第一章 玉砕は始まりを連れて 3


「こんなにまつ毛が長い人って見たことないなぁ……、でも、ファンデりすぎじゃない? 今はやりすぎない方がいいよ、まだ若いしはだれいなんだから。先のことも考えた方がいいわよ?

 あとかみ! すごくさらさらよね。シャンプーは何使ってるの? どうやって保持してる?」


 ばややまぶきさんは言葉を重ねていく。言葉だけではなく、彼女の手がもりぞのさんにれていく。ほおあご、耳やかみに手がびていった。


 もりぞのさんの表情はこんわくに変わっていたが、あわててやまぶきさんの手をはじく。


「さ、さわんな! 気持ち悪いんだよ、寄ってくるな!」


「えー、いいじゃーん。教えてよー、どこで買ったやつー?」


 結局、べたべたとさわってくるやまぶきさんにれず、もりぞのさんは席を立って教室の外へげていった。それをやまぶきさんが追いかけていく。それで、このそうどうは終わりを告げた。残されたクラスメイトはぽかんとするしかない。もりぞのさんのそばにいたふたりも同じだ。一部をのぞき、ほとんどの生徒はただただこんわくしていた。


「……何だったんだ、ありゃ」


 それはつばさも同じだったらしい。はしくわえたまま、もりぞのさんの席をながめて言う。ぼくにとってはそれほどめずらしい光景ではなかったので、不思議そうにしているつばさに答えをわたした。


やまぶきさんはかわいいものやれいなものが好きで、それは人に対してもいっしょなんだ。それにだんはあんまり人にきらわれることってないから、たまにあぁやってぎらいされると近付いちゃう。好きになっちゃうんだって」


 その見た目の良さゆえに、彼女をこつきらう女性はいる。しかし、そういう人をやまぶきさんは好んでしまう。好意丸出しの相手をきらうのは難しい。ものすごい美人がしたってくれるならなおさらだ。


 そうやってやまぶきさんは自分をきらう相手と友達になっていった。きっともりぞのさんもそうなるのではないだろうか。



 ちなみにこれは同性相手の話である。やまぶきさんの法則に気付き、彼女にきらわれるよう動いた男子がそのままつうきらわれたアホなケースもある。


「昔からなんだよね。変わってない」


 ほおづえを突いて、ぼくは独り言のように言った。気がゆるんでしまっていたのかもしれない。はっとしたが、もうおそかった。


「昔から?」


 つばさのはしが止まる。彼女はまゆを上げたかと思うと、ぼくの方にぐっと身体を寄せてくる。彼女のかみが机の上をでていった。

 にやっとした笑みをかべながら、つばさは口を開く。


「なんだよ、いちろうってあかと昔からの付き合いだったのか。もしかして元カノ?」


ちがうって」


 何でそう話がやくするのか。あぁ口をすべらせた。あまり人に言いたくない話なのだが、変にごまかしてもふくみがあるように聞こえてしまう。やまぶきさんとの関係を聞かれて、そういうふうに話す人もいるが、あれはかなりこつけいだ。それと同じにはなりたくない。


おさなじみなんだよな」


 ぼくが口を開くより早く、その声はぼくたちに届いた。いつの間にやってきていたのか、彼はぼくたちのそばに立っていて、たんせいな顔に笑みをかべている。


 さらりとしたかみひとみの前でらし、えりあしは首筋をかくすほどばしている。つり目がちながらやさしげなひとみ、外国人のように高い鼻。


 同性のぼくから見ても格好良い。それに加え、同じ一年生とは思えないほど背が高く、すらりとした体型の持ち主である。足の長さには目を見張ってしまう。



 容姿の良さは群をいているのに、人のおせつかいばかり焼いているのが彼のとくちようだ。今もそう。楽し気に口を開いている。


「家が近所で、小中高と学校までいっしょなんだよ」


「……なんで君が言うのさ、あきひと


 ぼくあきれながら言うと、彼は悪びれもせずにかたすくめた。


 彼の名前はきりやまあきひとぼくの小学校時代からの友人である。当時は身体も小さく、それに合わせるようにひどく気弱だった彼はここ数年で劇的にへんぼうげた。


 いつもぼくの背中にかくれていたと言っても、信じる人はだれもいないだろう。


「へえ。おさなじみ


 つばさは興味深そうにあきひとの言葉に反応した。視線はぼくからあきひとへ。あぁ、やっぱり。それだけ、『おさなじみ』という言葉にはりよくがある。


「小学校のときなんて、いつもいっしょだったからな。おれずいぶんしつしたもんだよ」


 なつかしそうに目を細めるあきひと。またいい加減なことを。ぼくと彼女の話をするなら、きちんと最後まで説明するべきだろう。


「……昔の話だから。仲が良かったのも、いっしょに遊んでいたのも。中学に上がってからはほとんど会話もしてないよ」


「なんだ。そうなのか。つまんねぇな」


 つばさは本当につまらなそうに言った。再び弁当箱に意識をもどすと、「男女のおさなじみってもんは、もっとおもしろいものだと思ってたんだけどな」と勝手なことを口にする。


 本当に勝手だ。


 ぼくだって期待していた。おさなじみの女の子。昔からのおさなじみ。小さなときからずっといっしょにいて、どんどん可愛かわいくなっていく女の子がおさなじみで、期待をしないわけがない。


 問題は、その子が自分ととうていわないくらいに可愛かわいくなってしまったことだろう。


「ん? あきひといちろうと、小学校からの付き合いなのか」


「あぁ。あのころおれいちろうのあとばかり追いかけててな。いじめられっ子だったおれいちろうは守ってくれたんだよ。おれと、あとあの子のヒーローだったよな」


 ぼくが物思いにふけっていると、思わぬ方向に話が進んでいる。あきひとを見ると、彼はぼくにウインクをしてみせた。

 なんとまぁ。

 男のウインクなんて気持ちが悪いだけだと思うのだけれど、あきひとの場合は様になるからおそろしい。


 あわてて話を止めようとしたが、すでにつばさの耳には届いてしまっている。彼女は「いちろうがヒーロー? あきひとじゃなくて?」とおどろいた声を上げた。変身ポーズを取りながら。


 そう思うのも仕方がない。つうは逆だと思うだろう。


「それも昔の話だって。今は何のもないつうの高校生なんだから、変なこと吹き込むのはやめてよ」


「はいよ。ま、そういうことにしておこう」



 あきひとはふっとほほむと、ぼくかたをぽんぽんとたたいて席をはなれていった。その背中を見ながら、つばさがつぶやく。


いちろうがヒーローってことより、あきひとがいじめられっ子だった、って方が信じらんねえな」


 同感だ。今のやたらと格好良いあきひとからは想像するのも難しい。ぼくだって、たまに自分のおくが信じられなくなるくらいだ。


「ごちそうさまでした!」


 突然、つばさがそんな声を上げる。いつの間にかくしていたらしい。空っぽの弁当箱を前に、つばさはパン! と両手を合わせた。はー、食った食った、と幸せそうにお腹をでている。


「それって今日のお弁当でしょ? お昼どうするのさ」


「ん? そうだなー、こうばいでパンだな。あー、何食おう」

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