2-2 教室のパワーゲーム

 俄然面白くなってきた。

 報田愛梨は高校生にしては高額すぎる化粧品をどのようにして手に入れたのか。それを突き止めるには報田愛梨と、その周辺にある人間関係を洗い出し、さらに行動を監視する必要がある。そして紅子の手には〈WIRE ACT〉と、高級化粧水より遥かに低額で購入できる悪意あるプログラムたち、加えて灰色の脳細胞があった。

 まずは金の流れを追う。〈WIRE ACT〉から入手した報田のメールアドレスに携帯電話会社や大手通販サイトを装った偽メールを送り、決済情報を掠め取った。電子マネーの履歴を入手するのが目的である。通常、この手は中国や北朝鮮などによるものが多く日本語が怪しいためひと目で偽物と判断される問題があるが、こちらは日本人である。そして普段の生活を同じ教室で見聞きしているため、ビッグデータなどなくとも購買傾向を難なく把握できた。たったひとりをターゲットにし、そのひとりが引っかかりやすい日本語メール文面を作ること容易いのである。

 WIRE PayというWIREが提供している決済サービスもあり、こちらは〈WIRE ACT〉を用いて盗み見た。すると興味深いことがわかった。

 不定期に、複数のなアカウントから、報田愛梨の裏アカへ数万円単位の送金が行われていたのである。

 報田の方はその金を飲食店や雑貨、服飾店などでの決済に用いていた。

 WIRE Pay以外の電子マネーサービスも使い道は同様。こちらはコンビニ等で買えるマネーカードからチャージしているようだった。

 金がわかったら、次は人の流れを追う。

 WIRE Payでの送金元アカウントはいずれも成人男性。年齢は様々だがいずれも一都六県に在住。彼らと報田とのWIREでのやり取りを追おうとしたが、投稿後一定時間で削除され復元できないセキュリティモードで会話していたらしく、メッセージの送受信時間以外は〈WIRE ACT〉でも表示できなかった。

 そこまで調べ、週末に翼と会った。彼が指定したのはちょっとした仕事の打ち合わせなどにも使えるカラオケボックスだった。

 データを見るなり、真面目モードの丸眼鏡をかけた翼は腕組みして言った。

「まあ、援助交際の類でしょうね……」

「証拠はないぞ。消えているし……不可解なところもある」

「それは僕も思います。時間ですね」

 そうだ、と紅子は応じた。

 セキュリティモードで交わされた会話が終わった時刻と、各種決済サービスへの送金・チャージ時間には、数日から一週間の差があったのだ。

「いいだろう。買春行為があったと仮定しよう」紅子は息をついた。「だがいくらなんでも一週間後に後払いはないだろう。その場で払うか、事前に払うかなら理解できるが。マネーカードならコンビニでいつでも買えるし、クレジットカードを登録したWIRE Payその他での送金なら一瞬だ。二次元バーコード越しでもできる」

「持ち合わせがなかったんじゃないですか?」

「必ず、すべての男が、持ち合わせがなかったのか?」

「言ってて思いました。それはないですよね」

「削除された投稿が閲覧できれば、もう少し詳細がわかりそうだが……」

「無敵の〈WIRE ACT〉でも駄目なんですか?」

「こればかりはな。一対一限定の、自画撮り児童ポルノ被害防止のために実装された機能だからな。WIRE本社でしか閲覧できん。公にはまったく不可能ということになっている」

「じゃあちょっくら本社に侵入して……」

「さすがに無理だろう……」

「ですよねえ」

「もうひとつ気になることが」なんです、と首を傾げる翼に紅子は続ける。「なぜ現金でやり取りしないんだ? 現金の方が話が早いだろう。跡もつきにくい」

「それ、僕も疑問でした。追えたのはいいことですけど、なぜ追えちゃったんでしょう」

「現金だと困る特段の理由、君は何か思いつくか?」

「銀行から下ろして財布に入れておくのが面倒、くらいですかね」

「援交説にはどうしても説明できない矛盾が残る、というわけだ」

「一応、別の可能性も排除しないで調べを進めましょうか。キー関係の方は?」

 紅子は〈WIRE ACT〉を立ち上げたPCを示した。「意外と複雑なワイヤードでな。彼女らが片瀬怜奈と親しくするふりをして彼女を除いたグループを作っていたことは既報の通りだが、馬場えれなを除いた四人のグループもあった」

「あー。無理してそうな感じですもんね、馬場ちゃん」

「さらに報田も除いた三人グループもある」

「それはまた、面妖な」

「もちろん個人間でのやり取りもある」

「すごいな。僕はもう管理できない」

「危ういバランスだな。とりあえずは片瀬を仮想敵にし、馬場にヘイトを集めることで五人は成り立っている。だが専横的に振る舞う報田に不満を覚えた三人は連帯した。しかしその中でも互いが互いを監視している。もしも三人のPLに迂闊なことを書いて、それを誰かが報田に見せたら。書いたやつと馬場の立場が入れ替わることになるのだからな」

「そうなる前に個人間のやり取りで自分は裏切らない、と示すことに必死なわけですね。……面白くなさそうですね、部長」

 紅子は鼻白んで応じた。「何が複雑な人間関係だ。こういうのは虫が好かん。暴いたところで、想像を上回らず期待を裏切られるばかりだからな」

「僕は面白いと思いますけどね。たとえばこのナンバー2、荒木まさみです。目つきもキツくてベリーショートがよく似合う」

「顔の話なら……」

「いえいえ、それだけではなく。彼女、報田にも、平田・森野にも近い。何かしらのトラブルがあったとして、彼女は報田側につくのか、あるいは、という面白さがありますね。平田・森野の動向を監視しているのかも」

「下らん」

「平田と森野も、次の馬場ポジションになることを避けるべく互いに牽制し合う関係です。うーん、美しき友情」

「君は楽しそうだな」

「他人が大事にしているものを外から面白がって笑うことほど楽しいことはありませんよ」

「君も大概悪趣味だな」

「人のことは言えんでしょうが、部長も」

 紅子はそれには応じなかった。

 カラオケボックスのスピーカからは無為なアナウンスが流れ続けていた。他の部屋から、大声で盛り上がる若者たちの声が聞こえた。

 沈黙に耐えかねたように翼が口を開いた。「とりあえずは、現場を抑えないと、ですね」

「そうだな。ワイヤードなのに現場というのもおかしな話だが」

「やり取りが消えるなら、リアルタイム監視です。報田の裏アカウントが、成人男性相手にセキュリティモードでメッセージを交わすところを抑え、その内容を記録・分析する。お任せしても?」

「ああ。それなら私の担当だ」

「僕は報田の行動範囲を追って、彼女用の監視カメラ網を作ります。ここ一週間の報田のGPSログをください

「後で送る」

「何か気になることが?」

「別に気になるわけではないが」紅子はこめかみを揉んで言った。「報田から出てくるものが、私たちの想像の範疇であることを祈るよ。まあ、やることは変わらないが」

「じゃあ、すぐ送ってください」

「善は急げか?」紅子は渋々ファイルをアップロードする。

 すると翼は首を横に振った。「Move fast and break things.ザッカーバーグの言葉です」

「意味は?」

「素早く動いて失敗せよ」

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