第19話 電車

 都内某所の駅舎の屋根の上、カラスとハトは相も変わらず駅に入っていく間抜けな人間どもを眺めてぐああとあくびをしていた。


「くああ」

「くええ」


 二羽はたらふく食べたため、眠気がピークに達しようとしている。

 しかし、カラスはふと思い立つ。

 

「ハト、最近の俺はたるんでるかもしれねえ」

「そうっすか?」

「昔の俺はもっとこう……尖ったナイフみたいだったよな」

「そうでしたっけ、触るものを傷つけてましたっけ……?」

「おっと、このことはそれ以上触れちゃいけねえ」


 カラスは突然芝居がかった仕草で首を振り……くあっと目を見開く。

 そうだ。最近の俺は挑戦が足りない。もっとこう熱かったよな、俺は! カラスはくえええと気合の籠った声を出す。


「行ってくる。ハト」

「どうしたんですか? 先輩?」

「まあ見ていろ。俺……電車に乗るぜ?」

「せ、先輩……そのくええええ! っとした目……パねえっす!」


 カラスはキラーンと目を輝かせると、くわっと羽ばたく。彼は一直線に飛んでいき、駅舎の中へと入っていく。

 彼に迷いはなかった。くあああという凛々しい雰囲気を漂わせながら、券売機の前に着地。昼時で少なくなっていた人間たちの注目を浴びる。

 勝負は駅員が来るまでだ……カラスは堂々と券売機に近寄る人間を見定め……。

 

――ここだ!


 カラスはちょうどICカードをチャージしようとした人間に目をつけ、一息にその人間の手元まで飛ぶと嘴をささっと振るう。

 結果、見事彼の嘴にはICカードが収まっていたのだった。

 完璧なる成功に思わずくああと叫びそうになるカラスだったが、口を開くとせっかくくわえたICカードが落ちてしまうから、グッと堪える。

 

 慌てる人間へニヤリとしながら、カラスは次の手を打つ。

 このICカードを奪い返されないために……。こうだ!

 

 カラスはICカードをくわえたまま飛び立つと、この人間から一番遠い券売機へ向かう。

 目標は券売機にICカードを通すこと。

 

――空中に飛びながら器用に券売機へ斜めに乗っかるカラス。そのまま嘴を巧みに動かしICカードを券売機に突っ込む。

 切符のボタンを適当につつくと、券売機から切符が出る。

 このカラスの動きに気を取られていた人間たちは、身動きすることができなかった。

 

 俺の目的が切符だと思ったら大間違いだぜ? カラスはニヒルに心の中で呟くと、出て来たICカードを再び口にくわえ改札へと飛び立つ。

 青いところにぴーすると、改札のドアが開きカラスはそこを一目散に駆け抜ける。

 

 そのまま階段を上がり、駅のホームまで突入したカラスの目にハトの姿が映りこむ。

 

「先輩、ちーーっす」

「な、何してんだ、ハト!」


 カラスは思わず突っ込んでしまい、ICカードが地面に落ちてしまった。

 

「何って、先輩が電車に乗るっていうんで来たんですけど?」


 不思議そうに首を傾けくるっぽするハト。

 

「え……一体どうやって……」

「そのまま歩いて来たんですよ。改札を抜けて階段をよちよち登って……」

「改札をどうやって抜けたんだ」

「改札が閉じてても僕らだと頭の上じゃないですか、ドアは」


 た、確かにそうだ。し、しかしハトの奴……人間どもがいるというのに何の対策も取らずに……しかも歩いてとか狂ってやがる。

 カラスはハトに戦慄するも、電車がホームまでやって来たのでハトと一緒に乗り込むのだった。

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