繰り返される悲劇
五章
ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年五月三〇日 午後五時〇〇分
心理学サークル主催による、サンファン諸島への二泊三日ツアーが終了して、約一週間が経過。脅迫状を受け取ったこともあり、一人神経質になる香澄。だが彼女の予想とは裏腹に、エリノアへのいじめや事件などが起こることはなかった。
今日は土曜日ということもあり、本来ならば心理学サークルはお休み。だが事前に“五月三〇日の午後一時から緊急のサークルを開きます”と皆に告知していたため、部員たちは全員部室に集まっていた。
部員全員が集まった部室で、臨時顧問を務める香澄は一言挨拶する。
「みなさん。本来なら土曜日のサークル活動はお休みですが、集まっていただき本当にありがとうございます。……サンファン諸島への旅行も、みなさんのご協力のおかげで無事終了することが出来ました」
最初にお決まりの挨拶を述べた後、今後のサークルの予定を皆へ伝える香澄。
彼女は冷静かつ落ち着いた口調で話しており、教職員としての才覚に目覚めようとしている。厳密にはまだ教職員や臨床心理士ではないのだが、これも彼女の真面目な性格ゆえの
なおフローラとハリソン教授はこの日、シアトルが主催するイベントに招待されており、二人とも夕方から夜にならないと戻ってこない。
数時間ほど挨拶を交わした後、心理学サークルによる集まりは終了となる。サークルを終えた香澄は一人教員室へ戻り、熱々の紅茶を淹れ一息入れていた。
『フローラからいただいたラベンダー入りの紅茶……とっても美味しい。茶葉が無くなったら、通販で注文しようかしら?』
先日おみやげとして購入した、ラベンダー風味の紅茶を堪能する。熱々のお湯を注いだためか、部屋中にラベンダーの香りが漂っている。そしてラベンダー入りのハンドオイルを手に塗り、つかの間の休息を満喫している香澄。
『グレープフルーツの香りがするハンドクリームが切れたばかりだったから、ちょうど良いわね』
どうやらラベンダー入りのハンドオイルも、香澄お気に入りのコレクションになりそうだ。心地よい香りのするハンドオイルは、香澄の白く細い指先をさらに美しいものへと変える……
そんな夢心地な時間に酔いしれながら、心身ともに休息を取っている香澄。サンファン諸島の気持ちを思い出そうと、香澄は川のせせらぎが聴こえるヒーリングミュージックを流している。
そんな時“コンコン”という、誰かが教員室をノックする音が聞こえてくる。椅子に座った状態で“はい、どなたですか?”と香澄が問いかけると、
「あっ、良かった。ここにいたんですね、香澄!」
ドアの奥からジェニファーの声が聞こえてくる。ジェニファーにしては珍しく声のボリュームが大きいことから、何かあったのかと不審に思うが、“ちょっと待って、今鍵を開けるから”と言いながら、部屋の鍵を開ける香澄。
香澄が急いでドアを開けると、目の前には軽く息を切らしているジェニファーの姿があった。
「どうしたの、ジェニー? そんなに息を切らして……」
首をかしげながら香澄が問いかけると、
「……た、大変です! サークルの部室で、エリーがまたあの二人に絡まれています。し、しかも今度の雰囲気は……ただ事ではないわ」
時折言葉を詰まらせながらも、状況を知らせるジェニファー。
しかも今度はより険悪はムードのようで、ジェニファーは“私1人では対処できないわ”と判断した模様。そこで親友の香澄に相談し、この状況をどう切り抜けるべきか問いかける。
「……とりあえず誰かに助けを求めましょう。私たちだけで助けに行くのは危険よ」
ジェニファーの動揺ぶりを見て、“私とジェニーの二人だけで、今回の一件を対処するのは危険ね”と判断する香澄。そこで第三者に助けを求め、その後エリノアの救出に向かうというプランを立てる。
「わ、分かりました。で、でも香澄……一体誰に相談すればいいの!?」
興奮気味のジェニファーを落ち着かせようと、説得を続ける香澄の姿がある。
「大丈夫よ、ジェニー。私たちはこれから……警備員さんの所へ行きましょう。 事情を説明すれば、きっと力になってくれるわ」
事態は一刻を争うということもあり、とっさに部屋を出て警備員が常駐している部屋へと向かう二人。途中ジェニファーが、
「でも、香澄。どうして警察へ電話しないんですか? 警察の方がスムーズに対応出来ると思いますけど……」
香澄の対応にどこか不満げな様子を見せる。だが香澄は、
「ジェニー、忘れたの!? “今回の事件は内々に解決して欲しい”ってフローラに言われたことを。それにもめごとを起こしているあの二人は、何か武器を所有している可能性もあるわ。そうなったら、私たちには対処出来ないもの」
フローラに念を押されていることを、もう一度ジェニファーへ伝える。それを聞いたジェニファーも、“あぁ、なるほど”と一人納得した様子を見せる。
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