香澄のカウンセリング(調査)レポート(一)
『香澄のカウンセリング(調査)レポート(一)』
[二〇一五年四月五日……私こと高村 香澄がトーマス・サンフィールド(以下トム)の悲しい死によって心に深い傷を残してから、まもなく一年を迎えようとしている。心のショックに耐えきれなくなった私は、自宅療養という形で、生まれ故郷である日本へ帰国していた。
私が日本へ帰国すると同じ時期に、劇団員となった親友のマーガレット・ローズ(以下メグ)も一緒に、私の家へ同居してくれることになった。表向きは“所属する劇団の日本公演があるから”と言っていたが、本当は私の心身を心配してくれたのだろう。この時ほど、心許せる人の存在が心強いと思ったことはない。
同日、無事日本公演を終えたメグへのお祝いということで、アメリカでお世話になっていたもう一人の大切な親友のジェニファー・ブラウン(以下ジェニー)、そして一〇年近くの付き合いがある知人のケビン・T・ハリソン(以下ケビン)とその妻フローラ・S・ハリソン(以下フローラ)らが遊びに来てくれた。この時ばかりは私も過去のことを忘れて、私なりに日本公演を終えたメグを祝福したつもりだ。
無事パーティーが終わると、“もうそろそろあなたに大学へ戻ってきて欲しい”という私の心身を心配する声がかかる。独学ではあるものの、この一年間私は何もしてこなかったわけではない。
素人ながら薬学を学び、いつでも諦めかけた臨床心理士になるための準備は出来ていた。特例を除いて、臨床心理士という立場上において、医者や薬剤師のように薬の処方は出来ない。だがそれでも薬の知識を得ることで、何らかの役に立つことを
最初は少し戸惑いこそしたものの、“あなたは一人ではない”と塞ぎがちな私の心をフローラが激励してくれた。この言葉が私の心に強く残り、再びワシントン大学へ戻ることを決意する。やはり人はお互いに助け合って生きることが大切だと、この時ほど心に痛感したことはない。
二〇一五年五月四日……久々のアメリカへの帰国ということもあり、私は数年間一緒に過ごしてきた少年のお墓へ花を添える。同時に天国で静かに眠っているTと彼の両親へ、近況報告も済ませた。
ワシントン大学で待っていた最初の仕事は、私が尊敬するフローラが顧問を務める心理学サークルの代理顧問。だがそれは表向きの仕事で、数ヶ月前に発生した大学構内の『盗難未遂事件』を解決して欲しいとのこと。“警察に任せるべきだ”と私は進言するが、“表沙汰にはしたくない学校側の考えがある”とフローラに返されてしまう。
想像とは内容が異なる仕事だったが、私に社会復帰の道を用意してくれたFたちの力になることにした。なお心理学サークルの代理顧問ということもあり、これまで私が学んできた心理学を活かせる機会もあるかもしれない。
今度の『盗難未遂事件』の解決はもちろんだが、皮肉なことにその犯人は、私が代理顧問を務める予定の部員たちの中にいる可能性が高い。あっけにとられてしまうが、ここでめげるわけにはいかない。……最悪の事態になる前に、一刻も早く犯人を見つけないと!
同日 午後六時に部室でサークルが開かれ、数ヶ月という短い期間だが、代理顧問として私は部員たちに自己紹介をする。フローラの話によると、心理学サークルの部員は全部で六名。だがその内の一人はバイクの運転中に事故を起こし、手足を負傷しているとのこと。そのため今は一時的にサークルを休んでいる模様。
本来の目的は異なるのだが、とりあえず私は部員の誰かと親交を深めようと思った。ちょうどその時、大人しそうな性格・外見の女学生のエリノア・ベルテーヌ(以下 エリー)と話をすることが出来た。性格も大人しいという表現がぴったりのEも、私と同じ留学生であることを知る。他にも色々と世間話を楽しみ、初めての部員の友達として、私はEと仲良くなることが出来た。
二〇一五年五月一三日……数週間後に行く予定のサークル旅行の準備として、私は教員室で一人業務に励む。だがこうしている間にも時間が刻々と過ぎていき、そろそろ事件について調べるようと思った矢先のことだった。
つい最近仲良くなったEが、何といじめられているという疑惑が浮上する。しかもその犯人は、同じサークルに所属するシンシア・ミラー(以下シンシア)とモニカ・オリーブ(以下モニカ)だという可能性が高い。顧問を務めていたフローラから詳しい話を聞くと、どうやらシンシアとモニカは学校内でも評判の悪い女学生とのこと。これは私の推測だが、大人しい性格のエリーが反抗しないことをいいことに、シンシアとモニカがからかっているのだろう。……いじめという陰湿で卑怯極まりない行為を、私は許さない!
さらに同じサークルに在籍するジェニファーは、“シンシアとモニカの両名がエリーに金銭を要求する場面を目撃した”と教えてくれた。これ以上放っておけないと思った私は、協力者のフローラとジェニーにある提案を持ちかける。
私たちが考えた提案に誘われるかのように、Eは教員室へ来てくれた。私はここで『フット・イン・ザ・ドア』と呼ばれる心理学のテクニックを用いた。同時に私とエリーが親しい関係にあることを悟られないように、シンシアとモニカの前では愛称で呼ぶことは控えるべきだろう。
無事教員室へ来てくれたことを知った私は、エリーへ彼女自身にかかっているであろういじめ疑惑について問いかける。問いかけに対し最初は否定するが、私たちの心の声が届いたのか、途中からエリーは赤裸々な気持ちを正直に話してくれた。
その後私とジェニーの二人はエリーをいじめから守るために、交代で彼女の家に宿泊することを約束した。そして恩師のフローラは後日シンシアとモニカを呼び出し、エリーに対するいじめ行為を厳重注意する。これでいじめ行為が無くなれば、本当に良いのだけど……
二〇一五年五月二二日……いつものように教員室で仕事を終えた私は、明日からの旅行に備えて、少し早めに業務を切り上げた。部屋を出ようとした矢先に、私は足元に置かれていた謎のファイルを手にする。最初は生徒からフローラへのレポート用紙の提出かと思ったが、中身を確認するためクリアファイルから取り出すと、何と犯人からと思われる脅迫文が入っていた。
何かの犯行を予告するような内容が書かれていたが、ここで相手の言うとおりにしては誰もエリーを守ることは出来ない。むしろ犯人が脅迫文を送ってきたという事実から、私の行動や考えが間違っていないことを証明する裏付けにもなる。
明日からは部員たちが楽しみにしていた、二泊三日の旅行が始まる。私たちはEの身の安全を守りながらも、久々のアメリカ観光を満喫するつもりだ]
『ワシントン大学盗難未遂事件の犯人像について』
一 鍵のかかった心理学サークル部室へ犯人が入っていく姿を、警備員が目撃している。この事実から察するに、犯人は部室の鍵を所有するサークル部員の可能性が高い。
二 フローラとジェニーは事件発生当時、大学関係者とティータイムを楽しんでいた。同時に犯人を追いかける立場にいた。これらの事実から、この両名は犯人候補から除外してもよいだろう――最もこの事実を仮に私が知らなかったとしても、フローラとジェニーのいずれかが関わっているとは思っていないけどね。
三 犯人は事前にバッグへ隠し持っていた、何かの薬品が入ったガラス瓶を左手で何度か投げてきた、というジェニーの証言が得られた。薬品の成分は不明だが、ひどい目のかゆみや一時的な呼吸困難などを感じるほど強力なもの。そのため犯人は、薬学や化学などの知識に長けている可能性がある。
四 嫌疑をかけられているのは心理学サークルの部員で、全部で六名。なおその内の一人はバイク事故を起こしたばかりで、今はサークル活動に参加していない。
五 最も疑いをかけられているのは、シンシアとモニカという女性部員。過去に警察へ補導された経歴を持ち、性格も傲慢で自分勝手な傾向が見られる。さらに同じ部員のエリーに対していじめを行っている嫌疑も浮上しており、学校内での評判も悪い。
六 現状で最も犯人の可能性が高いのは、シンシアとモニカの両名。シンシアは左利きという条件で一致、モニカは学生時代化学部に所属していた経歴がある。それに加えて補導歴もあるため、今後もっとも注意しなければならない人物。
なお今回の犯行が単独犯ではなく複数犯だった場合、シンシアとモニカの共犯という可能性が高い。また詳細については分かり次第、随時レポートにて報告する予定。
『……あっ、もうこんな時間!? 明日は朝早いから、そろそろ寝ないと』
香澄がレポートを作成し終えた時には、時刻は午後一一時三〇分を指していた。レポート内容にも不備がないことを確認した香澄は、ノートパソコンの電源をシャットダウンする。
その後寝支度を済ませた香澄は若干肩こり気味の疲れを取るためベッドに入り、ゆっくりと瞼を閉じる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます