幼馴染の山吹さん/第2巻好評発売中!!

道草よもぎ/電撃文庫・電撃の新文芸

幼馴染の山吹さん

第一章 玉砕は始まりを連れて

第一章 玉砕は始まりを連れて 1



 たましいのこもった青春は、そうたやすくほろんでしまうものではない。


                   ハンス・カロッサ    





 小さいころ、少しの勇気を出せばだれもがヒーローになれた。


 小学生のころの話だ。ぼくの大好きなおさなじみは、いつも男子にちょっかいをかけられていた。きっと彼らも彼女のことが好きだったのだろう。


 彼女はすでに世界一のへんりんを見せていたし、ような愛情表現をぶつけられていたわけだ。バカな男子にありがちだ。


 教室の前を通りかかったとき、彼女が泣きそうな顔になっているのが目に入った。周りには何人かのクラスの男子。すぐに理解した。いやがらせだ。


 周りの男子がへらへらしているのが見えて、ぼくいかりでカッとなる。


 そのまま飛び出しそうになるのを、そばにいたあきひとが止めた。服のそでをぐっとにぎられる。


 こっちはこっちで泣き出しそうになりながら、彼は「やめようよぉ……」と教室の中を指差した。



 男子の中にガキ大将がいたのだ。横にも縦にも大きく太った身体をらし、いつも乱暴なふるいをするやつ。ケンカだって強い。あんなやつたてくのはやめよう、とあきひとは忠告してくれたわけだ。



 しかし、ぼくは聞く耳を持たなかった。


「おとこはおんなにやさしくしなくちゃダメなんだ」


 わかったようなことを言いながら、ぼくは教室の中へ飛び込んでいく。


「こらー! あかりちゃんをいじめるな!」


 そうやってぼくは、いつも彼女を守ろうとした。


 そうすることが、彼女との約束だったからだ。





 昔はそうやって、いつでも飛び出していったものだ。


 だというのに、今のぼくは息を殺しながらものかげかくれている。そこから彼女を見つめている。出ていくつもりはもちろんない。

 ずいぶんじようきようが変わってしまったものである。


 今の彼女はいじめられているわけではないのだから、当然なのだけれど。むしろ逆だ。好意を寄せられている。


おれ、前からやまぶきのことがいいなって思ってて……。よかったら、付き合ってくれないかな」


 とんでもないところに居合わせてしまった。


 ぼく──あおいちろうは校舎のかげに身をひそめ、じっとしている。早く教室にもどりたいところだけど、さすがにじやをするわけにはいかないだろう。



 校舎裏にある大きな桜の木の下、そこに彼らは立っていた。ほかにひとかげはない。遠くから運動部のごえや生徒の笑い声が聞こえてくるけれど、わずかなものだ。静かな場所だった。


 どこかさびしさを感じてしまうのは、きっと桜の木がれてしまっているからだろう。


 告白をするにはあまり向いていなさそうだが、めつに人が通らないという点ではばっちりの場所だ。ぼくだってだんなら近付きもしない。


 彼だって、まさかゴミ捨て帰りの生徒がここにかくれているとは思いもしないだろう。



おれたちあいしようもいいと思うんだよ。ほら、話していてもそう思うだろ? 話題も合うしさ。おれは彼女を大事にする主義だし、絶対幸せにするから」



 彼はりも加えながら、言葉をどんどん重ねていく。笑みをかべているが、どこかぎこちなかった。きんちようしているのだろう。


 それもそうだ、告白の真っ最中なのだから。名前は知らないけれど、確か彼はぼくと同じ一年生だ。どこかで見た覚えがある。背が高く、長いかみが整った顔立ちによく似合っている人だ。クラスの中心にいるような、格好良い人だった。女の子にもよくモテるのだろう。


 しかし、この時期に告白とはなかなか手が早い。今はまだ五月で、入学してから一ヶ月しか経っていないというのに。


 そんな人が告白する女の子は一体どんな子なのだろう……、そう思って彼女の方を見て、あぁなるほど、となつとくした。


 告白シーンなんてめずらしい。


 ぼくにはそう思えることだけれど、彼女にとってはつうのことだ。にちじようはん事。何のへんてつもない日常的な出来事だった。入学してから一ヶ月、きっと彼女はいつもこうやって愛の告白を受けていたにちがいない。


「えーと……、そう言われても、ね……」


 案の定、彼女は困っていた。男子生徒からの愛の告白に全くれることなく、視線をらしながらほおいている。


 確かに彼は格好良い。けれど、彼女にはとてもわなかった。いや、う男なんて存在するのだろうか。


 彼女が立っているその場所。そこだけまるでスポットライトを浴びているかのように、かがやいて見えた。



 まず目をうばわれるのが、こしまで届く長いかみ。よく手入れされたそのかみは、一本一本がごくじようきぬいとのようで、きらきらとかがやいている。

 

 さわってみたいと心から思うようなかみだ。つやのあるさらさらとしたかみが風にれる様は、見ていて芸術的でさえあった。


 吸い込まれそうなほどにとおった切れ長のひとみ、形の良い鼻、桜色のくちびる

 人形でさえ作るのが難しそうな整った顔立ちだ。その宝石のような目で見つめられたら、みずみずしいくちびるから名前を呼ばれたら、どうにかなってしまうのではないだろうか。


 それに加えてはだだ。雪を思わせる白いはだはいかにもすべすべしていて、もしれられるのなら、ずっとさわっていて時間が経つのを忘れてしまいそう。



 背はそれほど高くないのだが、スカートからのぞく白い足はおどろくほど長い。すらりとした足は見ているだけでドキドキする。


 短いスカートと白いくつしたのみで守られているということが、こころもとないと感じるほどだ。


 セーラー服を持ち上げる胸は特別大きいわけではないけれど、美しい身体のバランスを作っている。



 彼女の名前は、やまぶきあか。自他ともに認める、世界一かわいい女の子だ。


 そして、ぼくおさなじみでもある。


「ダメかな? おれ、これでも結構モテるし、割とお似合いだと思うんだけど……」


 彼女──やまぶきさんの反応がかんばしくないと感じてか、彼は自分のセールスポイントを挙げた。なかなかの自信家だ。世界一かわいい女の子を前に、お似合いだと言い張るというのは。



 彼女は苦笑をかべながら、気まずそうに目をらす。しかし、にごすのもどうかと思ったのか、あきらめたように口を開いた。


「ごめんね。わたし今、だれとも付き合うつもりないのよ」


 何の気負いもない、さっぱりとした答えだった。気持ちがいいくらいだ。取りつく島がないとはこのことで、彼女は少しも告白を受ける気がないのがはっきりとわかる。


「理由聞いてもいい? もしかしたら、何とかできるかもしれないし……」


 どうあってもひっくり返せないだろうに、それでも彼は食い下がった。なまじ女性にモテるからだろうか、簡単には引き下がれないのかもしれない。


「単に恋愛っていうのがよくわかんないだけだよ。好きだとかいとしいだとか、そういう気持ちがまだわからないの。それがわかるまでは、そういうのはいいや」


 そう言って、彼女は小さく笑う。そこだけぱっと花がいたようだ。もう少しでれるところだった。それは彼も同じようだったが、彼ははっとした表情を作ると、なおも食い下がろうとする。


「い、いやさ、そういうのって付き合ったらわかったりするもんじゃん? 最初は何とも思っていなかったけど、付き合っているうちに好きになった、とかよくあるケースだし、おれたち絶対上手くいくって。おれ、お前のことすごく好きだし、大事にするしさ。初めて会ったときからずっと、かわいいなーと思っててさ……」


「確かにわたしは世界一かわいいけども」



 ぼうそうしかけていた男の言動を、ぴしゃりと彼女の声が止める。少しばかりいらちが混じっていた。


 やさしくやんわりと断っていたのに、それにあまえてろうとする男の態度にいかりがいたのかもれない。彼女はあきれたように、いい? と指を差した。


「そういうのは自分で決めたいの。自分の気持ちで動きたいの。人にあーだこーだ言われたくないし、あなたにも言われたくない。わたしが言えるのは、あなたと付き合う気はない、ただそれだけ!」




 結局、やまぶきさんはそうはっきりとフッてしまった。


 さすがにそこまで言われてしまっては、ねばる気も起こらなかったのだろう。男はとぼとぼと立ち去って行った。その背中には悲しいものを感じるが、これはごうとくだ。


 やまぶきさんがやさしく言っているうちに引き下がれば、ここまでへこむこともなかったろうに。


「……ん」


 おどろいた。やまぶきさんが彼をフったことに対して、ぼくはほっとしているのだ。あぁよかった、と思ってしまっている。


 ……なんとまぁ。


 ここ数年、ちゃんとした会話をした覚えのないおさなじみ相手に、よくこんなことを思えるものだ。やまぶきさんに彼氏がいようがいまいが、きっとぼくの立ち位置は変わらないというのに。


「あーあ」


 その声につられて、再び彼女の方へ目を向ける。やまぶきさんはぐーっとびをしていた。びが終わると、つかれた表情でかたに手を当てる。


「まったく。可愛かわいすぎるっていうのも、考えものだわね」


 と、何ともごうかいなことを言ってのけた。実際、彼女は大変なんだろう。あれだけのぼうを持っていると、どうしても人をきつけてしまう。引き寄せてしまう。先ほどのような告白も、彼女にとっては日常の出来事に過ぎないのだ。



 男たちはそれこそ勇気をいだき、決死の思いで彼女にアタックしているのだろう。強くこいがれ、どうしようもなくなったれんの情を、まっすぐに彼女へぶつけている。


 そしてくだける。

 ぎよくさいしてしまった好きという気持ちは、悲しみやそうしつかんへと変わっていき、好きだった気持ちと同じくらいの激情となる。


 それはどこへいくのだろう。


 はぁ、とやまぶきさんが大きくため息をいた。慣れているとはいえ、まっすぐにぶつけられる感情を受け止めるのはつかれるのかもしれない。


「……ん?」


 それに気が付いたのは、ぼくの方が早かった。思わず目を細める。なんだろう、あれは。いや、ちがいか……?


 やまぶきさんの口から、何か黒いものが出ていたのだ。けむりのような黒いもの。それは雲か何かのように、空へのぼっていく。彼女は目をつぶっているせいで、それに気が付いている様子はなかった。口から妙なものが出ているのに、やまぶきさんは平然とそこに立っている。


「……え」


 やまぶきさんは目を開けたしゆんかん、ぎょっとした表情をかべた。それはそうだ。自分の口から何やらおかしなものが出ているのだから。


 彼女の口からていたけむりは、すぐに止まった。しかし、おかしなことは止まらない。今度は全身だ。彼女の身体から、黒いけむりのぼっていく。もくもくとした黒いけむりが、確かに彼女の身体からあふれている。


「な、なにこれっ。え、なに? なんなのっ」


 やまぶきさんはおびえた声を出しながら、そのけむりを手ではらおうとする。しかし、その手からもけむりのぼっているし、勢いも弱まらない。あふれていく。


 大量のけむりが空に放たれるが、まるで意思を持っているみたいに桜の木へからみついていった。れた桜の大木にだ。黒いけむりが枝に巻き付いて、その先でふくらむ。まるでどす黒い花がいているようだった。



『──人の感情の力というのはすさまじい。れんしようけい、期待、かつぼう、無念、しゆうしつ、絶望、ぞう。それが若者の激情ならば、なおさらだ』



 ……なんだ、この声は。



 聞いているだけで不安になってくるような、みような声が聞こえてくる。あのけむりからだ。重苦しい、ノイズが混じったような声が。


 桜の木に巻き付いたけむりは、いつの間にか大きな人のような形を作っており、ふくがった部分は顔にさえ見えてくる。おそろしいぎようそうの人形。


 そんなものがしゃべるはずないのに、そのけむりが発する声をぼくはしっかりと受け取っていた。



「な、なに、この声……、どういうことなのよ、これ……」


 そして、それは彼女も。


 やまぶきさんは大きくふくがったけむりを前に、真っ青な顔でくしていた。


 いつの間にか、桜の木を中心にけむりが囲いを作っていた。ぼくたちの周りをけむりうごめく。けむりの中に閉じ込められてしまっている。

 外の風景は見えず、この校舎裏だけが世界からはなされたかのようなさつかくおちいる。それがよりきようしんあおる。何なのだ、この空間は。一体ぼくたちは何を見ている……?


『貴様は、人の感情を集めすぎた。よりによって力の強い感情ばかり。容姿がすぐれた貴様は人からあこがれを集め、男どもを否定することによってたんを集めた。はやそれはおさえが効かなくなっている。こうやって、形を作るほどに、だ』


 ぼくたちの混乱をよそに、けむりは話を続けていく。


 意思を持っているかのごとく、そのけむりやまぶきさんにかたけていた。そんな信じられないじようきようだというのに、その話の内容に意識がいく。


『わたしは貴様が集めた感情を具現したもの。あおくさい想いのけんげん。それがほことなって貴様をつらぬく。このどうしようもない感情の行き先は、貴様をのろうことで終着をむかえる』


「は……? の、のろい? のろう、ってわたしを……?」


 やまぶきさんはけむりに言葉を返す。すると、けむりも同じように返事をした。会話が成立してしまう。


『そうだ。〝青春ののろい〟とでも言おうか。今から貴様はのろいを受ける』


「そんな……っ!」


 やまぶきさんは悲痛な声を上げる。けむりと会話をしているというおかしなじようきようだというのに、いや、そういうじようきようだからこそ、そのけむりの言葉には真実味があった。


 れいな顔をきようの色に染めながら、やまぶきさんはふるえる声でうつたえる。


「み、みんながわたしを好きになって、でもわたしがフッちゃったから、それでのろわれるっていうの!? そ、そんなのおかしいじゃない。わたし、何も悪いことしてないのに!」


 ……その通りだ。あんまりだ。勝手にやまぶきさんを好きになって、フラれたからといってのろうだなんて。いくらなんでもひどすぎる。やまぶきさんの言う通り、彼女は何も悪いことはしていない。


 そのやまぶきさんのうつたえを、けむりはいともあっさり受け入れた。


『そうだ。貴様は何も悪くない。悪いというのなら、さかうらみや失望をかかえたやつらの方がよっぽど悪い。しかし、えてしてのろいとはそういうものだ』


 受け入れた上で、けむりはそう否定した。みような力強さを感じる言葉だった。彼女がのろいを受けるのはけられない。


 そののろいはかいできるようなものではなく、ちがいなく彼女に降りかかってしまうもの。そう断定されているようだった。



 やまぶきさんは絶望に染まった表情をかべ、浅い呼吸をかえしている。

 ぼくはそれを見つめることしかできない。校舎のかげから、ただ見ていることしかできない。


 あぁ、まさか。



 あの話が本当だったなんて、と。


 

 ぼくはこの話を聞いた、数日前のことを思い出していた。



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