第36話 かごめ

――公園の広場

 カラスの周りをハトがよちよちと回っている。首を前後に揺すりながらくるっぽーと。


「後ろの正面だあーれ」


 カラスの声と共にハトは歩みを止める。

 ドキドキ、先輩、今回はどうっすかー? とわくわくするハトへカラスが続きを述べていく。


「後ろの正面は誰もいない」

「せ、正解っす! 先輩ー! すごいっす」

「そ、そうか……」

「もう一回いいっすか?」

「あ、ああ……」


 カラスは目を閉じ、かーごめかごーめと歌い出すとハトがくるくるカラスの周囲を回り出した。


「後ろの正面だあーれ?」


 カラスの歌が終わると同時にハトはピタッと歩くのをやめる。


「後ろの正面はハトだ」

「せ、正解っす! 先輩! 全問正解じゃないっすか! さすが先輩っす! パネエッス」

「は、はは」


 ハトはきっと本気で行っているのが分かるからカラスの戸惑いは加速する。

 いや、人間がやっている遊びをしようとしたまでは良かったんだが、何でよりよってこれなんだよ。俺とハトだけじゃあ答えが分かっていてつまらんだろお。

 カラスの視界だと、左右も前を向いていて見えるし、見えないのは真後ろだけ。

 つまり、ハトの姿が見えなかったら後ろにいるのはハト。見えたら、後ろには誰もいない。


 これは、二羽でやる遊びじゃないんだって。とハトに言ったところで「そうっすか、先輩」で流された上に、彼は三歩で忘れまた同じ遊びをしようとするだろう。


「先輩ー!先輩のお友達が来たすよ!」

「ん」


 カラスは長考を打ち切り、振り返ると……ゾッとした。背筋が一瞬凍りついた。


 だって、奴が物凄い目で自分の後ろに立っていたんだもの。

 音をまるで立てないその歩法、さすが歴戦の狩猟生物である。

 いや、褒めてる場合じゃあねえ。カラスは冷や汗をダラダラ流しながら体の向きを変えた。


「よお、何やってんだ?」

「かごめかごめという遊びっすよ!」

「ふうん」


 奴は興味なさそうに首を左右に振る。

 ところがどっこい、ハトはやはりハトであった。


「奴さんも参加します? 面白いんですよ! ね! 先輩!」

「え?」

「ほう、どんな遊戯だ? 言ってみろ」


 「ちょっと待てええ!」カラスが叫ぶもハトはキラキラした目で先ほど覚えたルールを奴に語る。

 大丈夫、ハトはまだ歩いていないから忘れてない。


「やってみるか。カラス、真ん中に立て」

「お、おう」


 お、俺が鬼やるのかよ! 今度はハトがやるんじゃないのかよお。

 カラスが愚痴るもハトはウキウキと肩を揺らしている。

 し、仕方ねえ、やるか。カラスは投げやり全開で眼を瞑る。


 い、いつ襲いかかってくるか分かったもんじゃねえ。音をまるで立てないし。くああ。

 カラスはそんなことをぐるぐる考えながらも、とっとと終わらせようと歌をつむぐ。


「後ろの正面だあーれ?」


 カラスが目を開くと至近距離に奴が!


「くああ!」


 驚くカラスへ奴はクイっと顎をあげる。

 正解を言えということだとカラスはすぐに理解した。


「後ろはハト。これでいいか」

「すごいっす! 先輩!」


 ハトの殊更明るい声がカラスの耳に入る。

 カラスは乾いたくああ声を出しハトへ応じるのだった。

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