疑惑が確証へと変わる瞬間
ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年五月一三日 午後〇時三五分
事件の調査を進めるために香澄が密かに呼びだした客人とは、親友のジェニファーだった。現状ではあまり表沙汰に動けないため、事情を知っているジェニファーの力を借りようと思った香澄。またジェニファーなら盗難未遂事件といじめ疑惑問題について、双方の新たな情報が得られる可能性もある。
自分の淹れた紅茶を一口飲みながらも、“あれから何か思い出したことはない?”とジェニファーに優しく問いかける香澄。“そうですね”という顔をしながら、香澄の淹れた紅茶を口にするジェニファー。そして数十秒ほど考え込んだ末、握りしめた右手を左手にパチンと当てた。
「そうよ。実は私も、香澄に伝えたいと思っていたことがあるの!」
“思いがけない情報が得られるかもしれないわ”と、体を前に寄せる香澄。そんな香澄をよそに、新たな真相がジェニファーの口によって語られる。
「実は昨日のことなんですけど……」
『ジェニファーが香澄へ語る、新事実について』
一 昨日の夕方頃にフローラに会うために教員室へと向かう途中で、廊下の片隅でエリノアがシンシア・モニカの両名と一緒にいる姿を目撃する。遠くから様子を見てみると、エリノアは財布の中からシンシア・モニカの両名へお金を渡していた。
彼女たちは人目を気にしており、いかにも険悪な雰囲気という感じだった。なので断定は出来ないが、エリノアはシンシア・モニカの両名に何らかの弱みを握られている可能性が高い。
二 数ヶ月前に発生した盗難未遂事件の犯人像について、新たな情報。逃走中の犯人は追いかける教職員たちを追い払うため、左手に持っていたガラスの瓶を複数投げてきた。瓶が割れると何かの液体がこぼれ、同時に強い刺激臭が充満した。幸い痛みはすぐに治まったが、教職員の一人は軽度の呼吸困難に陥った。
いずれも異なる成分の薬品だったことから、犯人は化学・薬などの知識がある人物かもしれない。
「……というわけなんです。ちなみにこのことは、まだフローラにはお話ししていません。最初にあなたの意見を聞きたくて……」
香澄にとってあまり聞きたくなかった真実が、ジェニファーによって語られる。今までは疑惑程度の問題だったが、これでエリノアがシンシア・モニカの両名からいじめを受けている可能性が濃厚となった。何より正義感の強い性格の香澄にとって、いじめという陰湿なことをする二人が許せなかった。
話を聞いた直後、香澄はジェニファーに対し少なからずの憤りを覚える。“親友のエリーがいじめを受けている場面を目撃しながら、なぜその場で彼女たちを止めなかったの?”と、軽い敵意のまなざしをジェニファーへ向ける香澄。
だが比較的早く冷静さを取り戻した香澄は、ジェニファーのとった行動が間違っていないことに気がつく。何かと問題行動を起こしていると噂があるシンシアとモニカの両名に対し、何のスポーツ経験もないジェニファーが立ち向かっても勝ち目はない。
そしてジェニファー自身も、親友がいじめにあっている事実を知りたくなかった。悪く言えば見て見ぬふりをしてしまったジェニファーだが、最も心を痛めているのもまた彼女自身かもしれない。
だが自分だけの力ではどうしようも出来ないと思ったのか、今後の対応をどうすべきか香澄に相談するジェニファー。
「ジェニー、とりあえずフローラへ報告しましょう。……そして私たちが出来ることは一つ、エリーの側にいることよ。私たちが彼女の側にいれば、二人もあの子にちょっかいを出してくることもないでしょう」
勇気あるジェニファーの助言や情報によって、ここにきて新たな情報が得られた。その新情報を整理すると、以下の通りである。
一 左手で逃亡用に使用したと思われるガラス瓶を投げてきたことから、犯人は左利きの可能性が高い。同時に刺激臭を発生させる謎の液体を散布されたことから、薬品や化学などの知識に長けているかもしれない。
二 これらの事実を組み合わせた結果、犯人はシンシア・ミラー、モニカ・オリーブ、手足を負傷しているアルバート・レイブン 計三名のいずれかと思われる。
三 盗難未遂事件といじめ事件が同一犯だと仮定した場合、この二つの事件に関係しているのはシンシアとモニカの両名が浮上する。
四 だが現状では確実な証拠がないため、容疑がかかっている三名に問いただすことはしない。最終的にフローラへ報告するものの、最終的な判断は彼女に
五 一~四の情報を整理したことによるプロファイリングは、あくまでも心理学サークルの中に犯人がいると仮定した時の話。なのでサークル関係者以外・外部犯による犯行の可能性も、少なからず考慮する。
「……という流れでいいかしら? あなたさえ問題なければ、すぐにでもフローラへ連絡してみるわ」
「はい、もちろんです。よろしくお願いします、香澄」
ジェニファーも同意見だったことを確認した香澄は、すぐにスマホでフローラを呼び出した。今日は午後の講義はないと聞かされていた香澄は、“今なら時間もあるし、フローラなら力になってくれるに違いない”と確信していた。
数コールほどしてフローラが電話に出ると、香澄は“調査報告について、至急お知らせしたいことがあります”と単刀直入に用件だけ伝える。本来なら自宅で行うはずの調査報告なのだが、頭の良い香澄が至急という言葉を使ったことに対し、“何か急を要する展開になったのね”と直感するフローラ。
果たしてこの先、香澄とジェニファーはフローラにどんな報告をするのか? そして真相を聞いたフローラは、どのような形で力を貸してくれるのだろうか?
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