える。その背中を追う。


幸いながら彼女の歩行速度は緩やかだったし、後ろを振り返ることもなかった。難なく尾行が続けられる。灯里ちゃんは彼女を眺めたまま、呟くように言う。


「さっきので理想の出会いは済ませたとして……、次は『彼女の物語を完結させろ』だったかしら?」


 僕は頷く。ここまではいい。しかし、この『彼女の物語を完結させろ』というのはさっぱり意味がわからない。どういうことなんだろう。それがわからないから、僕たちはヒントを得るために瀬尾先輩のあとをついていっているわけだ。



 僕たちがこんなおかしなことをしているのには理由がある。




 それは、先日の七夕祭りでの出来事が原因だった。



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