Child abuse(幼児虐待)

シンシアとモニカの処分について

 ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年五月三一日 午後一時〇〇分

 心理学サークルの部員である、シンシアとモニカの両名が事件を起こした翌日。ワシントン大学の関係者らは、加害者二人を正式に抹籍まっせき処分にすることを認めた。抹籍処分とは大学に生徒に在籍していた事実を抹消するもので、除籍処分より重い処罰。一般的に生徒や教職員ら関係者などが、何らかの犯罪を行った場合に適用されることが多い。


 香澄とジェニファー・エリノアたちは教員室内の椅子に座っており、フローラが戻ってくるのをただじっと待っている。フローラが戻ってくる間に、“エリー、本当に心のケアを受けなくて大丈夫なの?”と何度もエリノアを気遣う香澄とジェニファー。だが今回の事件の被害者でもあるエリノアは、“ありがとうございます。でも今のところは大丈夫です”と言い、香澄たちの気持ちだけ受け取る。

 一方で調査を依頼された香澄とジェニファーの顔は、どことなく重苦しい雰囲気だ。やはりシンシア・モニカの両名がエリノアを絞め殺そうとしていた姿が、今も頭から離れないようだ。“それは映画やドラマだけのお話”と思っていただけに、彼女たちの心境は曇り空のように不安の色に満ちている……


 それぞれが不安や恐怖などに怯えていると、“コンコン”とノックする音と同時に教員室の扉が開かれる。予定の時刻より一時間ほど遅くなったが、大学側へ報告を終えたフローラが戻ってきたのだ。

「みんな、遅くなってごめんなさい。……彼女たちの処分については、予定通り進めることになったわ。そしてこれで事件は無事解決よ!」

フローラの口から“事件は解決”という言葉を聞いた瞬間、緊張感で固まっていた肩の力が少しずつ抜けていく。

 だが事件が無事解決したとはいえ、被害者であるエリノアの心のケアがまだ残っている。本人は大丈夫とは言うものの、数週間から数ヶ月後に心の傷がぶりかえす可能性も否定できない。

「エリー……今後つらいことや相談したいことがあったら、いつでも相談してちね。もし私に言いづらいことがあったら、香澄やジェニーでも構わないわ」

「……フローラ、香澄、ジェニー。ほ、本当にありがとうございます」

“ここまで一人で良く頑張ったわね”という励ましの意味を込めて、エリノアをハグするフローラ。その顔はいつになく優しい笑みを浮かべており、横にいた香澄とジェニファーもほっと胸を下ろす。


 これで一件落着ということになったが、香澄にはどうしても分からないことがあった。なぜシンシアとモニカの両名が、真っ先にへ預けられるかという事実について。通常なら先に精神鑑定を行ってから、刑務所へ入るなり病棟へ行くなりの順序がある。そのこと納得出来ない香澄は、率直な疑問をフローラにぶつけた。

「あなたが怒るのも無理ないわね、香澄。これには深い理由があるのよ……」

“これから話すことは口外しないでね”と念を押しつつ、重い口を開くフローラ。


          『加害者への対応の真意について』

一 これまでのフローラのカウンセリング結果から、シンシア・モニカらの言動や行動には、色々と問題があったと報告されている。症状や傾向として、相手を見下す・暴言を吐く・暴力をふるう、などがある。

 しかし大学構内で実害が出ていない・優秀な成績を収めていた・確実な証拠や物証などがない、などのことから今まで黙認されていた。

二 加害者の両名については、サークル内に限らず大学内でも評判が悪い。素行が良くない生徒としても噂が広まっており、対人関係についても問題が多々ある。学力は申し分ないが、気持ちや感情の浮き沈みが激しいことが何よりの短所。

三 サークル顧問のフローラが何度注意したにも関わらず、結果的にエリノアへの暴行事件を起こしてしまったシンシアとモニカ。

四 一~三を総合的に判断した結果、シンシア・ミラーとモニカ・オリーブの両名は【解離性同一性障害(多重人格)】であると、臨床心理士のフローラは結論を出す。


「……というわけなの。ごめんなさい、みんな。あなたたちには純粋にサークル活動を楽しんで欲しいと思ったから、あえて伝えなかったのよ……」

 香澄は心理学サークルの代理顧問を務める前に、部員の個人情報について軽く目を通していた。だがシンシアとモニカの両名の精神状態について、ここまで悪化しているとは予想だにしなかった。

 シンシアとモニカが精神病を発症していたことに驚いたのは、何も香澄だけではない。隣でフローラの説明を聞いていたジェニファーとエリノアも、信じられないという気持ちから目を大きく見開いている。

「いえ……気にしないでください、フローラ。あなたの責任ではありません」

「……ありがとう、香澄。そしてジェニーにエリー。あなたたちが頭の良い優しい子で、本当に助かるわ」


 教職員やサークル顧問に加え、臨床心理士という複雑な立場にいるフローラ。ましては自分が顧問を務めるサークルで加害者が出てしまったことに、ひどく心を痛めているだろう。

 重要な秘密を隠していたフローラに対し、愚痴や文句の一つや二つでも言いたい気持ちの香澄たち。だがフローラがひどく疲労しきっている顔をしており、部屋の中には重たい空気が漂っている。その空気に触発されたのか、“つらいのは私たちだけではない……”と香澄たちはそれぞれ感じたようだ。

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