第三章 デートへ行きましょう 5


 本当にはるはらーめんを食べに来ただけらしく、店を出るころにはすでに姿を消していた。

 いなくなるのもいつものことなので、ぼくらは気にしないでデートの続きを始めることにした。


 らーめん屋から少し歩けば、すぐにショッピングモールには辿たどいた。どん、と構えた大きな建物は遠くからでもよくわかる。


 広いちゆうしやじようはひっきりなしに車が出入りしていて、よくはんじようしているのが見て取れた。ぼくたちと同じような若者や、家族連れが大きな入口へと吸い込まれていく。


 色んな店を回りたい、という彼女の提案に乗って、ぼくやまぶきさんは入りたいと思った店を順にのぞいていく。


 とはいえ、ほとんどがやまぶきさんの選ぶ服屋さんだけれど。意外とこれがおもしろかった。


 よく、女性に付き合わされる買い物はつまらないと聞くけれど、やまぶきさんが服を身体に当てて、「どう?」といてくるのは楽しい。神をも超えた可愛かわいさを持つやまぶきさんでも向き不向きがあるらしく、どうしても着こなせない服はあるらしい。もちろんすごく似合う服も。


 それをいっしょに探すのはしんせんだった。


 しかし、あまりにもしんけんな表情で布地まで見ているので、「本気すぎない?」と言ってしまった。すると彼女は、服にれながら、


「わたしは自分の可愛かわいさをするために、きようするわけにはいかんのだよ」


 という言葉をちようだいする。ストイックなスポーツ選手のようだ。「美容と健康のために、毎朝五キロは走るしね」と付け加えた言葉がよりそれっぽさを出す。


 あとはきようしゆくながら、やまぶきさんに服を選んでもらった。ぼくの身体に服を合わせて、しんけんに品定めする彼女の姿はとても直視できない。物理的にきよが近いのもある。

 しかし何より、このシチュエーションがそれこそカップルのようで照れくさかったのだ。


「ふふ」


 ちがう店に行くちゆうで、彼女が急に笑い出す。


「どうしたの」


「いやぁ、男の子といっしょだと服屋周りも楽だなって。ほら、わたしの場合ってすぐ男の人が寄ってくるから。店員さんかと思ってたら、その店員さんに口説かれることもあるからねぇ」


 ……そういう意味では確かに楽なのかもしれない。

 実際、彼女は目をはなすと、すぐにだれかに見られている。声をけようと近付いていた人もいるくらいだ。

 ぼくあわててそばに寄ると、男たちはつまらなさそうにはなれていく。


 ただ、彼女は楽だからいいと言っているけど、ぼくとしては複雑だ。

 それって、ぼくやまぶきさんの関係がかんちがいされているということだろう。


 近付く男たちがかいそうな表情をかべるくらいには、ぼくと彼女はっていないわけで。それが彼女に申し訳ないと思うところなのだ。


 そのあとはやまぶきさんがやりたい、というのでスポーツせつたつきゆうをやったりした。


「でも、ぼく結構強いよ」


「お。あおくんらしからぬ自信のあるお言葉。でも、別にたつきゆうじゃなかったわよね?」


「つばさの相手させられるのはいつもぼくだから。負けると何かしらおごりになるし」


「へえ。つばさって運動神経いいのによく相手できるわねえ。それならわたしとも、ひとつ勝負しよっか」


 やまぶきさんはそれなりに自信があったみたいだけれど、残念ながらぼくには一歩およばなかった。やまぶきさんも運動神経はいいのだが、さすがにつばさほどではない。


「むう」


 くやしそうにくちびるとがらせているやまぶきさんが、とても可愛かわいらしかった。


 たつきゆうのあとはゲームセンター。やまぶきさんは女の子とたまに来るらしい。

 とはいえ、やるのはビデオゲームではなく、体感ゲームやクレーンゲーム、あとはプリクラが主なようだ。


 そんな彼女に合わせて、ぼくもそれらのゲームをいっしょに遊んだ。


 とはいえ、さすがにプリクラはやらないだろう。そう思っていたのだが、彼女はゲーム機の前を通ると悪戯いたずらっぽい笑みをかべる。


「せっかくだからやっておきましょうか、あおくん」


「ちょ、ちょっとやまぶきさん」


 ごういんに引っ張られて、ゲーム機の中に連れ込まれる。


 中は想像以上に広かった。真っ白なカーテンに囲われていて、モニターからは音声がひびいている。まどっているぼくをよそに、彼女はモニター画面を慣れた様子で操作していた。


「え、本当にるの……?」


 プリクラなんてったことないんだけど。しかも女の子とふたりきりだなんて。その相手がやまぶきさんだっていうんだから、つうに写真をるのとは全く意味合いが異なってくる。


「なによぉ。わたしとりたくないの?」


 ふてくされるような声を上げながら、彼女はモニターから目をはなさない。指が器用に画面にれていく。りたいか、りたくないか、で言えばもちろん。


「……りたいです」


「素直でよろしい」


 やまぶきさんはぼくへ向き直ると、ほほみをかべる。そして、「ほら、もうるよー」とぼくうでつかんだ。ぐいっと引っ張られてしまう。ゲーム機の音声が「準備はいーい?」なんてかわいい声で言ってくる。よくない。何ひとつ準備できていない。


 ゲーム機の仕切りの中は広かったけれど、それはおくきがあるという意味だ。実際にカメラの前に立ち、ふたりが並んでろうとするとかなり接近しなくてはならない。彼女がぐっと身体を寄せてくる。


 引きでればいいのだろうが、やまぶきさんはこのカメラの位置がいいらしい。きっと一番可愛かわいれるポイントなのだろう。


 彼女のかたぼくかたれる。細いかたかんしよくが伝わる。手がれてしまいそうなきよだ。その気になれば、キスだってできてしまうほどの近いきよ

 

 たやすくかたに手を回せるきよ。身体がガチガチになっているところで、機械の音声がカウントダウンを始めた。


「ほら、あおくん。前向いて、笑顔で」


 彼女はカメラ目線でにっこりと笑う。かんぺきな笑顔。ぼくもそれにつられるようにしながら、笑顔を作った。すぐ横で彼女が笑っているおかげか、ぼくもそれなりに笑えたと思う。


「お、いい感じにれたわね」


 やまぶきさんがにこにこしながら、モニターを見つめている。確かに良くれていた。すごく可愛かわいらしく笑っているやまぶきさんと、ぎこちないながらも笑顔のぼく


 その差異が何だかおもしろい。彼女はそれをながめながら、「それじゃ、仕上げをしておこう」と付属のペンを手に取った。ふたりが映ったモニターに力強く文字を書いていく。


 ぼくやまぶきさんの間に、丸っこい女の子らしい文字で「おさなじみズ☆」とカラフルに書かれていた。


「なんてね」


 そう言って彼女は、照れくさそうに笑うのだった。


 しばらく待つと、仕上がったシールがはいしゆつされた。やまぶきさんは慣れた様子で半分に切ると、その半分をぼくわたしてくれた。


「でも、せっかくったけどこれじゃあれないわね」


 やまぶきさんは困ったように笑う。確かにその通りだ。こんなものを何かにって見られでもすれば、ちがいなく誤解される。


「………………」


 しかしぼくは台紙から一枚はがすと、そっとけいたいの裏にった。


 もうこのけいたいは、人前では使えないなぁ、と思いながら。






 散々歩いて遊んではしゃいだせいか、さすがにつかれてしまった。


 きゆうけいしよう、とやまぶきさんに連れられたのは、ショッピングモール内のきつてん。静かなふんの場所だった。こぢんまりとしているお店で、こしを落ち着けるにはちょうどいい。


 入店を知らせるベルがひかえめに鳴ると、大人しそうなお姉さんが案内してくれる。お好きな場所へどうぞ、と言われたので、やまぶきさんは適当な席に座ろうとしたが、ぼくおくの席がいい、と言ったら従ってくれた。


「あぁ、つかれた」


 彼女はぽすん、とこしけながらそう言う。同意見だ。さすがにあっちこっちと行き過ぎてしまった。しかし、つかれたと言っているにも関わらず、やまぶきさんはさつそくメニューを手に取っている。


「ここのチーズケーキは絶品でね、絶対食べたいと思ってたんだー」


 ごげんやまぶきさんは言う。注文を取りに来た店員さんに、ほがらかな笑顔でケーキセットを注文していた。たつきゆう勝負で負けたばつゲームでごそうしてくれるらしいので、ぼくも同じものを注文する。


 店員さんの「可愛かわいらしいカップルだなぁ」という視線は気になったけれど、気が付かないふりをしておく。


「あ。七夕祭りのチラシがってある」


 店のかべってあった紙を見ながら、やまぶきさんは眼鏡の位置を直す。

 子供がいたであろう、ささの葉とたんざく、そして星空のイラストがかれたチラシだった。


 その中で大きく書かれた「七夕祭り」の文字。場所や日時もしっかりと書かれている。かいさいは七月一週目の土曜日。場所はぼくらの家の近所だ。


 七夕祭りは毎年こうれいのちょっとしたお祭りで、神社の前の通りに屋台が並ぶ。そこかしこにささが用意してあって、参加者はたんざくを引っかける。ただそれだけのお祭り。


 けれど、その辺りの子供たちにとっては楽しみなお祭りなのである。小さいころぼくも同じだ。やまぶきさんといっしょに行ったのをよく覚えている。


「もうそんな時期かぁ。ね、あおくんは去年行った?」


 ほおづえきながら、やまぶきさんがそうたずねてくる。


「いや。去年は行ってないなぁ」


 はんこうに入るまではいっしょに行ったけれど。去年はさそっても、「行くわけないでしょ。バカじゃないの」ってつれない態度だったし。


「……昔はいっしょに行ったわよね。覚えてる?」


 ちらりとこちらをうかがうようにして、たずねてくるやまぶきさん。そりゃあ覚えている。えんになるまでは、毎年いっしょに行ったくらいなのだから。


 ぼくの表情を見てこうていと受け取ったのだろう。彼女は目を細めると、思い出すようにしながら言う。


「楽しかったな。そんなに派手なお祭りっていうわけじゃないのに。たんざくをつけるささを探しながら、屋台めぐりをするだけで楽しかった」


 そんな風に言われると、遠い思い出がよみがえってくる。お祭りのきらびやかな光やまつりばやの音。


 いつもは静かな神社の前が、そのときだけはにぎやかになる。はなやかになる。屋台の明かりが夜を照らして、通行人の笑い声に包まれる。


 どこからか聞こえるたいの音。お祭りの中を歩いているだけでわくわくした。夜なのに明るくて、みんな楽しそうに笑っているのだ。


 そして、ぼくやまぶきさんと手をつないで、おづかいをにぎりしめてその中を歩いていた。

 自然と、当時の思い出がぼくの口をついて出る。


「……あぁ、そうだ。確か、どこにたんざくを引っかけるか迷っていたら、いつの間にかけいだいまで入っちゃってて」


 風景が頭の中によみがえってくる。なぜかぼくたちは、お祭りのけんそうからはなれて、暗くて静かな夜の社の前にいたのだ。せっかくだから一番いい場所にたんざくかざりたい、と思っているうちに、まよんでいたのだろう。


「あったあった。でも、なぜかけいだいにもささが一本だけあったのよね。気が付いているのはわたしたちだけで」


 よく覚えている。やしろの近くに、ひかえめに小さなささが用意してあったのだ。けいだいだんと何ら変わりはない。明かりもなかった。


 お祭りからはなされた場所だというのに、だれかがひっそりと準備してくれていたのだ。


 屋台とともに並んだささにはもちろん、たくさんのたんざくがかけてあった。


 しかし、けいだいささにはひとつもない。当然だ。けいだいへは長い階段を上らなくてはならない上に、ぱっと見では何もないように見えるのだから。


 ぼくたちだけのささかざりだ! と喜んでぼくらはそこにたんざくをかけたのだった。


「あのときは疑問に思わなかったけど、だれがあんなところに用意したのかしらね。今も用意されるのかなぁ」


 ぼんやりと言う。と七夕祭りへ行ったときは見に行かなかった。もしかしたら、いまだにあそこにはだれかが用意してくれていて、ささがひっそりとれているのかもしれない。想像することしかできないけれど。


「……ね。まだあそこにささがあるか、確認しに行ってみない?」


 ぼくが物思いにふけっていると、やまぶきさんがひかえめな声でそう言った。


 視線をもどすと、彼女は少し前かがみになりながら、ぼくの様子をうかがうように見上げている。とおったひとみれる。


 いつしゆん、何を言われたか上手くあくできずに、「お祭りに? ぼくと?」と問い返してしまった。「ほかにだれがいるのよ」と彼女は苦笑する。


「ダメかな」


 うわづかいで、ちょっと不安そうにほほやまぶきさん。


 そんな顔で言われてしまえば、だれであろうと断れるはずがない。ぼくはスマートに返事をする。「ぼ、ぼぼぼぼぼ、ぼくで、よければ」。ぜんぜんスマートじゃなかった。


 彼女のめずらしい表情が思いのほかかいりよくがあったせいだ。に座っていなければその場でくずちていただろう。


「えへ。今度はわたしからさそっちった」


 ふにゃっとした笑みをかべると、彼女は幸せそうに目をつぶった。ぼくは相当けた顔をしているだろう。身体中の力がちてしまいそうだ。


「それじゃ、約束ね。もう予定帳に書きこんじゃうからね。ダメだって言ってももうおそいからね」


 やまぶきさんは歌うように言うと、かばんからピンク色の予定帳を取り出す。七月のページを開くと、七夕祭りの日に「あおくんと七夕祭り!」と丸っこい字で書きこんだ。くるくると花丸までつけている。


 ぼくは予定帳を持っていないけれど、この予定を忘れることは絶対ないだろう。しっかりと頭にきざんだ。

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