いじめの原因

ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年五月一三日 午後九時〇〇分

 香澄たちの説得による成果もあり、やっと自分の気持ちに正直に伝えることが出来たエリノア。最初は泣き崩れあかく染まっていた頬も、落ち着きを取り戻すと同時に少しずつ白くなっていく……

「み、みんな……本当にありがとうございます。とても恥ずかしかったけれど、泣いたら何だか気持ちが少し楽になりました」

「気にしないで、エリー。……こんな時に何だけど、差し支えなかったらいじめの原因を教えてくれる?」

一瞬眉を細くしながらも、自分とシンシア・モニカたちとの関係を赤裸々せきららに語るエリノア。


     『今回問題になっているいじめの原因について(エリノアの考察)』

一 いじめの発端は数ヶ月前の心理学サークルでの活動。シンシア・モニカ両名とグループワークをすることになったが、二人は一向に協力してくれない。やむを得ずエリノアが一人で作業をしていると、“後輩のくせに生意気よ!”と彼女たちから文句を言われてしまう。

二 強気で傲慢な態度が目立つシンシアとモニカたちは、これをネタにエリノアにちょっかいを出し始めた。最初は無視するだけだったが次第にエスカレートし、今では金銭を要求するまでになる。


「……何よ、それは!? 元々グループワークに参加しない二人が悪いのに、それが原因でエリーに八つ当たりしているの!? 信じられないわ」

「二人の態度には、あきれてものも言えないわね――確かあの二人は、弁護士と教職員を目指しているんですよね、フローラ!? 今のお話を聞く限りだと、とても向いているとは思えないわね」


 やり場のない怒りを感じながらも、普段は穏やかな性格の香澄とジェニファーにしては珍しく、毒のある言葉を吐き続ける。彼女たちの言葉に賛同するかのように、シンシアとモニカへの今後の対応を改めて考えるフローラ。

「本当は部員たちの問題に口を挟みたくはなかったのだけど、これはそうも言っていられない問題ね。……いずれにしても、彼女たちとは一度しっかりとお話しを聞く必要がありそうね」

 教職員という立場にいるフローラは、シンシアとモニカへの処分、そしてエリノアをどう守るべきか頭を悩ませる。エリノアを守りたいという気持ちは皆同じだが、いざとなると解決策がなかなか浮かばないものだ。


 色々と頭の中で解決策を考えること、数十分が経過する。一度は消えかけていた希望の光に火が灯るかのように、フローラは何かを思いついた。

「そうだわ! ねぇ、みんな。私の考えをちょっと聞いてくれる?」


        『エリノアへのいじめ対策について』

一 数週間後に控えた二泊三日の旅行については、予定通り全員で参加する。

二 明日以降にサークル顧問のフローラがシンシアとモニカを呼び出し、エリノアへのいじめを止めるように厳重注意する。部員同士の旅行の参加は認めるが、彼女たちの性格や態度に改善が見られない時には、さらに重い処分を検討する。

三 事態が落ち着くまでは、香澄もしくはジェニファーのいずれかが、エリノアと出来るだけ一緒にいるように努力する。また双方が承諾するなら、エリノアの自宅へ香澄もしくはジェニファーが宿泊しても良い。

四 エリノアが希望するなら、サークル顧問で臨床心理士のフローラもしくは外部の医療機関へのカウンセリング・心のケアを受診しても良い。


「……というのが私の考えだけど、みんなはどう思う?」

 さすがに今日明日では解決出来ない問題だと思ったのか、まずはエリノアの安全を守ることを最優先に考えるフローラ。特に【三】の内容については、完全にフローラの独断によるもの。だがそれを聞いた香澄とジェニファーは、“エリーを守るためなら、喜んでお手伝いします”と言ってくれた。


 一方で“そこまでしていただかなくても”と、どこか謙遜する素振りを見せるエリノア。しかし自分の近くに香澄もしくはジェニファーがいれば、少なくとも今よりはシンシアとモニカに呼び出される可能性は低くなる。

「香澄……ジェニー、本当にいいんですか? 私の側にいると、あなたたちまでいじめられてしまうかもしれませんよ?」

 だが一向に他人行儀な姿勢を見せるエリノアに対し、“こういう時は遠慮なく友達を頼りなさい、エリー”と落ち込み気味の彼女を励ます香澄。


 それからもしばらく話し合いは続き、その結果、香澄とジェニファーが交代でエリノアの自宅へ泊まることになった。一度は陰湿ないじめによって、枯れかけていたエリノアの心。だが香澄・ジェニファー・フローラという友達が出来たことで、ふさぎ気味だった彼女の心も少しずつ潤いを取り戻していく。

「……今だから言うんですけど、どうしてあの時あんなを言ったんですか? 別に嘘を言わなくても良かったと思うけど」

思いもよらないエリノアの言葉に、軽く眉を細める香澄。だがすぐに言葉の意味を理解し、表情を和ませる香澄。

「嘘? ……私は別に嘘を言ったつもりはないわよ、エリー。だけよ」

 学校の成績やGPAなどでは計ることが出来ない、本当の意味で頭の良い香澄らしい説得力のある言葉だった。


 エリノアの心はまさにゆりかごのように、本当の自分でいられる場所を探しもとめている。そして彼女の心に揺れるゆりかごは、温かい団欒だんらんの輪へ入りこもうとしていた。

 なお【四】のカウンセリング・心のケアについては、“こんなに心配してくれるだけでも嬉しいので、今は大丈夫です”とエリノアはやんわりと断った。

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