第37話 糸

 カラスは人間たちを恐れないし、彼らの作るトラップなるものもまるで意に介さない。しかし、彼にも苦手にしている物がある。

 人間たちが作った罠として設置されているわけではないのだが、街に捨てられていることがあるそれ……結構やっかいな物なのだ。

 それは今回のカラスとハトの様子を見ればどういうことなのか、理解できるに違いない。


 前置が長くなったが、カラスはいつもの駅舎の上にいる。


「くああ」

「せ、先輩ー!」


 遠くからハトの声が聞こえたが、どこにいるか分からずキョロキョロ首を回すカラス。


「どこに行った? ハト?」

「ここっす! 下っす!」


 下?

 カラスは屋根の上から人間たちの歩く路地を見下ろすが、ハトを発見できない。


「こっちっす、先輩!横です横!」

「ん? くああ! 何やってんだよ! ハト!」


 カラスは驚きでくああと翼を羽ばたかせたカッコイイポーズを取ってしまう。

 彼の驚きも当然である。ハトは街路樹の太い枝付近にいた。

 そう、枝の上ではなく「付近」である。


「な、何でそんなとこにぶらさがってんだよ」

「絡まっちゃったんですよねー! くええ!」

「それ、しゃれになんねえぞ! くああ!」


 ハトは白い糸が体に絡まった姿で、枝にも同じ糸が引っかかっている。つまり、ハトは枝に宙吊りにされているというわけだ。

 カラスが目を向いて驚くのも当然と言えよう。


 糸は厄介なのだ。突いても、引っ張っても切れない。むしろますます絡まり最終的にはハトのようにがんじがらめになり、にっちもさっちもいかなくなってしまう。


 ではどうするか。

 尖った石に体を擦り付けると糸が切れることがある。弱点は体が痛い。

 もう一つは、刃物で切ることだ。しかし、都合よく刃が糸を切りやすい方向で刃物が落ちていることは少ない。


「あ……」


 カラスはすぐに気がつく。どっちの方法でもハトが宙吊りで動けないなら実行できないということを。


 なら、俺がやるしかない。

 どうしよう。


「ハト、動けそうか?」

「無理っす!」

「あ、そうか、あれを使ってみよう。待ってろ、ハト」

「了解っす!」


 カラスは自らの巣に急ぎ戻り、もう二度とハトの前に見せないと違っていた彼の身の丈ほどあるナイフをくわえて駅舎に戻る。


 空中のハトをそのまま救出するのは不可能だ。ならばこれしかないだろう。

 カラスは枝から釣り下がっている糸を何度か切りつけ、ようやく切り落とす。


 そのままカラスは地面に落ちたハトの元へ降り立ち、次は嘴で糸を取ろうと頑張ってみた。


 が、やはり取れない。

 仕方ない。切っちまうかもしれないが、ナイフでやるか。


カラスが決意を固めた時――

――にゃーん。


 ビクゥっと本能が恐怖を感じるカラス。


「面白いことをやっているな」

「糸が取れなくてな」

「ハト、そのままジッとしていろ……」


 ゆらりと達人の雰囲気で体を揺らす奴。彼の眼光は今にもハトをやっちまいそうな色を見せている。


 奴は深く息を吸い、目を閉じる。

 次に奴はカッと目を見開き、爪を振るう。


「と、取れたっす!」

「こんなもんだな」


 奴は満足気な顔を浮かべ肩をいからせながら、この場を去って行ったのだった。

 ハトを救出できたはいいが、カラスはしばらくの間、ブルブル震えていたそうな。

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