1-2 きみの裏アカを暴きたい
まずはクラス全員の裏アカを特定することにした。
都立
昼休み、名前がわからなかったので出席簿の写真を撮り、紅子は時間潰しの場にしている部室へと向かった。
ロボット研究会。現在、部員は紅子を含めて僅かに二名。どちらも一年生なので、紅子が部長だった。
長机をふたつ並べれば行き来も難しくなるほど狭苦しい部屋。先輩部員が作った益体もないタコ足ロボットや、かつて高校生ロボコンで優勝したマシンだったものの残骸を横目にPCを開き、出席簿に書かれた名前と、クラスWIREに登録されている表のIDとを一覧していく。
続いて、父・羽原蒼一郎から譲り受けたリング型USBメモリを差し込み、WIREの開発者ツール〈WIRE ACT〉を立ち上げる。背景黒のUIは、悪事を働いているような雰囲気を重んじる蒼一郎のこだわりだった。
同級生たちの名前を入力すれば、いともたやすく次から次へと裏アカウントが出てくる。WIREのアカウント登録には姓名と携帯電話番号が必要だが、いずれも公開されない。本人確認書類などは要求しないため、偽名を使っても構わないのだが、悪知恵とネットリテラシーの足りない高校生たちは素直に正副両方で本名を用いていた。WIREの仕様として、アカウントの複数取得は特に制限されていなかった。
裏アカウントも一覧していく。女子は一七名、男子は六名が複数アカウントを所持していた。最大で五つものアカウントを使い分けている女子までいた。
幸か不幸か、クラスWIREに加えられていない女子のアカウントも見つかった。裏アカウントで何かのアニメの二次創作小説を書いているようだった。見目麗しい少年らが活躍する世界観に自己投影しやすい無個性なオリジナル少女主人公を後付で足す、いわゆる夢小説だった。
「よし、そのままくたばれ」
呟き、次のアカウントを精査していく。
意外と、教室の人間関係は複雑だ。
表同士のグループとは別に裏アカウントのみで構成されているグループも多数あり、紅子は表計算ソフトで一覧表を作ることを諦め、途中からは紙とペンでまとめていった。男子は運動部と、運動部崩れと音楽系など明るめな文化部の寄せ集めと、それ以外の日陰者に三分できた。一方女子は大枠では同じだったが、もう少し複雑だった。教室の中心にいるグループの中に、裏アカで更に三重にグループができていたのだ。外からだと彼女たちのそのような軋轢はまるで見えなかった。
とはいえ、想像の範疇だった。
もう少し面白みのあるアカウントはないものかと首をひねり、父との会話を思い出した。
――大好きなあの子でも、憧れのあの人でも、気に食わんやつでも。
やはり暴くなら気に食わない相手のプライベートに限る。
紅子は、同級生にしてもうひとりのロボット研究会部員である少年の裏アカウントを表示した。
バラ色の光景だった。
ホーム画面をスクロールしつつ、思わず「これはこれは」と呟く。
すると、部屋の扉がノックされ、他ならぬ当人が姿を見せた。
「何引きこもってパソコンの前でにやにやしてるんですか、部長。不健康ですよ」
「私は健康だ」と紅子は応じた。
「でも健康な女子高生って昼休みに何してるんでしょうね」
「知らん」
「健康なんでしょ?」
「知らんと言うに。教室で訊いてこい」
「少なくともパソコンの前でにやにやはしてないですよね」
「なら不健康で構わん。それと敬語はやめろ、同輩だ」
「いいじゃないですか。僕はあなたのことを尊敬してるんですよ」
「ところで私は今君の裏アカを見ているんだが」
「は?」斜向いの席に腰を降ろしかけた翼が身を乗り出した。
「いやあ、楽しそうなことをやっているじゃないか。これだよ、クソガキどものフクザツな人間関係などどうでもいいから、私はこういうのが見たかったんだよ」
「いやいやいやいや、どこまで、どこまで見たんですか」
「どこまでも」紅子はノートPCの画面を翼へ向けた。
翼の裏アカウントは技術的な内容が多く、彼のフォロワーやPLも、半分は情報系エンジニアや技術ブログなどの更新告知だった。だがもう半分は、違法ギリギリの盗撮行為やポルノ関連の脱法的なノウハウを発信、収集するアカウントが占めていた。そして彼自身も同様である。
裏アカウントと外部サービスの技術ノートは、可愛い女の子の顔を判別する顔面ソートAIの開発進捗が主な内容だった。
「その上ソート対象の画像はこれ、うちの学校の女子だな?」
「違うんです、誤解です」
「いやいや、責めてるわけじゃない。君が画像処理エンジンに強いのは知ってる。こいつもハードと制御は私だが、認識は君の担当だからな」
紅子は一基のクァッドコプター型ドローンを手に取った。外装は青空迷彩、北欧と中国のベンチャー企業が販売しているパーツを組み合わせた超静音かつ軽量で飛行時間の長い本体。オープンソースのOSが走る基盤には遠隔制御用の無線ユニットとセンサカメラユニットを繋ぎ、外部PCで受信した映像からマウスクリックで指定した人物をバッテリが切れるまで自動追尾する、全自動ストーキングドローンである。
グレースケール化した映像から輝度特徴点を追跡するだけの比較的単純なアルゴリズムで動く高空モードと、ディープラーニングで鍛えた高度な顔認証を行う低空モードの二種類の動きがあり、いずれも画像処理の核を設計・コーディングしたのは翼である。認識に対応した飛行制御は紅子の担当だが、少なくとも、紅子ひとりで作ることはできなかった。
その内藤翼の密かな趣味。
「女の子の顔写真を二枚ずつ表示して、どちらが可愛いと思うかを閲覧者に選択させる。その情報をAIに機械学習させ、最終的なゴールは……」
「入力した女の子の画像に一〇〇点満点で点数を返すんですよ」
「何が目的なんだ……」
「だって女の子って、気の毒じゃないですか」
「気の毒?」
そうですよ、と少し落ち着いた様子で翼は続ける。「可愛い、可愛い言うけど、可愛いに客観性がないから、そこにつけこんで商売しようとする連中に振り回されたり、コミュニティ内の可愛いの忖度で消耗したりするんです。だから僕が、誰も迷わないように、統一規格を作ってあげようと」
「腐れJIS野郎め」
「酷い言い方だなあ。僕は迷える女子たちの救世主になろうと、日々……」
「よーし、通報しよう」
「そんな、僕は善良なフェミニストですよ」
「通報だな」
「フェースブックだって最初は学内可愛い女の子ソートだったんですよ。前途有望、未来のザッカーバーグであるこの僕に、なんてことを……」
「警視庁のサイバー犯罪対策課」
「やめてやめてごめんなさい」
「サイバー犯罪者って意外と近くにいるのだなあ……」
「畳まないで」
「どうしようかなあ」
怯えた小動物のような翼を見ていると、もっと虐めたくなる。
「それは冗談としてもだな」紅子は咳払いしてPCを引き寄せた。「こんなもの、いつかバレるぞ。君の裏アカのフォロワーはともかく、フォロワーのフォロワーはどうだ。そのまたフォロワーはどうだ。すぐに烏丘高校の生徒か教職員に辿り着くに違いないさ」
「えーっと……六次の隔たり、ですか?」
「そうだ。ワイヤードはすべてを接続する。君の自由もそう長くないぞ」
「でも学校中の女子の顔写真集めるの、結構大変で……」
「今すぐやめろ」
「はい……」翼は小さくなって自分のPCを開き、丸眼鏡をかけた。
ロボット研究会の部室は職員室に近く、教職員用のWi-Fiが拾える。デフォルトから変更されていなかったパスワードを破り、紅子と翼はいつもネットワークにタダ乗りしていた。
「一応訊いておくが、ソートの結果、私は何番目だった」
「下から数えた方が早いっすね」
「死ね」
「訊かれたから答えたんでしょお! ……はい消した、消しました。これでいいですか」
ブラウザでF5を叩いて紅子は応じる。「お、よしよし。消えたな。通報は勘弁してやる」
「僕の見立てですけど」翼は反省の色が見えない笑みを浮かべた。「部長もそのポニテのなりそこないみたいなのと、眼鏡と、猫背を直したら、上から数えた方が早くなると思いますよ」
「余計なお世話だ。好きでやってるんだよ。セクハラだぞ」
「でも……そのツール、一体なんなんですか?」翼は紅子のPCを指さした。「確か、部長のお父さんって、WIREの社長でしたよね」
「その筋からな」とだけ答えておく。
すると、ややあってから翼は言った。「もっといいことに使いませんか、それ」
「何を企んでいる」
「僕のソート、どんなに母数が増えても決して頂点を譲らない無敵の美少女がいるんです」
「すごいな。誰だ」
「僕らの同級生です」あどけない瞳が丸眼鏡の下で怪しく光った。「彼女の私生活、暴いてみたくありませんか? ……怖い顔しないで。悪い虫がついていないか、ちょっと見てみるだけですよ」
「興味本位のネトストだろうが……」
「いえ。彼女、妙な噂があって……霞を食べて生きているらしいんですよ」
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