2.援交少女えれなちゃん 202610-11
2-1 こう見えて私は善人だからな
「QEDです」と
「ああ、それはよかったな」と
翼はよく整った形のいい眉をひそめた。「で、彼女とは話したんですか?」
「いいや? その必要もないしな」
「どうして」
「たぶん私は、彼女の一番の秘密を知ってしまった」
「なんですか、それは。興味あります」
「出歯亀根性は引っ込めろ。これは、墓場まで持っていく」
「隠しごとはよくないですよ。僕と部長の仲じゃないですか」
「やめんか、気色悪い」
「似た者同士、通じ合うものがあったというわけですか。僕は全然似ていないと思いますが。……まあそれはさて置くとしてですね」翼がPCを操作すると、ロボット研究会の狭苦しい部室の壁に相関図が映し出された。「我がクラスのWIRE相関図。これ、なかなか面白いですね」
「何事も可視化するのはいいことだ。分析と対策のアイデアも可視化しないと生まれないからな」
「何をホワイトボード至上主義者の阿呆みたいなこと言ってるんですか」
「君、最近私に冷たくないか。傷つくぞ」
「部長の気持ちが僕ではなく女に移っているようなので、拗ねているんです」
「たわごとを……」
「顔で負けているので僕には拗ねることしかできません。で、部長」翼は席を立ち、苦労しながら壁際に移動して、映し出された相関図を指で叩いた。「どこを攻めますか、次は」
そうだな、と応じ、紅子は考え込む。
父、
だが、片瀬怜奈の追跡を通じ、紅子にも思うところがあった。
「いいことをしよう」
翼は首を傾げる。「部長らしからぬお言葉で」
「善行だ。善をなすのさ。力を得たものにはその権利と義務がある。こう見えて私は善人だからな」
「具体的には」
「嫌なもの。許せないものを暴いて止める。あの教室ならばまずは……」紅子は座ったまま、レーザーポインターで画面の一点を示した。「この女だな」
翼は「なるほど」と呟き頷いた。「
「片瀬怜奈自身は孤立を苦にしていないようだ。だからこれは……」
「単に部長が気に食わないだけ」
「その通りだ」
「いいですね。ひと口乗りましょう。もしも部長が彼女を守るとか救うとか、友達の多い学生生活を送らせたいとか言い出すなら、彼女のエレガンスを毀損するので断固拒否でしたが」
「私がそんな人間に見えるか」
「見えません。まったく」
「ならばよし」
「じゃあ決まりです。正直、気乗りはしませんが」と翼。なぜ、と紅子が問うと、いつもの調子で翼は続けた。「顔がね。あまり好かないタイプで。ああいう色がちょっと黒くて、髪の色が派手な女子は。作り方次第ではそこそこ可愛いと思うんですけどね。ソート順も上から数えた方が早いですし」
「それは君が清楚な女の子が好みという話ではないのか……」
「それは違いますね。僕は幸薄そうな女性が好みです」
「ははあ。音屋先生のようにか」
「先生は関係ないでしょう」翼は大袈裟に咳払いした。「……僕のAIにもバイアスがかかっているかもしれない」
「清楚バイアス」
「そう、清楚バイアス」
「こっそりタバコを吸う女が清楚か?」
「彼女は少し違いますね。そこがいい」
「好きにしろ……」
そうさせてもらいます、と翼は応じた。
翌日から報田とその周辺の調査を開始した。
報田といつも固まっているグループは、変動こそあれ概ね五人だった。
まずは報田愛梨。誕生日は八月で一六歳。校則の緩い烏丘高校において校則の境界線上にいるような格好は嫌でも目立っていた。何せつけまつげにラメ入りのアイシャドーである。入学当初は先輩らに目をつけられたようだが、今では打ち解け、一年の代表のように先輩らに混じっているところを見かけた。トイレに行けば、三回に二回くらいの確率で髪にコテを当てている報田に遭遇した。
次に
次に
次に
最後に
翼は、この報田らのグループによく構われていた。用もないのに話しかけられたり、試験前にノートの写しを頼まれたり。いつもは持ち前の八方美人で躱している翼だが、いざ調査とあたっては嫌とも言っていられなかったらしい。調査開始から数日、翼は彼女らと積極的に言葉を交わしていた。
そして数日後、放課後のロボット研究会部室に、翼は何かのリストを携えてきた。
「ざっくり七五〇〇〇円ですね」
「何が」
「報田愛梨のポーチの中身。化粧品です。見てください。高級品揃いですよ。プチプラのプの字もない」
リストを見ると、聞いたことはあるブランドの名と、一応用途は知っているカテゴリ名が並んでいる。その横に記されている価格に目を剥いた。自分なら同じ金額で買えるだけマルウェアを買う、と紅子は思った。少なくとも、高校生の小遣いで買えるものではなかった。アルバイト代にしても高額すぎる。
「なぜただのコロイド溶液が三万もするんだ。意味がわからん」
「技術の粋を尽くしたコロイド溶液なんじゃないですか」
「意味がわからんのは買うやつだ」
「世の女性の美しくありたい気持ちは天井知らずなんですよ」
「馬子にも衣装、いや化粧か?」
「どちらかというと、豚に真珠ですね」
「君は本当に気に入らん女には辛辣だな……」
「大体、どれもこれも一〇代の女子には不要なものですよ」
「なんだ、また化粧気のない清楚趣味か?」
「違いますよ。……少し、僕の憶測を述べても?」
「構わん」
翼はリストを指で追いながら言った。「この化粧品、持ってることがステータスなんだと思います。たぶん、愛用しているわけでも、ないのでしょう。もう少し踏み込むなら、報田愛梨はこれらを、自分で買ったのではないのだと思います」
「万引きでもしたのか。俄然面白くなってきたな」
「かもしれません。僕はもう一方の可能性を推しますが」もう一方、と問い返す紅子に、翼は暗い顔で言った。「男から贈られたのではないでしょうか。年上の、安定した収入があり、自由に使える金のある男から」
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