第一章 玉砕は始まりを連れて 6


「……それ、本当?」


 少しだけ顔色がもどったやまぶきさんが、ぎんぱつの少女にそう問いかける。彼女はゆっくりとうなずいた。


 しかし、ぼくはとても信用できない。彼女はのろいの一部と言っていたではないか。だというのに、なぜそののろいを打ち消す方法を教えてくれるのか。


 ぼくがそれを言葉にすると、彼女は静かに口を開いた。


「確かにわたしはあかさんに害をなすのろいです。悪意ある感情が固まったモノ。しかし、本来ならばそれはそのまま彼女に降りかかるはずでした。けれど、そうはならなかった。このような形でけんげんした。


 人々の悪意がのろいと化すほどの力を、わたしやあのけむりのような姿に変えたのは、あの桜の木です。あの桜にはそんな力がある。桜の力がのろいと混じり合い、悪意のかたまりを〝青春ののろい〟に姿を変えさせた」


 彼女は桜の木に指を差す。れてしまった大きな桜の木。あのけむりが巻き付いていた大木。あんなれてしまった桜の木に、そんな力があるという。


けむりが言っていたでしょう。試練をこなせ、と。そう、わたしたちが求めているのは青春。くるう若者の激情さえもくつがえす、あつとうてきまばゆい光。のろいさえもつぶす力。

 わたしはそれを求めるために、ここにいるんです。あなたを救うためにここへ来た」


 彼女は胸に手を当てて言う。声に熱はないし、顔も無表情のままだ。しかし、その言葉には力を感じた。彼女の言っていることは本当なのではないか。そう信じたくなるような力がある。


「……わかったわ。あなたを信じる。方法を教えて」


やまぶきさん」


 やまぶきさんがそう言って立ち上がったせいで、ぼくあわてて声を上げるになった。確かに、あのぎんぱつの少女の言葉は信じたくなる。すがりたくなる。


 けれど、信用していいかどうかはわからないだろう。確証がない。やっぱり彼女はのろいでしかなくて、ぼくたちをわなにはめようとしているのではないか。そんなふうに考えてしまうのだ。


 それはやまぶきさんも同じだったらしい。まゆひそめながら、「でも、あの子にすがる以外に方法はないでしょ」とつぶやいた。確かにその通りではあるのだけど……。


「はい。こののろいを終わらせたいと思うのなら、わたしの言うことを聞いてください。あぁ、くわしい説明を続けたいところですが、立ち話も何ですね。さっき先生にも見られましたし。続きは教室でしましょう」


 彼女はそれだけ言うと、さっさときびすを返して歩いて行ってしまった。先ほどまでのろいだの何だの言っていたせいれいに、急に立ち話や教室だなんて現実的なワードを使われると、不安に感じる。


 ただ、場所を変えるのは賛成だ。いつまでもこんなさびれた場所にいたくはない。


 ぼくはゴミ箱を拾い上げると、やまぶきさんとふたりで彼女のあとに続いた。銀色にももいろが混ざった三つ編みがれている。


 味方とは言ってくれているものの、やはり彼女の存在は異質だ。となりに並ぶ気は起きなかった。


 となりを歩くやまぶきさんをちらりと見る。さっきまで真っ青だった顔は、ずいぶんと良くなっていた。少しは希望を持てたからだろうか。

 やまぶきさんは前を向いていて、ぎんぱつの少女を見つめている。そのひとみは光をたたえていた。びた背筋がれいな姿勢をかたどり、静かに歩く姿はモデルさんのようだ。

 流れていく彼女の長いかみながめていると、こんなときだというのに、れてしまいそうだった。



「……あおくん」


 そんなことを考えていたタイミングだったせいで、声をけられたときはびくっとした。平静を保とうとしたものの、出てきた言葉は「ひゃい」というもの。けれど、彼女は気にした様子もなく、よくようのない声で話を進める。



「わたし今、ものすごくまずいじようきようよね。よくわかんないのろいを受けて、物にさわれなくなって、気がくるいそうになる世界を見せられて。大ピンチよね。人生でここまでの危機的じようきようって初めてって感じだわ」


「そ、そうだね」


「なのに、あー、ダメだ」


 やまぶきさんは顔に手を当てて、息を吐きながらそう言う。……なんだろう。彼女のつらそうだけど、この口元にかんでいる笑みは。


「あの、のろいのせいれいって言ったっけ。あの子、すごく可愛かわいくない?」


「………………」



 先ほどの表情から一転、ぱっと顔を明るくさせて、のんきすぎることをぼくに言ってくる。何と返したものか。ぼくが迷っていると何をかんちがいしたのか、「いや、もちろんわたしが世界で一番よ?」と先にくぎしてきた。いや、言いたいことはそうじゃない。


「あのれいな銀色とももいろかみに、色気たっぷりの小麦はだ、それに加えて幼い顔立ち。日本人には出せないりよくよねぇ……、やっぱりせいれいっていうだけあって、じんを超えた美しさがあるわ。

 まぁわたしもじんはとっくに超えているんだけど。神の領域なんだけど。あの三つ編みもポイント高いけど、ほどいた姿も見てみたいわ。かみさわらせてくれないかな」


 両手を組みながらハートを出し続けるやまぶきさん。確かにあのぎんぱつの少女にはおごそかな美しさがあるけれど、こんなじようきようでそんなことを考えていたとは。のんきすぎる。


 やまぶきさんにれていたぼくとどっこいどっこいだ。まぁ元気になるなら、それでいいんだけど……。


 しかし、しばらくはしゃいだあと、やまぶきさんは急に静かになってしまった。見ると、彼女の目は前を向いてはいなかった。彼女の視線はぼくへ。

 まさか目が合うとは思っていなかったので、おどろいて視線を外そうとしたけれど、それは彼女の方が早かった。


 今度はぼくの顔を見ず、やまぶきさんは地面を見たままぽつりとつぶやく。


「……なんかさ。あおくんとこうやって話すの、久しぶりね」


 小さな声だった。聞こえていないならそれでもいい、というような声量。だけど、ぼくの耳はしっかりそれを拾っている。


「そうだね。すごく久しぶりだ」


 そりゃ事務的な会話くらいはしたこともある。中学でも同じクラスになったことはあるし、小学校でだって。しかし、それらはすべて、あってないようなものだった。かつてのぼくらに比べれば。


 思えば、「あおくん」「やまぶきさん」と呼び合って久しい。それからは、こんなふうに何度も言葉を返し合うことはなかった。遠い思い出の中だけだ。

 それを彼女は覚えていてくれて、ぼくは素直にうれしかった。


「あぁ、そうだ。そういえば、名乗っていませんでした」


 突然、前を歩く少女が足を止めた。こちらにかえると、これは失礼しました、と頭を下げる。


はるといいます。お気軽にはる、とお呼びください。けいしようはいりません」


 彼女──はるは、ぺこり、と頭を下げる。はるはるか。……全く似合っていない。かみは銀色にももいろはだかつしよくひとみの色はみどりいろ

 どこをどう見ても日本人に見えない彼女なのに、名前は実に日本らしい。あまりにミスマッチだろう。


「あっと、失礼。名乗るときはフルネームですね。しろくまねこはると言います」


「名前の自己主張がすごい」


 反射的に言い返してしまう。いや、だって。しろくまねこさん、って。盛りすぎだろ。


みように色や動物が入っているのは、それなりにありふれていると思いますが」


「いや、そのとおりだけども。入れすぎなんだって」


 少なくとも、動物を二種類入れるのはやりすぎだ。方角に加えて、場所をふたつ入れてしまった東海林しようじさんをほう彿ふつとさせる。いや、東海林しようじさんは実在するけれども。


「名前もアレだけどさ」


 やまぶきさんははるの服を指差して言う。


はる、でいいのよね。はるはなんでうちの制服着ているの? それだいじようなやつ?」


 それはぼくも言いたかった。はるは当然のように、うちの制服を身にまとっている。その姿は名前と同じくかんが強い。


 しかし、はるやまぶきさんの問いにうすく笑うと、彼女をのぞむようにしながら言った。


「おかしなことを言いますね、あかさん。わたしはこの学校の生徒ですし、わたしたちはクラスメイトではありませんか」


「は?」


 けな返事をしたのは、ぼくやまぶきさんも同じだった。そりゃそんな声も出る。


 もちろんぼくたちはクラスメイトではないし、そもそも彼女はのろいのせいれいだろう。先ほど初めて現れたのではなかったのか。百歩ゆずって彼女が前からこの学校にいたとしても、こんな目立つ容姿の生徒を知らずに過ごせるはずがない。


 ぼくたちの表情を見て、信じていないのがわかったのだろう。はるぼくらに背を向ける。すでぼくらは校舎裏から校門前までもどってきていて、ちらほらとほかの生徒が歩いているのが見えていた。


 その中でひとり、校門のそばにしゃがみこんでいる女の子がいた。かみの長い小さな子。ぼくたちのクラスメイト、づかつばさだ。彼女にはるは近付いていく。


 こんなところで座り込んでいるつばさに、周りの生徒はしんな目を向けていたが、つばさの足元を見てなつとくした顔を作る。ほおゆるめながら、通り過ぎていく。きっとアレだ。

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