第一章 玉砕は始まりを連れて 2


「この学校の七不思議ぃ?」


 ぼくはつい、とんきような声を上げてしまう。しかし、休み時間の教室はさわがしく、ほかの生徒の声はそれ以上に大きい。そのおかげで目立たずに済んだ。


『学校の七不思議』なんていう久しぶりに聞いたその言葉には、安っぽいだとかどもだましだとか、そういうマイナスのイメージばかりおもかぶ。高校生にもなって七不思議って。


 しかし、どうやら相手はそう思っていないらしい。ぼくの反応を気にすることなく話を進めた。


「そうそう。校舎裏にれた桜の木があるだろ? あれがのろわれているんだってよ。男にフラれた女のれいだとか。夜中にその前を通ると、女のすすり泣く声が聞こえてきて、その女にのろころされるらしいぜ」



 ぇよなぁ、と彼女は全くこわくなさそうな口ぶりで言った。

 ぎよう悪くの上にあぐらをかいていて、スカートの上には弁当箱を載せている。そこをはしがうろちょろしていた。

 後ろの席のぼくと向かい合って、もごもごとお弁当を食べている。



 ぼさぼさの長いかみこし辺りまでばし、子供のように幼いようぼうの彼女。背は低く、顔もふくめて全体的に小さいのが彼女のとくちようだ。とても高校生には見えない。


 くりくりとした大きなひとみはいつもこうしんかがやき、小さな口で大きく笑う。


 スポーツをすれば小さな身体でじゆうおうじんめぐり、いつも楽しそうにはしゃいでいる。よく男子に混じって身体を動かしているくらいだ。


 大人しくしていれば声や見た目は可愛かわいらしいのだが、それを本人に言うとおこってしまう。大好きなねこを相手にしているときなんか、とても女の子っぽいとは思うのだけれど。



 彼女の名前はづかつばさ。ぼくのクラスメイトである。

 基本的に男女ともに友達が多い彼女ではあるが、席がぼくの前になってからはこうしてよく話をしている。



 大きなからげを一口で口に放り込むと、はしぼくに向けてつばさは言った。



「高校でも七不思議ってあるんだなぁって思ってよ。おれのとこにも小学校まではあったけどさ。いちろうのところはどうだった?」


「七不思議ねぇ……、そういえば中学にはあったかも。夜中に一段増える階段とか、女子トイレのおくから聞こえるすすり泣きとか、夕方に現れるはだかコートのおじさんとか」


「最後のはお前、ただの変質者じゃねぇか」



 そう言ってつばさはげらげら笑う。彼女なら変質者にってもかえちにしてしまいそうだ。



「まぁおれはそういうホラーが苦手だからよ、今度から桜の木には近付かないことにした。えーからな」


「そうは言っても、つうはあんなところ近付かないでしょ。夜中だったらなおさら


「夜中に忘れ物を取りに行くかもしれねぇじゃん」


「いや、やめなよ危ないから……」



 ぼくあきれながら言っても、彼女は聞く耳を持たない。へいへい、とぞんざいに言いながらご飯を口に運んでいる。


 ちなみに今は昼休みではない。教室内はにぎやかだが、お弁当を食べている生徒は彼女だけだ。あと一時間授業を受ければ昼休みだというのに、体育のせいで空腹の限界だったらしい。うれしそうに食べている。


「うわぁ、これめっちゃかわいい!」


 かんせいにも似た声が聞こえてきて、何となくそちらに目を向けた。教室のすみだ。まどぎわの席にクラスの女の子が集まっている。机の上に雑誌を広げ、きゃいきゃいと楽しそうな声を上げていた。



 複数の女子の中心、雑誌が開かれた席に座っている彼女。彼女はひまわりのように笑っていた。ひときわかがやく、とてもれいな女の子。


 そこにいるのは、ぼくおさなじみでもあるやまぶきあかさんだった。



「これかわいいよねぇ。こういうの欲しいなぁ」


「駅前のアウトレットにこれに似たやつ売ってたわよ。今度いっしょに行く?」


「あ、ほんと? 行きたい行きたい! あーでも、これわたしに似合うかなぁ……」


なら似合うと思うよ。足長いし、色も白いし。でもそれなら、ブラウンのがいいかなぁ……。あ、それともうひとつ似合いそうなのがあって……」


 雑誌をぺらぺらめくりながら、やまぶきさんは話を続けている。そばにいた子は、ふんふんと鼻息あらく聞いていた。



「あ、あった。これとかに似合いそうじゃない? 前に似たようなの買ったんだけど、合わせやすいし便利だよ」


「んん……、確かにいいなーって思うけど……、あかも持ってるんでしょ? じゃあわたし着れないよぉー……」



 彼女は残念そうにしながら、やまぶきさんと雑誌とをこうに見つめている。まぁ気持ちはわかる。自分より容姿がすぐれた人と同じ服を着るのは、結構勇気がいるものだろう。それも相手はやまぶきさんだ。しりみするのも仕方ない。



 しかし、周りの女子は慣れたもので、


あかと比べてもきわみだから」

「同じ人種じゃない、と思うくらいでちょうどいい」

あかの無意味な見た目の良さは、逆に利用するくらいでいけ」


とさらりと言っている。当の本人もほおづえを突きながら、


「そうそう。わたしは世界一かわいいから。世界で一番だから。わたしの方が可愛かわいくなっちゃうのは当たり前。だから気にしなくていいよ」


 そんなことを言う始末。かみでてからにっこりと笑うその様子は、なるほど確かに世界一。遠くにいるのにまぶしすぎる。油断すると目がつぶれそうになるので、ふいと視線を外す。


 それと同時だ。その冷たい声が届いたのは。



「──何が世界一かわいい、だよ。ブース」


 教室の中をぴりっとした空気がめる。にぎやかだった生徒の声が、いつしゆんで静まり返った。やまぶきさんに聞こえるよう、わざとそういうタイミングで言ったのだろう。


 声の主はわかる。同じまどぎわ、一番前の席だ。そこに座っている女の子と、そばに立っているふたり。


 彼女たちはにやにやとした笑みを張り付けていた。

 実際に口に出したのは、おそらくに座っている女の子。彼女の名前は、もりぞのれいな人だ。


 そのれいな顔をゆがめて、いつもやまぶきさんをおもしろくなさそうな顔で見ている。


 目つきがするどく、所謂いわゆるネコ目がとくちようてき。それに合わせるように細いまゆ、形の良い耳にリップがられた厚いくちびる


 かみかたにかかる程度。しようは校則で禁止されているが、バレないよう目立たないように、所々にほどこしてある。スカートはギリギリまで短くしていた。


 意地悪そうな印象を与えるけれど、確かに彼女は美人だ。やまぶきさん相手だとが悪いだけで。


 それがおもしろくないのだろう。だから、彼女の口から「ブス」なんて言葉が飛び出した。


 ……何ともいんけんだ。悪口は人の心をきしませる。言われた方も、聞いていた人も。たとえやまぶきさんが聞こえなかったふりをしたとしても、黒い感情は腹にまるだろう。



「──だれだ、今ブスって言ったのはッ!」



 ……ただまぁ、ぼくおさなじみは容姿に関する悪口は決して許さないのだが。


 静まり返った教室に、彼女のごうと机をたたく音がひびわたる。やまぶきさんが立ち上がり、そのひとみもりぞのさんへと向けた。相手を見つけた。やまぶきさんは勢い良く彼女の方へ近付いていく。


 もりぞのさんもこうから来るとは思わなかったのだろう。あつに取られていたが、すぐに表情をもどす。やまぶきさんをにらかえしながら、彼女をむかとうとしていた。



「今、言ったでしょう。わたしのことをブスだと言ったでしょう」


「あぁ言ったね。何が世界一かわいいだよ、バカじゃないの? 調子に乗ってんじゃねぇよ、鏡見ろやブース」


「ど、こ、が、ブスだ! 鏡なんて毎日見てるっつーの! どこをどう見てもこれ以上ないほどの可愛かわいさをほこっているでしょうが! 目悪いの? じゃあよく見ることだな!」



 声を張り上げていたと思うと、やまぶきさんはもりぞのさんのセーラー服をつかんだ。見守っていた人たちにきんちようが走る。

 暴力か、とあせをかいたけれど、やまぶきさんは頭をぶつけるほどに顔を近付けただけだった。


きたない顔近付けてんじゃねぇよ、ブス! 視力落ちるわ!」

「はぁー!? ブスじゃないですー、たとえブスだとしても世界一かわいいブスですー!」


 などときんきよっている。



 なんだろうこれは。



 めていた空気がほどけていく。彼女たちはしんけんなのだろうが、たがいの主張を聞いているとあまりにバカらしい。バカバカしい。

 まぁこれもすぐに終わるだろう……、と思っていたら、やはりすぐに収まった。ごえがやんだのである。


 やまぶきさんの手はもりぞのさんをつかんだままだが、その口からごうは出てこなかった。頭をはなしてじっともりぞのさんを見つめている。その表情に先ほどのいかりはない。まどうのはもりぞのさんの方だ。っていたかと思えば急に静止してぎようしてくるのだから、不気味ですらあるだろう。


 案の定、「な、なんだよ」とやまぶきさんの手をはらった。


「……あなた、前の学校では自分が一番かわいいと思っていたクチ?」


「は?」


 完全にいかりがけきった声で、やまぶきさんはたんたんと問いかける。


「いや、わたしにっかかってくる人ってたいていそういう人なのよね。前のかんきようではちやほやされていたのに、わたしのせいでその地位がなくなっちゃった人」


「……っ」


 どうやら図星だったらしい。もりぞのさんは顔をゆがめると、キッとやまぶきさんをにらみつけた。その眼にはいかりが宿っている。「関係ないだろうが」と声をあらげるが、それはやまぶきさんの言葉に答えているも同然だった。


 しかし、それさえも聞こえていないように、やまぶきさんはじぃっと彼女をながめている。そうして、目をらすことなく口を開いた。



「もちろん、わたしほどではないんだけど……、確かにあなた、かわいいわね」


「──は?」


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