2-5 #japanese #schoolgirl #escort #hiddencam

 よりによって荒木まさみだったことが、内藤翼を失望させていた。

「決めつけるのはまだ早いですが……そのよくわからないアカウントから、日時と場所が発信されているんですね?」

「ああ。荒木まさみの裏アカウントと、別の男性のアカウントに向かって」

 その正体不明のアカウントを、紅子らは〈A〉と呼ぶことにした。アカウント名がアルファベット一文字のAだけだったのである。

 〈A〉にプロフィール画像はなし。紹介文もなし。パブリックラインへの投稿もなし。コミュニケートラインへの投稿もなし。そもそもパブリックでは誰もフォローしていなかった。キー数もゼロだった。一方、〈A〉が作成した何かのグループには、三〇〇ほどのアカウントが登録されていた。ほぼすべてが匿名運用されており、共通項を探るのは骨が折れそうだった。

 そんな謎に包まれた〈A〉だが、他アカウントと個別にセキュリティモードでメッセージを交わした痕跡があった。多くは三〇〇のリスト内。だがそうでないアカウントも数多く含まれていた。内容は当然ながら削除されており閲覧できなかった。

 それらのアカウントの詳細を突き止める必要があったが、まずは荒木まさみの追跡が再優先事項だった。

 金曜日の一九時。池袋の完全個室型ネットカフェ。紅子と翼は学校が終わるやいなやそのネットカフェへ急行した。幸いふたりとも会員カードを持っているチェーン店だった。翼にも休日の漫画喫茶趣味があることを、紅子は初めて知った。

 ビルの三階で受付。ドリンクバーを抜けて中へ足を踏み入れると、大人がすれ違うのがやっとなほどの狭い通路に扉が左右に延々と並ぶサイバーパンク的光景が広がる。各ブースの間には天井まで壁があり、完全個室の謳い文句に偽りはなかった。扉にはガラスの覗き窓がついていたが、利用者のいるブースは例外なくブランケットで目隠しされていた。

 通常のネットカフェとしての利用だけでなく、繁華街らしく宿泊する客も多いのが特徴だ。夜中の終電を逃した酔客。バックパッカー。あるいは住所不定の日雇労働者や風俗嬢。

 ふたりです、と大学生らしい受付の男に言ったせいか、カップルシートに通された。扉には『12』と書かれていた。都合がよかった。フロア内でカップルシートは固まっており、すぐ近くに荒木も現れるに違いなかった。

 ふたりでの利用を想定した部屋とはいえ、互いの息遣いが感じられるほど狭かった。紅子と翼は、据えつけられたデスクトップPCには目もくれず、電源を引っ張って自分のノートPCを開き、各端末に充電ケーブルを繋いだ。無線充電ポートを信用しないという点でも、趣味が合っていた。

「位置情報は。追えます?」

「荒木の方はな。男の方は偽更新の準備が間に合わん……」紅子は〈WIRE ACT〉に男の方のアカウントを表示させた。「〈A〉とやり取りしているアカウントは全部偽名だ。もちろん本アカもある。職場の人間ともやり取りしている様子だから、本名だろう。會澤昇一という男だ。三二歳」

「どんな仕事なんです?」

「会話を見る限りは、何かの出版社のようだな。荒木まさみの現在地は……ここから数分の喫茶店だな」

 翼は腕時計に目を落とした。「あと一五分です」

「本当に来るんだろうな」

「僕に訊かないでください……よし。受付直上の監視カメラを割れました」

「まあ確かに、カメラまみれだよな、こういうところは」

「特に受付上のが甘いんですよ。さっき入る時に見たんですけど、メーカーから回収云々の話が出たこともあるくらい既知の脆弱性がある無線カメラです」

 そうか、と応じ、画面を共有して暫し待つ。

 そして五分後。受付監視カメラが、會澤の姿を捉えた。

 清潔感に乏しいが、不快感は与えない程度に整ったスーツ姿。身長は一七〇センチメートル程度だろうか。髪は短く、少し腹が出ている。黒縁の眼鏡をかけていた。どこにでもいる、普通の、すれ違っても気にも留めない三二歳の男性だった。

 翼のPCで画像処理が走り、紅子が試作した〈WIRE ACT〉のプラグインがプロフィール画像を居住地や、WIRE Payの利用履歴が池袋周辺にあるものに限定して横断検索。検索中、の表示のままウィンドウが硬直し、PCのファンから熱風が吹き出した。

「速度に改善の余地ありだな……」

「まあ、出先で使うことはそうそうないでしょうし。もっとパワーのあるマシンなら……あれ?」どうした、と紅子が応じると、翼は思いもよらないことを口にした。「やっぱりそうだ。受付の男が、別の会員カードを出しました」

「何?」

「會澤、携帯の画面を見せただけです。あの受付がグルってことですか?」

 少し考えてから紅子は応じた。「顧客情報と紐づくのを避けているのかもしれないな。ブースで不適切な行為をした客として、店のブラックリストに載らないように。あるいは、発覚して警察の手が入った時に備えたリスクヘッジとも考えられる」

「じゃああの受付は買収されてるってことですか?」

「さあな……」〈WIRE ACT〉の検索が完了し、マッチするアカウントが表示される。會澤のメインアカウントだった。紅子は頷いて続けた。「答え合わせ成功だ。使えるぞ、内藤くん」

「そこそこ速いじゃないですか」

「あらかじめ絞り込めたからな。本当に顔しかわからない相手に使うには、まだまだ……」

 紅子は声を潜めた。

 廊下を足音が通った。會澤だった。

 画面の中では、荒木のGPSが動き始めていた。

 扉が閉まる音がした。隣の部屋、13号室だった。そのままじっと聞き耳を立てても、壁越しの音は聞こえなかった。防音性はそこそこのようだった。

 それからさらに数分。

 翼が破った受付のカメラと紅子が追跡するGPSが、荒木まさみの入店を捉えた。今度も、受付の男は会員カードを手元から出した。荒木は顔見知りのようで、携帯を示すことすらしなかった。男が結託していることにはもはや疑いの余地はなかった。

 荒木は會澤の待つ部屋、すなわち紅子らが待機する部屋の隣のドアの前に立ち、ノックした。紅子はその姿をブランケット越しに覗き見た。

「……学校より化粧が濃いな」

「濃い薄いくらいは部長にもわかるんですね」

「しばき倒すぞこの野郎」

「そういきり立たないで……んん?」翼は画面に顔を寄せた。「もうひとつある」

「何がだ」

「例のガバガバ高画質無線ウェブカメラです。同型式のものがもうひとつあるんですよ」

 荒木がこんばんは、と甘えた声で言って、室内へ入った。扉が閉じる。

「割れるか?」

「同じツールでチョロくいけますね。少々お待ちください」

「嫌な感じがする。早くしてくれ」紅子は壁に耳を当てる。

「言われなくとも。まあでも、探偵ならこれで確定でいい気はしますが」

「探偵?」

「ええ。浮気調査の話ですけど、対象が密室に入るところと出るところを押さえれば浮気の証拠になりますから。ネカフェって、普通は目につくから尾行露見のリスクがあって、探偵も入って行きにくいんですけど……」

「ここはレンタルルームに近い個室だからな。証拠としては十分か」

「追う側もこうして潜みやすいです。……出ました」翼が顔色を変えた。「え、これマジか。部長、これ……いや、見ない方がいいかも」

「なんだ。勿体つけるな」

「自己責任でお願いします」翼はPCの画面を紅子へ向けた。

 荒木まさみが會澤昇一に身体を寄せ、右手で會澤の股間を弄っていた。

 會澤の肩越しのアングルだった。シートに深く腰掛けた會澤。互いに何か言葉を交わし、荒木が會澤の脚の間に跪いた。スーツのベルトに手を伸ばして解く。會澤が腰を浮かし、安物のスーツが脱がされる。ボクサーパンツの下は一見してそれとわかるほどに盛り上がっている。

「ちょっと待て。これ、盗撮ってことか」

「僕にはわかりませんが……憶測を述べても?」好きにしろ、と紅子が応じると翼は続けた。「これ、たぶん、荒木の方は承知していないですよね」

 ボクサーパンツが脱がされ、勃起した陰茎が露出する。荒木はそれを躊躇いなく口に含み、そのまま頭を前後させる。三〇秒ほどそれを続けると今度は陰茎の先端を舐めながら、竿の部分を右手で扱き、左手で會澤の腿の内側や鼠径部をくすぐる。會澤が仰け反り、顎が上がる。

「男の方も承知していないんじゃないのか。未成年との淫行現場を、撮られるとわかっていて……」

「それはイーブンですね。男性にはそういう性的嗜好がありますから」

「どんな男性にもか?」

「そういう男性もいるということです」

「だがリスクが大きすぎるだろう。こんなもの、流出したら……」紅子は画面から目を離せなかった。「誰だ。誰が撮っているんだ、これは」

「少し推理してみましょう。憶測ではなく」翼は丸眼鏡を外した。見たくないかのようだった。「受付の監視カメラを設置したのは、まあ例の大学生と考えて間違いないでしょう。結構わかりやすく設置されていましたし、わかりやすく設置されたカメラの前で、会員カードのすり替えをしているんです。彼自身が設置したと考えるのが自然です」

「そして同じ型式のカメラが13号室にもある。つまりふたつのカメラは同じ人間が設置したもので……」

 翼は頷いた。「撮影を行っているのは、あの受付の男ということになります。彼は荒木ら援交少女にこのネットカフェという場所を提供する一方で、彼女らの行為を秘密裏に撮影している」

「じゃあこの映像は、男らに流れているのか?」紅子は目眩を覚える。映像では、今度は會澤が荒木のスカートの中に右手を伸ばし、指で女性器のあたりを繰り返し撫で擦っていた。左手は荒木の胸を掴んでいた。「確かにこの映像、男の顔は写りにくいアングルだ」

「ですが一方で、受付のカメラは男の顔をばっちり捉えています。僕の、まだ改良の余地があるプログラムでも、顔認証ができるくらいに」

「受付の男は何が目的で、どちらの味方なのか。これが問題ということだな」

「ええ。會澤とも荒木とも通じている以上、外部の人間ではない。仮に男と通じているとすれば、少女たちの知らないところで児童ポルノが製造されている。受付の男は、これをいくらでも現金化できるわけですね。一方で少女たちと通じているとすれば……」

「それはどうだろうな。君だって、荒木の方は承知していないという考えなんだろう?」

「仮ですよ。仮に受付の男が少女たちと通じているなら、どう使います?」

「……受付の映像は、男たちを強請る材料にするな、私なら。児童買春の動かぬ証拠だ」

「こうは考えられないでしょうか」整った眉をひそめて翼は言った。「受付の男は、男たちを強請る材料を提供すると少女たちに持ちかけ、受付のカメラを設置した。だが一方で、自分で少女たちの児童ポルノ映像を秘密裏に撮影し、金儲けの手段にしている」

「最悪のシナリオだが……だとしたら、〈A〉は誰なんだ?」

 荒木と會澤を中継するように日時を連絡する謎のアカウント。

 改めて〈WIRE ACT〉で確認する。プライベートモードで削除された〈A〉の投稿は、相手は多いが数は少ない。荒木と會澤のケースを参考するに、単に業務連絡的に日時場所を知らせているだけなのだ。

 話す間にも行為は進む。コンドームを着けた會澤が仰向けに足を広げ、その上に跨った下半身裸の荒木がゆっくり腰を落としていく。その様は妙に滑稽で、滑稽だからこそ紅子は言い知れない虚しさと悲しみに襲われた。

 壁越しに手を叩くような音と、椅子の軋む音がした。五分ほどそれが聞こえたと思うと、急に止んだ。

 翼は深々とため息をつき、PCを閉じた。

「〈A〉を探りましょう。それが早道です」

「ああ。それともうひとつ」

 ですね、と翼は言った。

 荒木と會澤の退店を確認してから、荷物をまとめて受付で精算した。そこで紅子と翼は腕を組み、目一杯の笑顔で携帯のカメラを自分たちへ向けた。

「いえ~い、最高~!」

「一足す一は~?」

 紅子は両手の中指を一本ずつ立てた。「ファック・ユー!」

 翼が写真を撮る。受付の男の顔が映り込むように。

 紅子は受付の男の名札を盗み見る。

 平田、と書かれていた。

 直後に顔認証を走らせて判明した。その男は、平田良華の兄だった。

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