第三章 デートへ行きましょう

第三章 デートへ行きましょう 1





 遠くであかちゃんが笑っている。楽しそうに笑っている。


 彼女はクラスの中心人物だった。人気者だった。それは彼女の周りにいる人たちもそうだ。特別な人たちだけのグループの中で、あかちゃんはほかの人といっしょに笑っていた。


 ぼくはあの中には入れない。


 だって、何も持っていないから。特別じゃないから。彼女といっしょにはいられないのだ。


「何でやまぶきって、お前みたいなえないやつといっしょにいるの? 変じゃね? お前、何もねーのに。そんな価値ないじゃん」


 真正面からそう言われたとき、ぼくは何も言い返せなかった。


 みんなそう思っていたのだろうか。そんなふうにぼくたちを見ていたのだろうか。そう考えるとこわくなった。いてもたってもいられなくなった。


 なんで、ぼくは当然のような顔をして、あかちゃんのとなりにいたんだろう?


 何もないのに。


 彼女とかたを並べるようなものは、何もないのに。


 ぐらぐらとれる、不確かな学校のろうを歩いていく。前からあかちゃんが歩いてくる。その周りにはクラスの人気者たち。彼らは笑いながら、ぼくの方へ歩いてくる。


「あ」


 あかちゃんがぼくに気付いて、手を挙げた。けれど、ぼくはそれには応えなかった。だまってすれちがう。彼女はおどろいた顔をしてかえったけど、追いかけてはこなかった。


 ぼくには確かに何もない。


 でも、もし。そんなぼくでも彼女が必要としてくれるのなら、応えようと思った。彼女が自分のとなりにいてほしい、と思ってくれるのなら、かくをしただろう。


 周りに何を思われても言われても、彼女のとなりに居続けることを選んだと思う。あかちゃんのそばで、約束を守っていこうとしただろう。


 けれど、そうはならなかった。


 必要とされなかったのだ。


 結局のところ、ぼくは彼女の友人のひとりに過ぎなかったわけだ。その他大勢。特別でも何でもない。


 ぼくあかちゃんからはなれた。あかちゃんは追いかけてはこなかった。そこまでの関係。


 ぼくたちは、その程度の関係だったのだ。





 二つ目のミッションをクリアした翌朝。


 いつものように妹に起こしてもらい、だん通りしよくたくで朝ごはんを食べていた。向かいにはが座っている。朝の早い父さんは、この時間にはすでに仕事へ向かっていた。


 ……昨夜、ずぶぬれだったぼくやまぶきさんが、どうやって帰ってきたのか。どうやって家族に見つからずに家に入ったのか、どうやって制服を翌朝も着られるようにしたのか。


 これらをきちんと説明しようとすると、それはもう気合を入れて熱を持って話さないといけない。最初から最後までしっかりと話したい。だけど、それは長くなりそうなので、今回はかつあいさせて頂く。



「……うーん。わからん」


 ぼくはパンをかじりながら、目の前に書かれた文章をながめていた。ノートを破って書いたメモ。そこには新しく現れたミッションの内容が書かれていた。

 ぼくの独り言に反応して、向かいに座っていた妹がうつとうしそうにいちべつしてくる。


 新しいミッションの文章は、最初のとテイストが似ていた。しかし、似ているだけだ。似て非なるもの。今回のミッションはあまりにわかりづらく、伝えるつもりがあるのかどうかすらあやしい。難解すぎる。


 これならば、二つ目の頭の悪そうな文章の方がマシだとさえ思えた。


 ミッションが現れてから、ぼくやまぶきさんはふたりで頭をなやませていたけど、結局答えは出なかった。仕方がないので、ミッションに関しては宿題である。


 何か思いついたら、彼女に報告するつもりではいるのだけれど、にらめっこしていてもなかなかひらめかない。答えは出ないままだ。



『ふたりの男女が心をさらす ともに行き ともにき ともに往く 昔のざんを拾い上げながら それは思い出にすべきことではない 心残りがある限り 決して前には進めないのだから』



 ……わからない。


 顔を上げる。パジャマ姿の妹が、つまらなさそうにパンをちまちま食べている。リビングのテレビからはニュース番組の音がこえていた。



「……なに」


 声をけると、あれだけつまらなさそうな顔をしていたくせに「話しかけんな」とでも言いたげな表情を見せてくる。ただ、げんなのはいつものことなので、ぼくは気にせずにたずねることにした。


は何か、心残りってある?」


「は?」


 何かヒントにならないだろうか。

 ミッションの一部を切り取って質問にしてみると、思い切りバカにしたような声が返ってきた。はんこうめ。

 しかし、いつたんはんこうしてもきちんと答えてくれるのがうちの妹である。


「……そりゃだれだってあるんじゃないの。心残りのひとつやふたつくらい」


 ほおづえを突きながら、独り言のようには言う。例えば? とたずねると、「それはおにぃには教えない」と言われてしまった。


「おにぃだってあるでしょ、それくらい」


「……まあね。つうの高校生なら、そりゃ」


 あるに決まっている。心残りがない人、こうかいをしない人なんて、この世にいるのだろうか。いつもあぁしておけばよかった、こうしておけばよかった、と思ってばかりである。


 やまぶきさんのことだってそうかもしれない。のろいのことではなく、もっと昔の話だけれど。


 結局、答えは出ないままだ。ぼくはメモを制服のポケットにいこむと、いつも通り朝の準備をし始めた。


 すると、制服にえた妹が血相を変えて飛んできた。ぼくのところまでやってきて、服のすそを引っ張ってこう言う。


「おにぃ。なんか家の外にえげつない美人がいる」


「えげつない美人?」


 そんな知り合いはひとりしかいないけれど。しかし、ぼくの家の前にいる理由がわからない。本当に彼女だろうか。


 ぼくかばんを持ってあわてて家を出ると、確かにそこにはえげつないほどの美人が立っていた。


「や」


やまぶきさん」


 彼女はぼくの家の前に立っていた。セーラー服に身を包み、白いはだを陽に照らされながら。まるで彼女から光のりゆうが出ているかのように、かがやいて見えた。これはえげつない。


 こんなつうの住宅街に、ワールドクラスにかわいい女の子が立っている。


 えんりよがちに片手を挙げて、こちらの様子をうかがうように声をけてくるやまぶきさん。「どうしてここに」という言葉が飛び出すのは当然だろう。


 確かに家は近所だけれど、むかえに来てくれるような関係になった覚えはない。いっしょに学校へ行くことだってなかったはずだ。昨夜以外は。


 そこで気が付く。彼女は制服にそでを通してはいるけれど、その手には何もにぎられていなかった。学生かばんもだ。手ぶらで登校しようとしている。


 ぼくいぶかしんでいると、やまぶきさんは無言で自分の顔を指差した。目の下の部分。


「あ」


 そこにはしっかり〝かんしようのろい〟のマークがえがかれていた。ハートマークと手のマーク。そして、『STOP!!』という文字。つまり、今の彼女はのろいによって何もれることができなくなっている。


「……やっちゃったんだ」


「そういうこと。家から出たあとに、はっくしょん、って」


 苦笑いをかべながら、やまぶきさんは言う。


「これじゃあわたし、ひとりで電車も乗れないから。悪いんだけど、いっしょに登校してくれない? 定期は持ってるから」


「それはもちろんいいけど……」


 願ったりかなったりだけども。こういうピンチのときに助けてくれるはずの、のろいのせいれいはどうしたんだろうか。やまぶきさんはひとりだ。あのかつしよくの少女はそばにいない。


はるはどうしたの?」


「呼んだら来てはくれたんだけどね。かばんは学校まで持っていくから、あとは何とかしろって言われちゃって。何とかしろっていうのは、こういうことかなって」


 そう言ってから彼女は、「ごめんね」と照れ笑いをかべた。れんな笑みだ。こんな子といっしょに登校できるのなら、いくらでも手伝いをしたくなる。


 ぼくやまぶきさんは駅へ向かって歩き出す。道すがら、はるのことについてたずねた。


 今回の「自分で何とかしろ」という発言といい、以前の「あまり外では自分にたよるべきではない」という言葉といい、本当にはるやまぶきさんの力になっているのだろうか。


「あぁ、家の中じゃしくお世話してくれたわよ。昨日も、る直前に部屋の前でくしゃみしちゃってね、呼んだらすぐに出てきてくれた」


 出てきてくれた、というのは言葉通りのことなんだろう。のろいのせいれいである彼女は、その気になればどこへでも姿を現すことができるらしい。


 やまぶきさんは指折りながら、はるにしてもらったことを挙げていく。


「ドアを開けてもらって、もうるからとんけてもらって。まくらがないとねむれない、って言ったら、まくらにまでなってくれて」


「……まくらにしてたの」


かんしようのろい〟を受けているときは物にはれられないが、人はその限りではない。人をまくらにすることは可能だ。


 しかし、想像すると自分の中で、こう、なんというか、もやもやとしたものが。いや、これはムラムラか?


 やまぶきさんにまくらにされるとは。うらやましいというよりは、はや形容しがたい複雑な感情がかんでくる。はるはるで、かみれいだし顔立ちは可愛かわいらしいし、かみの長いふたりがベッドの中でくるまっていると思うと、うん。


 ……うん。


 ……こんなことを考えていると、またはるにすけべだと言われてしまいそうだ。ぼくは頭をって、興味のほこさきをずらした。


やまぶきさんって、だんまくら使っててるんだ」


「いや、一度も使ったことないんだけどね」


「………………」


 はるまくらにしたいがための口実か。すごいなこの人。ピンチをチャンスに変える人かよ。


 ぼくあきれた視線にも気が付かずに、彼女は指をわきわきとさせながら、幸せそうな表情で「うへへ」と笑う。


はるってきしめるのにちょうどいいサイズ感でねー……、気持ち良かったわ。こしは細いし、はだすべすべだし、ほどいたかみはさらさらだし。幸福感がすごくて、まくらにしているのにねむりたくないようなジレンマがとてもここかったわ……」


 幸せそうな顔で彼女は語る。本当にうれしそうだった。

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