裏の顔を持つフローラ
ワシントン州 ワシントン大学(警備室) 二〇一五年五月三〇日 午後九時〇〇分
香澄による突然の連絡を受け、すぐにワシントン大学へ戻ってきたフローラ。どこか元気のない声だったこともあり、“何だか嫌な予感がするわ……”とフローラは一人不安に駆られる。
なおシアトル主催のイベントで同席していた夫のケビンは、妻のフローラから事情を聞いている。だが事態を大きくしたくないと思ったのか、“今回の一件については、すべてフローラに任せるよ”とだけ言い残し、ケビンはその後イベント主催たちとどこかへ行ってしまう。
シアトル主催のイベントで疲れているフローラだが、香澄から呼び出されたとなると行かないわけにはいかない。イベント終了後、急いで車でワシントン大学へ向かったフローラ。その時はすでに夜の九時を回っていた……
無事警備室へ到着したフローラを待っていたのは、香澄・ジェニファー・エリノアの無事な姿。そして体格の良い数名の警備員のほかに、ならびに後ろ手に手錠をかけられているシンシア・モニカの両名の姿が瞳に映る。
「こ、これは一体どういうことなの!? 一体何があったの!?」
案の定混乱してしまうフローラの姿を見て、警備員の一人が淡々と事情を説明する。ついにシンシア・モニカの両名が越えてはならない一線を越えたことを知り、
「……あぁ、何て事なの! どうしてこんなことに……」
首を横に振りながら大きく落胆してしまうフローラ。先日厳重注意したにも関わらず、二人が今回の事件を引き起こしたことに対し、大きくため息をもらすフローラ。
落胆しているフローラに対し、今回の事件を引き起こした二人の処分をどうするか尋ねる警備員たち。自分が管理する部活の部員が引き起こした事件なので、“もう少し間を置くべきだったかもしれない”とフローラの心中を心配する。
「フローラ。私たちが取り押さえた二人について、どうすれば良いですか? ……実は警察へ通報しようとしたら、こちらのお嬢さんたちに止められまして」
通常ならワシントン大学の名を汚そうとしたシンシアとモニカに対し、拘束後警察に通報する警備員の判断は間違っていない。だがフローラととても親しい関係にある香澄から止められたので、警備員たちはやむを得ず彼女の指示に従っている。
だがフローラの反応は以外にも淡々としており、
「……そうですね。彼女たちの処分については、私はこのように考えています」
比較的落ち着いた口調でシンシア・モニカ両名の処分について語る。
『シンシア・モニカ両名の今後の流れについて』
一 コロラド州にあるフローラが個人的に知っている社会福祉医療センターへ、シンシア・モニカの両名を預ける。数週間から一ヶ月ほど施設に預けた後、正式に精神病棟へ入院させる。
二 表沙汰にしたくないというワシントン大学の判断により、警察へは通報しない。ただし大学側の名誉問題を考慮して、加害者の二人は
三 被害者のエリノアについては、現状維持となる。ただし彼女が希望すれば、精神科や大きな病院などでカウンセリングや治療を受けることが可能。その際にかかる費用は、全額ワシントン大学が負担する。
「……という形で進めたいと思います。それから……警備員さん。これは私を含めた大学側が決めた事案になりますので、くれぐれも他言しないようにお願いします」
「分かりました……。そういう事情があるのでしたら、私たちはそれに従います!」
一方的な提案に警備員たちは異を唱えると思われたが、以外にも誰ひとりフローラへ反論する者がいなかった……
「よろしくお願いしますね。それから……この子たちを守ってくれて、本当にありがとうございます。本当に……ありがとう……。あなたたちがワシントン大学を守っていること……私はとても誇りに思います!」
「いえ、これくらいのこと何でもありません。この大学に通う子どもたちの安全を守ることが……私たちの職務なので」
命をかけてエリノアを救い、命をかけて香澄とジェニファーを守ってくれた警備員たちへの感謝の気持ちを込めて、一人ずつハグを交わすフローラ。……この時のフローラの言葉にはとても重みがあり、ただの臨床心理士とは異なる雰囲気があった。
ワシントン大学でも一目置かれている存在のフローラから、直接感謝の言葉を受ける警備員たち。彼女を尊敬しているのは生徒たちだけではなく、教職員や警備員たちからも評判は上々。
そんなフローラをとても尊敬していると思われるワシントン大学へ配属されたばかり警備員の一人が、彼女に思いきってある質問を投げる。
「ちょっと小耳にはさんだのですが……フローラは例の組織に所属しているというのは……本当ですか!?」
興奮のあまり突拍子のない質問をする若い警備員。そんな質問をした彼に対し、
「お、おい!? こんな時にそんな質問をするな。少しは場をわきまえろ!」
勤続20年以上のベテラン警備員が注意する。そして口が滑った若い警備員に変わり、
「すみません、フローラ。こいつは警備員としての腕は良いのですが、少し礼儀知らずでして……」
なぜかフローラに謝るベテラン警備員。
一向に謝り続ける警備員たちの姿を見たフローラは笑みを浮かべ、
「……ふふ、気にしないでください。別に私はその件について、隠しているつもりはありませんので。それから一言付け加えておきますと、組織と呼ぶほど堅苦しい場所ではありませんよ」
何事もなかったかのように語る。いつものよう優しい笑みを浮かべているフローラだが、この時ばかりはどこか寒気を感じてしまう。
謎の会話をしているフローラと警備員たちだが、彼らの間には良い意味での緊張感が漂っていた。そんな彼らの会話に香澄たちは加わることなく、ただ耳を傾けているだけ……
どうやらフローラには『ワシントン大学で働く現役美人臨床心理士』という顔以外にも、別の顔があるようだ。だがフローラはそういった噂があることを否定するどころか、逆にあっさりと認めてしまう。……それがかえって不気味だ。
若い警備員が語った例の組織における正体は、今のところ不明。……フローラが所属していると思われる例の組織とは、どのような場所なのか? フローラは本当に味方なのか? そんなフローラを心から尊敬する香澄の真意とは、一体何なのか?
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