(第一幕完) 香澄のカウンセリング(調査)レポート(二)
『香澄のカウンセリング(調査)レポート(二)』
[二〇一五年五月二三日……今日は私が代理顧問を担当している、心理学サークルの息抜きをかねた旅行の日。私自身も途中参加という身であるが、久々の息抜きであるこの機会を有効に活用したい。
いじめ問題の加害者であるCとMから遠ざけるために、被害者のEは私たちと一緒に行動している。表向きは大丈夫という顔をしているが、その心中はやはりCとMを恐れているに違いない。
旅行の行き先に私たちが選んだのは、ワシントン州やシアトルの避暑地として有名なサンファン諸島。私たちが日々暮らしているシアトルとは雰囲気が異なり、自然が多いという印象を持った。初日の午後、“イングリッシュキャンプへ行きたい”というEのリクエストに答え、私たちは現地へ向かう。
そこで見た景色はまさに絶景で、桃源郷と呼ぶにふさわしい。とにかく自然豊かな場所で、車道にキツネが飛び出すというちょっとしたハプニングにも遭遇した。
午後六時ごろに部員全員で集まり、サンファン諸島でも有名なレストランで食事を済ませる。終始なごやかな雰囲気だったが、CとMの言動や行動を私は常に注意深く観察する。
食事を終えた後は一旦解散ということにあり、私たちは宿泊先の『トランペッター イン』というホテルに向かう。レストランから車で一〇分ほどの場所にあり、比較的静かな場所で居心地も良かった。私とEは一〇一部屋、FとJは一〇二部屋へ宿泊することになった。
二〇一五年五月二四日……『トランペッター イン』で一夜を過ごした私たちは、二日目の観光旅行を堪能する。終日サンファン諸島の景色や自然を満喫することが出来、心から楽しかったと言いきれる旅行だ。
観光旅行の中で印象に残っている内容として、Eの表情に笑顔が比較的多く見られたことだ。大学では緊張のためか顔つきもどこか固く、笑みを浮かべることもあまりなかった。だがCとMが近くにいないという安心感からか、Eは私たちへ積極的に話をしてくれ、笑顔を見せてくれる回数もいつもより多かった。……特にEの笑顔は太陽のように眩しく、人を惹きつけるような不思議な魅力がある。
普段見せる大人しい印象とは異なり、不思議な魅力を持つ子だと改めて思った。仮にEが私の親友Mgのように明るく積極的な性格であれば、いじめという陰湿な行為を受けること自体なかったかもしれない……
二〇一五年五月三〇日……サークル旅行が終了して数日が経ち、私は一人ラベンダー入りの紅茶を教員室で堪能する。そんな時、血相を変えたJが私の元へやってきたのだ。
Jから話を聞くと、“CとMの二人がまたEにちょっかいを出している。しかも今度は険悪な雰囲気が漂っている”と言うのだ。これまで両名は息をひそめていたと考えられ、ここにきて行動に移した可能が高い。
彼女の話を聞いた瞬間、“最悪の事態が起こる前に何とかしないと”という考えが私の頭の中を駆け巡る。だが相手が何らかの武器を所持している可能性を考慮して、大学に常駐している警備員数名の力を借りることにした。
急いで心理学サークルの部室のドアを開けると、私たちは驚くべき光景を目にする。CとMの両名が、今まさにEへ暴行を加えようとしていた瞬間だ。とっさに“止めなさい!”と説得するが、彼女たちかは反省の色がまったく見えなかった……
そこへ警備員数名がテーザーガンという電極を発射する道具を使い、抵抗するCとMを取り押さえ、Eを無事救出した。Eに外傷はなく、これで山場は越えたと私は一安心する。
同日の夜九時ごろに、用事を終えたサークル顧問のFがワシントン大学へ戻ってきた。そこで私が改めて事情を説明すると、Fは大きく落胆してしまう。しかしその後の処理が想像以上に的確かつ素早く行われたことに対し、私は内心驚いていた。
二〇一五年五月三一日……事件が起きた翌日、私と親友のJ、そして被害者のEはFの教員室に集まる。同時刻、Fはワシントン大学へ事の一部始終を報告しているのだ。正式な回答は午後には得られるとのことで、私たちはFの帰りをただ待っていた……
そして午後一時〇〇分ごろにFが戻ってきて、私たちにCとMの処分について教えてくれた。なお二人の詳しい処分内容については、最後にまとめて説明する予定。
今回の事件は無事解決したが、それは私一人だけの功績ではない。常に私の心身を心配してくれたFとその夫で私の恩師でもある教授(以下K)、そして親友のJとMg。
私・親友のEとJに対し、CとMの処分についてFは説明してくれた。だがFの説明に、一つだけ納得出来ないことがあった。それはCとMが警察や病院関係者に拘束されるのではなく、社会福祉医療センターへ行くという件について。
事情を知るFから話を聞くと、CとMにはある精神病を患っていた可能性があると語ってくれた。【多重人格(別名 解離性同一障害)】である可能性が高いとFは判断し、これまでのCとMの行動を臨床心理士の立場から結論を出した模様。
CとMが【多重人格】になった原因を解くポイントは、彼女たちの幼少期にある私は考えている。幼少期に性的・肉体的虐待やいじめなどを受けると、心が強いストレスを感じてしまう。特に心が未成熟な子どもならなおのこと……
それが後にPTSD(別名
以前心を閉ざしていたTという少年に対し、私は出来るだけ一緒にいて、気持ちを共有するという手法で、心を通わせたという経験がある。その経験が自信へと変わり、“こんな私でも人を救うことが出来る”という一欠片の勇気が生まれていたのだ。
だがそれで問題がすべて解決するほど、現実は甘くない。今回のCとMのように、凶行に走ってしまうケースもある。そんな時に言葉で説得しても、彼女たちの心には届かない。このような非常事態においては、力で相手を制するという方法が有効かもしれない。
しかし誤解をしないで欲しい。確かに私は“力で相手を制する方法が有効”と述べたが、それはあくまでも緊急時における話。
(一) 相手が心を閉ざしている (二) 自分の言うことを聞いてくれない、という理由だけで力を使うことは許されない。それは心のケアや教育指導などではなく、ただの虐待や弱い者いじめ。……将来心理職を目指す者として、一番行ってはいけない指導法だ。
少し個人的な話になってしまうが、私は約一年前にワシントン大学で優秀な成績を収めて卒業することが出来た。だがそれはあくまでも勉強が出来るというだけの話で、臨床心理士や心理職員として人を救うということには直結しない。
人の心というものは実に複雑で、教科書や台本通りに進まないことが多いのが現状。だが私には現役臨床心理士として多大な功績を残した、Fという立派な女性がいる。幸いなことに多くの親友や知人らに恵まれている私は、ある意味とても幸せな女性なのかもしれない。……その幸せを常に噛みしめながら、一人の人間として成長していきたい。
これまで多くの困難に突き当たってきたが、こうして無事事件を解決出来とりあえず一安心。だがこれですべて終わったわけではない。私の人生はスタートしたばかりなのだ。どんな困難や試練に遭遇しようとも、私は努力を惜しまない……
今回のカウンセリング・調査結果などを以下に記載。(敬称略)
一.『いじめ疑惑の真相について』
被害者……エリノア・ベルテーヌ(ワシントン大学 心理学科に在籍)
年齢 ……一九歳
被害 ……加害者に弱みを握られたことによる、金銭要求・暴行未遂・人権侵害。後に本人・関係者などから事情を聞くが、すべて加害者の一方的な逆恨みが関係している模様。なおEの精神状態は今のところ安定しており、被害による後遺症は発症していない。
加害者……(一) シンシア・ミラー(ワシントン大学 法律学科に在籍)
(二) モニカ・レイブン(ワシントン大学 教育学科に在籍)
年齢……両名とも二〇歳。
犯行……被害者 エリノア・ベルテーヌへの金銭要求・暴行未遂・人権侵害。
犯行動機……被害者エリノア・ベルテーヌとの性格の不一致がきっかけとなり、それがいじめへと発展したと思われる。
だが最大の要因として、相手を見下す・忍耐力の欠如・感情の浮き沈みが激しい、などの性格・精神的な問題が数多く確認されている。
これらの診断結果から両名は【多重人格(隔離性同一障害)】であると、臨床心理士の立場からFは判断する。私もFと同意見だ。
二. 『ワシントン大学 盗難未遂事件の真相について』
加害者……一で事件を引き起こした、(一) シンシア・ミラー (二) モニカ・レイブン
年齢 ……両名とも二〇歳。
被害 ……ワシントン大学の備品(構内のガラス数枚の損傷)・職員ならびに関係者数名に対する暴行(何らかの化学薬品を散布・被害者への暴行)
犯行動機……加害者両名は大学生活に何らの不満を持っていたと考えられ、それが最終的に盗難未遂事件という形になって表れた可能性が高い。また両名はEへの『いじめ疑惑問題』については認めているが、それ以外の犯行については否認。詳細が分かり次第、別途報告する。
三. 『加害者に対する処分について』
一……今回の一件を受け、ワシントン大学は警察沙汰にはしない変わりに、(一) シンシア・ミラー (二) モニカ・レイブンの両名を
二……【多重人格】が疑われる両名は、数週間から一ヶ月ほどコロラド州にある社会福祉医療センターへ身柄を移す。しばらく様子を見た上で、後日精神病院へ移動させる予定。
※ 二の事件内容が一部判明していないことを考慮して、最終カウンセリング(調査)は後日改めて作成する予定。
第一幕 完
第二幕 『夢のゆりかご~完結編~』へ続く
夢のゆりかご~ドラマ編~ 月影 夏樹 @six4ydct
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