第3話 鯖缶

「先輩、重いっす」

「ん?」


 電線の上にとまっているハトの上にカラスが乗っかっていた。

 長く伸びる電線にいるのは彼らのみ。ハトの背中はカラスの足のため羽毛が少しめり込んでいる。

 

「何も僕の上に乗らなくても……」

「ははは、電線の上はどうも慣れなくてな。ハトは得意だろ」

「僕一人ならそうっすけど……あああ」

「うおおお」


 一陣の風が吹き抜け、バランスを崩したハトは電線から落ちてしまう。

 慌てて羽ばたく二羽。

 無事アスファルトの道の上に着地した二羽はふううと胸をなでおろした。

 

「やっぱ危ないっすよ。先輩」

「そうだな。お、ま、まずい。ハト!」

「え? うあああ。早く逃げましょう! 先輩!」


 再び飛び立とうとするが、彼らの思いは虚しくこわもてのトンビにあえなく回り込まれてしまった。

 トンビはこう見えて猛禽類。ハトだって喰っちまうんだぜ。

 

「よお、お前ら。相変わらずしけた面してやがんな」

「な、なんでしょう?」

 

 ビクビクしながらトンビに応じる二羽。

 そんな彼らを他所にトンビはご機嫌に語り始める。

 

「浜辺で人間どものお弁当をかっさらいまくっていつも満腹なんだ。お前らにもおすそ分けだ」


 よく見ると、トンビは何かを足で掴んでいる。


「それ、鯖缶ですか?」

「おうよ。食べていいぞ。じゃあな!」


 トンビはそう言い残すと空へと舞い上がっていった。

 

「先輩……何だったんでしょう? あのならず者がこんな事をするなんてどういう風の吹き回しでしょうか?」

「ん、よく見てみろ、ハト。奴は嫌がらせにこれを置いていったんだよ」

「え?」


 ハトはくるっぽくるっぽおとよちよち歩いて鯖缶をつつく。

 「なるほど」とハトは心の中でくええした。

 

「気が付いたか?」

「はい。鯖缶の蓋がしっかりと閉じてますね」

「おうよ。トンビの馬鹿じゃあ、これは開封できんだろうな。食べられないだろうと思って嫌がらせしたんだろうが……」


 そうは問屋が卸さねえとばかりにカラスは囀る。


「先輩、これ突いても無理っすよ?」

「何言ってんだよ、ハト。あれを利用するんだよ」


 カラスは鯖缶を両足で掴むと、飛び上がった。ハトも彼の後ろに続く。

 

 やって来たのは道路だった。路駐している車の車輪の前に鯖缶を置くカラス。

 

「なるほど! さすが先輩っす! パねえっす!」

「ははは、そうだろう!」


 近くの街路樹の枝にとまりじっと車が動き出すのを待つ二羽……。

 ドライバーが戻ってきていざ発信となった時、トライバーは鯖缶に気が付き脇に鯖缶を蹴飛ばしてしまった。

 

「……」

「……」


 思わず顔を見合わせる二羽へぴゅーーっと風が吹き抜ける。


「先輩、僕行ってきますよ!」


 ハトが転がった鯖缶を掴むと立体交差へ向けて飛んでいく。

 ま、まさか、あいつ……カラスは心の中でくええした。

 

「待て、ハト! 高速道路はダメだ。回収できなくなる!」

「大丈夫っすよお。何とかなりますって」

「無理だって、おい、こっちに鯖缶を」

「ちょ、先輩乗っからないでください!」

「あ」

「あ」


 ちちくりあったせいで、ハトの足元が狂い哀れ鯖缶は落下していく。

 やれやれと二羽は鯖缶を拾いに地面へと降り立つと……。

 

 高い位置から落ちた鯖缶が割れていたのだった。

 

「……」

「……た、食べましょうか。先輩」

「あ、ああ。そうだな……」

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