第三章 デートへ行きましょう 4


 今回は何とかやり過ごせたトイレそうどうだったが、またこのような危機的じようきようが起こらないとも限らない。やはりそうきゆうにミッションをこなすべきだ。やまぶきさんを、のろいから解放するべきだ。


 そんなことを考えていると、つい授業も上の空になってしまう。先生の話を聞きながらも、あのミッション内容がぼくの頭の中をぐるぐる回っていた。


 そんな中、ポケットのけいたいがメッセージの着信を知らせる。先生の目をぬすんでそっとのぞいた。送信者の名前はやまぶきさん。


『今週の土曜日にどう?』


 短いメッセージだった。電車内で話したショッピングモールのことだと、最初はわからなかったくらいだ。今週の土曜日。確かひまだ。やまぶきさんとちがって、ぼくは予定帳を見る必要もないので、そのまま行けるむねを書き込んだ。


 別にわざわざ授業中にれんらくしなくてもいいのに、と思いながら顔を上げる。視線はやまぶきさんの席へ。


 すると、彼女と目が合ってしまった。彼女はピンクの予定帳を持ち上げながら、にへっと笑った。そのほおにはもう〝かんしようのろい〟のマークはない。


『最初はふたりきりでショッピングモールとかをだらだらデートする予定だったのよ。でも遊ぶって聞きつけた友達が、何人か集まっちゃって。結局みんなで水族館行っちゃったのよね。もちろん楽しかったし、とも仲良くなれたからよかったんだけど、ちょーっとだけ、デートもしたかったなーって』


 彼女の声が頭の中でひびく。


 ……やっぱりこれってデートになるんだろうか。いまさらながら心臓が痛いくらいに激動し、体温が一気に上がっていくのを感じた。








 それから土曜日までは生きたここがしなかった。


 ミッションは土曜日まで実行することができないし、やまぶきさんも校内でくしゃみすることもなかったから、土曜日の予定についてはけいたいでやり取りするだけだった。


 予定が決まっていくごとに、みような現実感のなさともだえそうなほどの期待と不安がこうおそってきて、それはもう大変だった。


 結局それは解消されることなく、ぼくは土曜日をむかえることになる。










『それじゃ、土曜日の十二時に駅前で』


 そう言われていたので、ぼくゆうを持って家を出た。こくするわけにはいかない。事前に、『わたし駅前にひとりで立っていると引くくらいナンパされるから、早めに来てね』と言われているのだ。


 どうせ家が近いのだから、どちらかが家にむかえに行くことも考えたが、家族に見つかるのはずかしい。駅前集合で問題ないだろう。


 服装は迷わないように前日に決めていた。わないのはわかっているけれど、少しでも良くしたくてなやたおした。最終的にはあきひとに泣きついた。


「女の子とデートへ行くための最適な服装がわからない」とけいたいでメッセージを送ると、彼はわざわざぼくの家を訪ねてくれたのだ。


 その結果、シャツにカーディガンを合わせ、下はチノパンという組み合わせに落ち着いた。これくらいでいいらしい。あんまり気合を入れても、相手を引かせてしまうとか何とか。色々ぼくにアドバイスをしてくれた。


 あきひとはいつもオシャレな私服でぼくの前に現れる。そんなあきひとからアドバイスをしてもらったのだから、服装に関してはだいじようだ。だと思う。


「まぁデートだからってあんまり気合を入れないで、楽しんでこいよ。でも少しはがんれよな」


 そう言って、ぼくの背中をたたいてくれた。持つべきものは友達である。


 心臓の音をうるさく感じながら、ぼくは駅前で待つ。時計を見ると待ち合わせの五分前。駅前は広場になっているので、ほかにも待ち合わせをしている人はちらほらけた。中にはカップルの姿もある。


 土曜日の昼間だからだろうか、にぎやかで楽しげな声が色んなところから聞こえてきていた。


「あ、あおくん。ごめーん、待った?」


 ぼくは身体をねさせる。やまぶきさんの声だ。ドキドキしているうちに待ち合わせの時間になっていたらしい。ぼくが声の方に目を向けると、彼女は小走りでこちらへ向かってきていた。



 彼女は白のストライプシャツを着ており、首元にはひかえめなネックレスがかざられていた。


 いつもは清水のようにまっすぐ流れているかみが、ゆるくウェーブがかかっている。そのかみを黒のキャスケットが包んでいる。下はデニムのミニスカート。白くて長い足がばっちりえ、可愛かわいらしいヒールがそれをより強調する。


 顔には少しだけメイクをほどこし、いつもかわいい彼女がより美しく見える。さらにかざるのは赤ぶちの大きな眼鏡。彼女の視力は悪くないはず。だからアクセサリーなのだろうが、それがとても似合っていた。


 かばんかたから下げて、彼女はぱたぱたと走ってくる。


 私服。私服だ。やまぶきさんの私服を見たのなんていつ以来だろう。ずいぶん可愛かわいらしく、女の子らしい服装になったものだ。正直言って狼狽うろたえた。こしくだけそうになった。


 なんて可愛かわいさだ。

 気のいたことも言えず、ぼくやまぶきさんの姿をただぎようすることしかできなかった。


「晴れてよかったわよねー、くずれるんじゃないかと思ってひやひやしたわ」


 そう言って彼女はにっこり笑う。そして、自然にぼくの服に手をれながら「お、さわやかな服装ねー。カーディガンを着こなす男はポイント高いよー」とめてくれた。

 しかし、ぼくが何も言えないままでいると、彼女は首をかしげてこちらの様子をうかがう。そこで、ぽん、と手をたたいた。


「さては、わたしのあまりの可愛かわいさに言葉を失っているな?」


 悪戯いたずらっぽい笑みをかべながら、ぼくを指差すやまぶきさん。「あ、はい。その通りです」とぼくはそのまま口にしてしまう。


「一応、かくして待っていたんですが、その予想を簡単に超えてしまうものですから。つうの高校生なら、だれもが言葉を失います」


 つやのあるかみゆるやかなウェーブを作っているのも、いつもより足が見えるのも、可愛かわいらしい服装も。頭をぶんなぐられた思いだ。あまりにしようげきげきが強すぎる。


 ぼくの言葉にやまぶきさんは少しだけおどろいたような顔を作ったけれど、すぐにほおゆるめる。「このー、正直者め」とぼくに向かってポスポスとこぶしをぶつけてくる。ぱんちぱんち、というごえ付きで。


「ま、わたしがかわいいのは世界のことわりだからいいとして、電車が来るからもう行きましょ」


 そう言ってやまぶきさんは駅を指差す。確かにそろそろ電車がやってくる時間だ。彼女にれて電車を乗り過ごす、なんてけなことはさすがにしたくない。


 ぼくたちの目的地は駅をいくつかまたいだ先にある、ショッピングモールだ。ぼくたちの家と学校の中間ぐらいにあるところで、近所の中高生が遊ぶのにちょうどいい場所だった。


 複合せつになっているので、買い物だけじゃなく、映画館やボウリング、ゲームセンターにカラオケ、その他もろもろのらくせつが集まっている。のんびり遊ぶにはぴったりだ。


 しかし、遊ぶ前に腹ごしらえ。昼食をいっしょに食べることにしているので、まずはご飯だ。もちろんショッピングモール内には様々な飲食店がある。


やまぶきさん、何食べたい?」


 となりに座るやまぶきさんにそうたずねる。すると、彼女は「あおくんは?」とたずかえしてきた。


ぼくは何でもいいけど」


「それならわたし、らーめんが食べたい」


 また意外なところだ。つばさならともかく、やまぶきさんがらーめんを食べたいと言い出すのは予想外である。子供のころは特に好きな印象はなかったけれど。


「いいけど、やまぶきさんってらーめんが好きだったんだ」


 ぼくがそう言うと、彼女は少しばかり照れくさそうに「そういうわけじゃないんだけど」と軽く手をった。


「ほら、女の子だけだとらーめん屋なんてつう入らないから。ひとりならなおさらだし。せっかく男の子といっしょにいるんだから、そういうところにも行きたいなって」


 何とも可愛かわいらしいことを言われて、ついほおゆるみそうになる。そういうことならでもらーめん屋に行こう。こんな美人を連れてらーめん屋だなんて、世の男たちにたおされそうな気もするが。


 駅からショッピングモールまでの道のりに、評判のいいらーめん屋さんがあるから、そこへ行くことになった。


 ぎよかいるいベースのあっさりとしたらーめんを出すお店だ。女の子でもこれなら食べやすいだろう。ただ、昼時ということもあって店の前には列が出来上がっていた。これなら三十分は並ばないといけないだろうか。


 それを伝えると、彼女は「三十分くらいなら並びましょ」と列に吸い込まれていく。つばさといっしょだとこうはいかない。彼女はらーめんは好きだが、もっぱらこってり派で、何より列待ちするのがきらいなのだ。


「わたし、列なら四時間待ったことあるわよ。テレビでしようかいされたパンケーキ店さんで」


「四時間? それはすごいな……。そこまでして食べたかったの?」


「というよりは、あーゆーのって並ぶのもだいみたいなところがあるからねぇ」


 そう言って笑う。さすがにぼくも一時間くらいでギブアップしそうだ。並ぶのが楽しいっていうのがよくわからない。


「………………」


 ただ、横でやまぶきさんが楽しそうに話しているのを聞いていると、こうやって並ぶのも悪くないな、と思えた。


 あっという間に三十分が過ぎ、運良くテーブル席へ案内される。店内はお客さんでいっぱいだったけれど、いい意味であまりらーめん屋らしくない内装だった。シックで落ち着きがある。外で待っている人もいるので、あまりのんびりはできないが。


「どれがおいしいのかしら」


 わくわくとした様子でメニューをながめるやまぶきさん。


 しかし、迷うほどメニューにはばがあるわけではないので、すぐに頭にタオルを巻いた店員さんが「お決まりですかっ」とやってくる。

 その勢いに少しおどろやまぶきさん。あまりにも可愛かわいらしい女の子が座っていてびっくりする店員さん。


 ふたりがびくっとなっている中、ぼくはメニューをながめながら言う。


「ええと、らーめん大盛りで」


「あ、わたしはつうで」


「わたしはらーめん大盛りに、あとだまをください」


 ……本当にいつの間に、という感じである。さらりと注文に加わったのは、しんしゆつぼつのろいのせいれいやまぶきさんのとなりはるがちゃっかり座っている。

 彼女はいつもと変わらない無表情顔で、いつも通りのセーラー服でそこに座っていた。


「いやぁ、すみません。おいしそうだったもので、つい」


 店員さんが行ってから、全く悪びれる様子もなく、言葉だけの謝罪をするはる。「どうもわたし、めんるいが好きみたいなんですよね」とごとのように言う。


「あ、もちろん、らーめん食べたら帰りますので、ご心配なく」


「……いや、別にいいんだけどね」


 いっしょにいたら気をつかうわけでもないし。やまぶきさんも笑みをかべてはるを見ている。


「でも、はるが出てきたってことは、やっぱり今日のことは青春ミッションに関係あるっていうこと?」


 やまぶきさんがはるの顔をのぞみながら、そうく。

 あぁそうか。そういえば、今は青春ミッションを行っている最中だったんだ。デートという言葉にどうしようもなくきんちようを覚えていたので、すっかり忘れていた。


「いえ、別にそういうわけでは。わたしはらーめんにつられて出てきただけで、青春ミッションには関係ありません」


 彼女は首をって無情なことを言う。ぼくたちは同時に力がけた。あのミッションで何よりなやんでいるのは、その内容の難解さだ。きちんと内容がわかれば、すぐにそれを実行するのに、それができない。


 ぼくたちが今やっていることはすべてろうに終わることだってあるわけだ。


 けれど、はるは「わたしは導くことはできません。が、今こうしていることになことはひとつもないということは伝えておきます」と何ともあいまいな言葉をぼくたちにくれた。


 そんな話をしている間に、三つのらーめんとだまを店員さんが届けてくれた。


 湯気がテーブルの上で混ざりながらのぼっていく。かぶかつおぶしかおりが鼻を通っていった。


 とおるスープにがねいろめんめんの上でおどるネギ、メンマ、チャーシューの数々。ぶくろが空腹をうつたえてくる。


「おー、おいしそう」


 どんぶりをのぞきながら声を上げるやまぶきさん。だけど、「あ、くもるわこれ」とそばに眼鏡を置いた。


 ぼくら三人は手を合わせて、「いただきます」と声を重ねる。


 重なるめんはしを入れると、ふわっとかおりがよりつ。それに食欲をげきされながら、ぼくめんをすすった。


 そのしゆんかんに口の中をかおりがけていく。ぎよかいるいのダシをしっかり効かせながらも、あっさりとした味わいを舌に残していく。めんもコシがあって良い。次々にめんをすすりたくなるりよくがあった。


「わ、おいしい」


 山吹さんがおどろいたように言う。その反応が少しうれしかった。となりはるは何も言わないが、たんたんめんをすするペースは早い。


「あ、あおくん、見て見てっ」


 しばらくだまってめんをすすっていたが、急にやまぶきさんに名前を呼ばれる。顔を上げると、彼女はスープからめんを引き上げるところだった。口をはしへ近付けていく。


 さっきまで外していたはずの眼鏡を、なぜかかけ直して。彼女はかみを軽くかきあげて、小さな口を開いた。目を少しばかり細めている。その仕草、表情はどこかつやっぽくて、言うまでもなくどきりとさせられる。


 不思議なのは、彼女がその姿勢のまま止まってしまったことだ。めんを口にふくもうとしない。その代わり、彼女は声を上げた。


「今わたし、可愛かわいさの世界新記録、出てない?」


「出てる。世界新出てる」


 思ったことをそのままに口に出してしまうぼく。いや、実際そう言ってしまうほど可愛かわいらしかったのだ。これなら世界新もちがいない。


「それなららーめんより、パスタとかクレープの方が合っているのではないですか」


 すでだまをスープに投入しているはるが言う。


「いや、かわいい女の子がらーめんを食べている姿がいいんだって」


 ぼくが言うと、やまぶきさんはうんうんと力強くうなずいていた。「ギャップよね、ギャップ」と手をひらひらとさせながら付け足している。


「あ、でも待って。クレープはちょっとズルい。やまぶきさんがクレープ食べていたら、これはもう世界新どころじゃないかもしれない」


「えー……、でもクレープってちょっとあざとすぎない?」


つうの高校生なら、そういうあざといのが好きなんだって」


 そんなことを話しながら、ぼくたちはらーめんを食べ切った。

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