少年の面影に誘われて

ワシントン州 レイクビュー墓地(シアトル) 二〇一五年五月二日 午後一時〇〇分

 羽田空港からシアトル・タコマ空港へとたどり着いた、香澄とマーガレット。そのままワシントン州シアトルにある、ハリソン夫妻の自宅を訪れる。そこで挨拶を済ませた後、数年前と同じように着替えや手荷物などを自分の部屋にそろえた。

「……あれから一年が経つのね。まるで数日前のことみたいだわ」

一人感傷に浸りながらも、明後日からのワシントン大学勤務に備え、しっかりと体を休める香澄。

 一方 劇団員としてスターを目指すマーガレットは、来月までいくらか時間に余裕がある。だが今まで舞台稽古で遊ぶ時間がなかったこともあり、稽古が再開されるまでの間、同じ劇団の友達と買い物や小旅行などに行く予定。


 だがお互いに忙しくなる前に、絶対に寄っておかなければならない場所が二人にはあった。五月二日のお昼にランチを食べ終えた香澄とマーガレットは、足並みをそろえてある場所へと向かう。香澄の手には何かを入れたビニール袋、そしてマーガレットの手には花束が握られている。

 二人がどうしても行きたかった場所……それはかつて自分たちと数年間の青春を共にした、少年 トーマスが眠るレイクビュー墓地だ。一年ほどアメリカを離れていた二人にとって、真っ先に自分たちが戻ってきたことを伝えたい人物でもある。

「挨拶するのが遅くなってごめんなさい。……ただいま、トム」


 そう言った後、手にしていたビニール袋の包装を開け、何かの食べ物をトーマスのお墓に添える。次にマーガレットも花屋で購入した花束を、彼のお墓に添える。その後彼女たちは、レイクビュー墓地に眠るトーマスと彼の両親へ黙とうをささげた。その後二人は、静かに心の中でトーマスたちに話しかける……

『フローラのように美味しく作れたか自信はないけど、あなたの好きなよ。……私ね、ことになったのよ。……と言っても、正確にはフローラの助手だけどね。リース、ソフィー、香澄です。今朝私たちは無事に、日本からアメリカへ戻ってきました。そちらではトムが色々とご迷惑をかけているかと思いますが、あまり叱らないでくださいね? 表向きは強がっていることが多いけど、本当はあの子泣き虫だから。……トムのこと、引き続きよろしくお願いします』


 香澄に続いて、マーガレットも彼女なりに近況報告をする。真面目な性格の香澄とは異なり、あくまでも明るく近況報告を済ませるマーガレット。

『トム、天国でも元気にしているかな? 大好きなパパとママがいるから寂しいとは思っていないけど、あんまり二人を困らせるようなことを言っては駄目よ! 私はね……つい最近日本で舞台公演を終えたばかりなのよ。へ向けて、本格的な練習が始まるの。楽しみにしていてね!』


 アメリカでも豊かな自然に囲まれているシアトルでは、数多くの綺麗な樹木や木々が立ち並んでいる。特にワシントン州は常緑樹じょうりょくじゅが多いことから、「Ever Green State」と呼ばれることもある。年中安定した気候が多いことも、この土地ならではの特徴だ。


 彼らへ近況報告を済ませた香澄とマーガレットは、午後4時ごろにレイクビュー墓地を後にした。

「それじゃ、トム。今日はこれで先に帰るわね。……少しの間寂しいとは思うけど、我慢してね。……バイバイ」

 その後二人は久々のシアトルを満喫するため、学生時代に利用していたカフェでティータイムを楽しむ。

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