第32話 通説と俗説
美麗語句連続失踪事件は、被疑者【韋編三絶】が逮捕されたことにより、無事解決に至った。
その一部始終を玉座から見下ろしていた、【王侯将相】――。まともやランマの思惑通りとなったことに、閉口したまま頬杖をついている。
「よぉ、オウショウ。見るからに不機嫌そうじゃねーの。そんなに一件落着が気に食わねーのか? 王サマは」
「うるさいよ、ランマ。下民は下民らしく、王であるボクに傅いていれば良いんだよ」
オウショウの冷酷な青い瞳が、じっとランマを突き刺す。
「おっと。これ以上お前と目を合わせてちゃあ、王サマの駒になっちまう。捨て駒になるのはゴメンだし、シンエンの容態も気になるからな。俺らは帰るとするか」
そう言って、ランマがくるりとオウショウに背を向けた。帰路に着こうとしたランマの横を過ぎ去る、赤と黒の残像。真っ直ぐにオウショウへと黒い鎖が飛んでいく。
「ジンさんっ……!」
あまりの俊敏さに、ソカも一瞬、何が起きたか分からなかった。それでもジンはこの機を逃さず、オウショウを逮捕するため、捕縛術を放ったのである――。オウショウに迫る鎖。玉座に座る王が、小さく笑った。
「……平伏せよ」
その言葉の通り、ジンがその場に崩れ落ちた。鎖もまた地面に叩きつけられる。
「ぐっ……」
「ジンさん!」
慌ててソカがジンの下に駆け寄る。
「お前も図が高いんだよ、【四面楚歌】」
「ぎゃっ……」
ソカもジンと同じく、その場にひれ伏すように崩れ落ちた。
「ソカちゃん!」
「おっと、君はそのままそこにいろ、【千変万化】」
「なんやっ……」
ソカに駆け寄ろうとしたバンも、オウショウの言葉に囚われた。その場から一歩たりとも動けない。
そんな三語句の様子を、ランマとメイは、ただ静観している。
「あらら。王様の命令は絶対よ。ここは反抗しない方が身のためね」
イヘンがやれやれとアドバイスした後、オウショウが再び口を開いた。
「ボクはこの『飛燕城』の王だ。たとえ統監本部であろうとも、この【王侯将相】を逮捕することなんて出来やしない。それはア行特権なんかではなく、誰よりも君達のトップが、それを望んではいないのだから」
「……っ、それでもこれ以上、貴方の好きになどさせないっ……!」
必死に立ち上がろうとするジンに、さらなる負荷がかかる。
「くっ……」
「ジン、さん……」
苦悶に歪むジンの横顔に、ソカもぎゅっと拳を握る。彼もまた、這いつくばるように地面からオウショウを見上げた。
「っふ。君達はよく似た〈語句〉だね」
「ジンさんは、有能な統監語句だ。僕とは違うっ……!」
「ソカ君……」
ソカは自分と同じ括りにされたジンに対し、声を張ってその有能さを讃えた。
オウショウが「それはどうかな?」と嘲笑を浮かべる。
「……【一網打尽】、その〈意味〉は〈悪人を一度に捕らえること〉。でも、君もまた、故事上がりだろう?」
「え? ジンさんが故事?」
「【一網打尽】の故事成語の由来は、〈四面に網を張り、四方からの獲物をすべて捕らえようと祈っている呪師の故事である〉とされているんだよねぇ? ならば、この世界での【一網打尽】は、呪師に何の呪いをかけられたんだい?」
オウショウの言葉に、ジンの頬に冷や汗が流れる。明らかな動揺を見せるジンに、メイがボソリと呟いた。
「通説と俗説、その両方を持つ〈語句〉か」
「まさか【一網打尽】が故事上がりとはな」
ランマもまた、意外そうにジンの小さな背中を見つめる。
「ジンさんも僕と同じ故事由来の〈語句〉……? それも僕と同じ、四面に関係していたなんて。華麗なる【一】族のジンさんが、僕と同じ四面なんて……」
何故か照れた表情を浮かべるソカに、ジンは面食らった。銀色の瞳が何故か、黒く見えた気がした。
「ソカ……君?」
「へ? 何ですか。ジンさん」
すうっとその瞳が銀色に戻った。
「……いえ。何でもありません」
ごくりと息を呑んだジンは、じっとオウショウを見据え、言った。
「確かに私には故事由来の要素もあります。ですが、だからといって、私が私を恥じることなどありません。【一網打尽】は、悪人を一人残らず捕らえる〈意味〉を持つ、正義の〈語句〉です。この世界に住まうすべての〈語句〉の安穏のために生きてこそ、私は自分の存在意義が確立されていくのです」
「ふふ。大層立派な〈語句〉だねぇ。……でも、【一】族の中では、君は面汚しの統監語句。かつて弟を見殺しにした冷酷漢のくせして、正義なんて騙るんじゃないよ」
「……っ」
ジンの指が地面を抉る。握られた拳がオウショウの言葉に真実味を持たせる。小さく震える拳に、そっと温かい手が触れた。はっとして顔を上げると、隣で微笑むソカがいた。
「僕は何があっても、ジンさんを信じます」
「……っ、ソカ、くん……」
勇猛果敢なジンが、ソカの目には、ぐっと涙を堪えているように見えた。
「はああ」と大きな溜息を吐いた、ランマ。
「オイお前ら。いくら何でも、BとLに寄り過ぎだろ。この場にシンエンがいたら、興奮どころじゃなくなるぞ?」
「はっ! ぼ、ぼくは別に、そういうつもりじゃ……って、すみません! 勝手にお手に触れてしまいました」
慌ててソカがジンの小さな拳から手を離した。
「おや。僕はこのままでも良かったのですが」
すっかり立ち直った様子のジンが、ニッコリと笑う。
「ほら、もう帰ろうぜ。もうすぐ朝になっちまうよ」
「タダで帰すと思っているのかい? ランマ。次に依頼でボクに会うことがあったら、タダじゃ済まさないんじゃなかったのかい? ほら、まだ因縁の対決が残っているよ」
「ああ? いくら何でも引っ張り過ぎだっての。俺らは依頼人の望みが叶えばそれでいーんだよ。【韋編三絶】を救うこと――。それが俺らが【意馬心猿】から受けた依頼だからな。今回はここで【結】だ。『組摘』の課長サンも今夜はもうこの辺にしときな。てめーの部下をこれ以上危険に晒すんじゃねーよ。……分からねーってんなら、俺だけここに残って、てめーらを黒塗りしてやっても良いんだぜ?」
ランマがマフラーを外し、ドスの利いた声で脅す。
「ギャラリーがいない中で戦ってもね。それに、〈アウトレイジ〉な【快刀乱麻】と戦うのも違うかな。興も削がれたし、面白い能力を持つ〈語句〉とも出会えた。今日のところはこの城を出ることを許そう」
そう言うと、オウショウはシッシと彼らを追い払う仕草を取った。
「……この借りは、いつか必ず返します」
じっとジンがオウショウに凄む。
「おやおや、【一】族は律儀だねぇ。退屈しない間に頼むよ」
嘲笑を浮かべるオウショウが、パチンと指を鳴らした。捜査語句達の洗脳が解かれ、負傷した者達を、四人の探偵が背負う。
どこか愉快そうに彼らの背中を見送るオウショウの背後から、「にゃーん」と猫の鳴き声が上がった。
「にゃんで帰しちゃったのー? オウサマ」
若い女性の声が、オウショウの耳に届いた。
「ご命令とあらば、今からでも追撃致しますが」
もう一語句、若い男性の声が、主の命令を待っている。
「いや、今日は良いさ。いずれまた、彼らとは対峙する運命にあるからね。さて、【魔王】と【勇者】の大戦、君はどちら側に立つのかな、――【国士無双】」
小さくなりつつあるランマの後ろ姿に、オウショウは小さく笑った。その背後の影から出てきた、二人の〈語句〉。猫耳が生えた男女の〈語句〉もまた、闇に消えていく彼らに向かい、そっと狙いを定めた。
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