ラベンダーの香りに包まれて

     ワシントン州サンファン諸島 二〇一五年五月二四日 午後三時〇〇分

 フローラがトランペッター インへ車を停車させた後、部屋で小休止を入れる香澄たち。出かける準備が整った香澄たちは、車ではなく徒歩である場所へと向かっている。

 時折世間話をしつつも、先頭を歩きどこかへ向かっている香澄。彼女の足取りを追いながらも、“一体香澄はどこへ行こうとしているの?”と心の中で探っているジェニファーとエリノア。一方フローラは終始ニコニコしており、シアトルでは味わえない澄んだ空気を彼女なりに満喫している。

 そうして香澄たちが道を歩いているうちに、段々とある花の香りが強くなっていく。そして辺り一面にラベンダーの香りが漂っている。


 今から数時間前の話に一同が午後に一度トランペッター インへ戻った後に、一足先に受付前へと到着した香澄。だがまだ誰も来ていなかったので、コンシェルジュに“すみません。この辺りでコスメ品を扱っている、おすすめの雑貨店ってどのお店ですか?”と尋ねる。

 そんな香澄の質問に、“そうですね、 はいかがでしょう? ラベンダーを使用した雑貨やコスメ品などを扱っていて、私も休日に良く利用するんですよ”とコンシェルジュのお墨付きのお店を教えてくれた。同時にコンシェルジュから、お店までのルートについてもしっかりと確認する香澄。

「ラベンダーのコスメ品!? それは興味深いわね。わかりました、ありがとうございます」

サンファン諸島でも人気のお店を教えてもらったコンシェルジュへ、一言お礼を述べる香澄の姿があった。


 道に迷うことなく、無事ペリンダバ ラベンダー農場へと到着した香澄たち。目の前の景色を堪能しながら、事前に用意していたガイドブックをパラパラとめくるジェニファー。

「……あっ、このお店ですか? ほら、ガイドブックにも載っていますよ」

とっさにジェニファーがガイドブックを開き、このお店が紹介しているページをめくる。“やっぱり有名なお店なのね”と心の中で安堵しつつ、おみやげとして購入する商品を選ぶ香澄たち。

 販売しているすべての商品が、ペリンダバ ラベンダー農場で栽培されたラベンダーを使用している。男性よりも女性向けの商品が多いのが特徴で、コスメ品やスキンケア商品が好きな香澄にはうってつけのお店。

 香澄は普段、グレープフルーツやレモンなどの柑橘かんきつ系コスメ品を好んで使っている。だが“次は別の香りを使ってみようかしら?”と香澄は密かに考えており、そんな時に知ったのがラベンダーコスメ品。


 今が開花時期ということもあり、辺り一面にはラベンダーの香りが漂っている。お店は午後五時前後まで開いているということもあり、先にラベンダー畑を回る香澄たち。香澄はもちろんのこと、一緒に付き添っているジェニファー・エリノア・フローラも実際にラベンダーを間近で見るのは初めて。雲一つない青い空模様に紫色の花が景色と一体化している光景は、上品な絵画の世界にいるようだった。

 数時間ほどラベンダー畑を満喫した後、ジェニファーとエリノアは一足先に宿泊先のトランペッター インへと戻る。一方香澄とフローラは、お店で販売されている商品に夢中。いつもは冷静な香澄も、この時ばかりはどこか興奮気味。商品は平均して、一つあたり一〇ドルから二〇ドル前後で販売されているものが多い。

『思っていたよりも安いわね。……これなら少し多めに買っておいても、大丈夫かしら?』


 心の中で一人お金の計算をする香澄をよそに、フローラもお店の中で商品選びをしていた。香澄ほどコスメ品が好きというわけではないが、フローラもラベンダーの香りが気に入った模様。

『こういうお店って、大概セット販売されていることが多いのよね。……あっ、あったわ!』

 フローラが目を付けたのは、 という商品。ハンドオイルやボディーローションなどのおすすめ品が一式入っており、値段も約四〇ドルとお手頃価格。

 また人一倍スキンケアに気を配る性格のフローラにとって、こういった場所でのおすすめ商品購入方法も熟知している。しっかりと店員にパッチテストをお願いし、肌トラブルがないことは確認済みだ。

「スキンケア品はこれでいいわね。そして主人たちへのおみやげだけど……これ何かいいかもしれないわ」

 そうつぶやきながらフローラが手に取ったのは、ラベンダー入りのコーヒー・クッキー・蜂蜜。一緒に暮らす香澄やジェニファーのために、クッキーや蜂蜜などを購入するフローラ。そして甘いものが苦手なハリソン教授のために、コーヒーを選ぶ。何気ない商品選びにおいても、フローラの主婦としての感性が役立っている。


 一足先にお土産選びを終えたフローラは、早速レジでお会計を済ませようと思う。だが彼女がふと視線を横へ送ると、目を細くしながら真剣な顔で考えごとをしている香澄の姿が映る。どうやら彼女は何を買うかまったく考えていなかったようで、一人頭を抱えていた。

 一向に先へ進みそうにない姿を見て、香澄のことを少し気がかりに思うフローラ。そんな香澄が心配になり、

「……どうしたの、香澄? もう購入するおみやげは決まった?」

と商品選びに悩む彼女の横からそっと声をかける。すると香澄は“え、えぇ……まぁ”と軽く苦笑いを浮かべている。

 フローラが香澄から事情を聞くと、どうやら彼女は単品で買うかセットで買うか迷っているようだ。パッチテストを済ませており、購入する意志は固まっている模様。だが欲しいスキンケア品やコスメ品が多いためか、あと一歩が踏み出せない。

 

 一緒に香澄の悩み事の解決法を考えつつも、優しく頬を緩めているフローラ。しかし“このままだと、レストランの予約時間に遅れてしまうわ”と思ったのか、

「こういう時はね香澄……単品ではなくセット購入するのよ!」

そう言いながら商品を手にするフローラ。

「ふ、フローラ!?」


 香澄が思わず困惑してしまったのは、フローラがお店で一番高い を選んだからだ。フローラが購入したコレクションにプラスして、さらに多くのスキンケア品が入っているスペシャルセット。だが値段も一一五ドルと高く、フローラが購入したセット品に比べ3倍近くもする。

「これを機に香澄のコスメ品コレクションに、この商品も加えるといいわ! 私がお会計を済ませておくから、先に外で待っていてね」

フローラが選んだ商品と香澄用のコスメ品を合わせると、合計で二〇〇ドル近くもする。慌てて一二〇ドル紙幣を用意する香澄だが、

「いいのよ、気にしないで。別々にお会計するよりも、まとめて済ませた方が楽でしょう!?」

フローラはお金を受け取らずお会計を済ませてしまう。フローラの言っていることは間違っていないのだが、どこか納得いかない素振りを見せる香澄。


 結局フローラに自分が使用する予定のコスメ品を、買ってもらった香澄。トランペッター インへ戻る道中“これ、先ほどの化粧品代です”と言いながら、一二〇ドル紙幣をフローラへ渡す香澄。だが彼女は“気にしないで、香澄。可愛い娘の頼みですもの。これくらいのことはいつでもしてあげるわよ”と言い、お金の受け取りを拒否してしまう。


 血縁関係ではないフローラと香澄の間には、もちろん血のつながりはない。だがフローラには子どもがいないということ加えて、香澄の幼少期からの知り合いでもある。

『フローラったら……ジェニーだけでなく私まで子ども扱いするんだから』

第3者から見れば溺愛できあい・過保護に見えるかもしれないが、フローラなりに香澄たちのことを大切に思い愛しているのかもしれない。

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