犯行の瞬間

 ワシントン州 ワシントン大学(警備室) 二〇一五年五月三〇日 午後五時一五分

 香澄とジェニファーが走ること数分、二人は警備員が常駐する警備室へと到着する。血相を変えた香澄たちの姿を見た警備員は、二人の様子に気にしつつも優しく問いかける。

「どうしました、お嬢さんたち? 随分と慌てているようですが……」

 香澄はエリノアの身に起こっているであろう状況を説明すると、“分かりました、すぐに現場へ向かいましょう!”と警備員は言ってくれた。相手は二名ということもあり、常駐していた警備員が数名駆けつける。

 そして彼らが心理学サークルの部室へ向かう途中、“自分勝手なお願いということは承知していますが、銃は最後の手段として使用してください……”と警備員たちへお願いする香澄。


 ここは香澄が生まれ育った日本ではなく、銃社会のアメリカ。銃による犯罪も多発していることから、学校に常駐する警備員も銃を携帯している。

「分かりました。……安心してください、私たちにはがありますので! 数ヶ月前のような失態を見せるつもりはありませんから」

香澄へそう約束するものの、“万が一のことも予想されるため、断言は出来ません”と補足説明をする。それを聞いた香澄は納得した素振りを見せるが、彼女は瞳を閉じたまま軽くため息を吐く。

 また香澄は構内に設置されている非常用ボタンの活用も検討したが、エリノアの無事を最優先に考えた末、数名の警備員たちに協力を要請した。


  ワシントン州 ワシントン大学(部室) 二〇一五年五月三〇日 午後五時三〇分

 数名の警備員を引き連れて、急いで心理学サークルの部室へと向かう香澄とジェニファー。“エリー……どうか無事でいて”と心の中でひたすら祈り続ける二人。

 この先は何が起こるか分からないという状況だったこともあり、数名の警備員が先頭に立ち、香澄とジェニファーは彼らの後ろに身を寄せる。そして声のボリュームを少し落とし、

「私たちが三つ合図をしたら、部屋に入ります。……三、二、一!」

先頭に立つ警備員がハンドシグナルで合図を送る。瞬時にドアノブに手をかけ、彼らは一斉に部屋へと突入する。


 先に入った警備員の後に続くかのように、恐る恐る部屋の様子をうかがう香澄とジェニファー。彼女たちの目には、エリノアの首を絞めようとするシンシアとモニカの姿が映る。エリノアの前に立っているシンシアは、今まさに彼女の首を絞めようとしていたようだ。そしてモニカはエリノアの身動きが取れないように、彼女の体を両手でしっかりと抑えつけている。

「あ、あなたたち……一体何をしているの!? すぐにエリーから離れなさい!」

 一瞬頭が混乱してしまうが、すぐにエリノアの側から離れるように声を荒げる香澄。一方で邪魔が入ると思っていなかったのか、香澄たちの姿を見て動揺の色を隠しきれないシンシアとモニカ。その証拠に彼女たちの目は大きく見開いており、プルプルと両足が軽く震えている。

「な、何でアンタたちがここにいるのよ!? ど、どうしてよ!?」

「し、シンシア……やばいよ。は、早く逃げないと!」


 香澄たちが見た限りでは、二人とも銃やナイフなどは持っていないようだ。だが興奮して我を忘れているためか、シンシアは奇声を上げると同時にエリノアの白く細い首筋を締めはじめた。

「!!」

シンシアの手を離そうと、とっさに左手で抵抗するエリノア。だがその抵抗も空しく、次第にエリノアの顔は苦痛にゆがんでいく。

「シンシア、止めなさい! これ以上続けると、さらに罪が重くなるわよ!」

 香澄とジェニファーが必死に呼びかけるが、彼女たちの声は届いていないようだ。そして力のない香澄とジェニファーにとって、今のエリノアを助けることは出来ない。

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